戻って来た日常と
前回のあらすじ
終戦処理を終えた聖歌公国軍は、順次撤退を始めていた。負傷者も多く、撤退まで時間がかかる。無事な傭兵隊が護衛する中、晴嵐はあまり身が入らない。スーディアを案ずる様に、同僚の侍も心配を見せる。侍も侍でスーディアを心配している中、彼らも戦場から撤退した。
「帰って来た……」
聖歌公国、亜竜自治区に足を踏み入れた晴嵐は、ついそんな言葉を口にしていた。
戦争の期間事態は、一か月と少し程度。戦地にいた時間はもう少し短いが、傭兵として見張りやら、妨害工作やら、最後の護衛期間などを含めれば……使った時間は一か月を超える。まだ微かに街には緊張の名残があるけれど、広がる光景は平和と呼んで差し支えない。
所詮傭兵上がりの個人が、戦局を左右するなんぞありえない。なのに、目の前に広がる光景に対し、自分が守ったのだと妙な錯覚を覚えた。思い上がりも甚だしいのに、不思議と達成感があるのは何故だろう?
(……全く。わしもおめでたい人間じゃったか?)
巨大な大局の流れの中で、一個人が与えられる影響は少ない。どれだけ一人で努力しようと、いくら諦めず奮闘しようとも、国として、集団として、白旗を上げられたら意味がなくなる。
が、それと同時に……小さな個の集まりが群となり、集団となり、最終的に国と言う巨大な塊になる事も事実なのだろう。あの戦場において、晴嵐も間違いなく『聖歌公国の傭兵部隊』の一人だった。一人一人は小さくとも、その行動と意思が、少なからずあの戦場に、世界に、影響を与えた事も確かななのだろう。
その事実を否定しなくていい――今は意識を失ったアイツなら、斜に構えた晴嵐に対して、そんな具合の言葉を投げただろう。すっかり入れ込んでしまったと、改めて晴嵐は自覚した。
(……だからこそ、少し気が重いな)
何度目かのため息。重い足取りで向かう先は、亜竜自治区のポートだ。
戦争終結に伴い、ポートの通信封鎖も解かれている。戦争前の日常と比べ込み合っており、連絡を取りたい人々が集まっていた。回復したメール機能を、誰だって使用したいに決まっている。晴嵐もその一人だった。
(スーディアの現状は、あいつに伝えておかんといかん……)
昏睡したままの彼に代わり、若いオークの状態を伝えなければならない相手がいる。……そんな義理があるかは微妙な所だが、この世界では比較的信用できる知った顔だ。晴嵐に損もないし、通知するぐらいなら良いだろう。人ごみの間をくぐり、久々に緑色の石ころ……『ライフストーン』を、黄色の大きな水晶体『ポート』に触れさせると、色が黄色に変化した。
「これは……」
晴嵐宛てに、メールの新着があった時の反応だ。送るつもりでいた男は、ひとまずメッセージの送信を保留して、自分宛てに送られたメッセージを読み解く。送信者の名前は『ラングレー・マーリン』……スーディア・イクスと共に飛び出した、彼の友人である。
全くなんでこんな時に……と愚痴りそうになるが、彼はそのメッセージを読み進めていく。これからこの相手に、スーディアの近況を報告せねば……そう考えていたのに、内容を理解するとたちまち晴嵐の顔が険しくなった。
(こんな往来で読めるモンじゃない……)
その内容は、晴嵐を強く動揺させるに十分すぎた。ラングレーが送ってきた内容は、ざっくり意訳すると次の通りである。
『聖歌公国の首都、ユウナギにて……ラングレーは『発掘ゴーレム』の復旧を手伝っていたこと』
『あるゴーレム工房の職人たちの手によって修復は完了。『憑依型ゴーレム』と呼ばれる旧式機体は再起動したが、どうにも言動がゴーレムらしくなく、妙な知識を話している』
『内容は『地球という別世界からやって来た』『この世界……ユニゾティアの知識や常識は全く知らない』『生身で来たはずなのに、目が覚めたら何故か金属の体に移し替えられている』と主張している』
『異世界転移とか、移民計画とか、女神ベルフェとか……なんだかよくわからない、壮大な単語を連発している』
『仲間と一緒に来たと証言しているが、全く見つかっていない』
『一部の記憶を喪失しており『人の名前が思い出せない』らしい』
末尾には『セイランは何か知らないか? 生まれ変わりらしいテティにも、質問してみる』と、晴嵐やテティの正体に半信半疑なラングレーは、一応は信じる体でメールを二人に送ったらしい。
(『地球』じゃと……馬鹿な。あり得ん)
『ユニゾティアに地球人がいる』……千年前の『異界の悪魔』『欲深き者ども』との関連は疑われているが、現在まで生きているとは考えにくい。それにあの世界……晴嵐の生き延びて死んだ世界は、核戦争と化け物の跋扈で崩壊した『終末世界と化した地球』だ。最後を迎えるまでの数年間、下手したら十年以上、生きた人間の気配を感じた事も無かった。
自分以外に地球人がこの世界にいる? あの崩壊世界を生き延びた誰かが?
晴嵐最後の数年は、活動範囲も狭まっていたとは思うが……一応はラジオや無線機をオープンにはしていた。しかし誰も、誰も答えたものもいないし、発信者も全くいない。ただ、海外まで考えると、生存者の可能性はゼロではないのか? しかし日本人以外ならば、言語が通じず難儀しそうなものだが……
ユニゾティアで使われている言語は『古来語』と呼ばれているが、その実晴嵐が使っている『日本語』が、そのまま通じてしまう。となれば、目を覚ましたゴーレムが使う言語もやはり『日本語』の可能性が高い。
(訳が分からん……しかし……)
しかし、無視する事は出来ない。
どのような立場、どのような人物にしろ……『地球』の記憶を持った人間を、放置する選択肢はありえない。メールでのやり取りも限界が……と言うよりじれったさを感じるし、ここはやはり直接、その『地球を知るゴーレム』と、直接対話してみるしかないだろう。
思わぬ展開だが、その時晴嵐はある事実に気が付いてしまう。
深くため息を吐いた後……用意していた文面と、ゴーレムについての返事をまとめて、晴嵐はラングレーにメールを送った。




