遺産の爪痕
前回のあらすじ
聖歌公国の一角……憑依型ゴーレムが目覚めた。訳の分からない単語を連打するが……
緑の国、聖歌公国、両軍間の戦争は終結した。
突如として出現した『悪魔の遺産』で武装したゴブリン集団……それにより大打撃を受けた両軍。そのまま戦闘続行も可能だったが、お互いに『この案件の関与を疑われたくない』という理由と、受けた実害から来る士気の低下……さらに『相手国が悪魔の遺産を鹵獲し、次の戦闘で用いるかもしれない』……と言う恐怖と不信感。様々な要因が重なり、両軍は『千剣の草原』から撤退を開始。
負傷者多数な事もあり、ゴーレム車を使って退却が始まるが……どうにも遅い。さらに敵の追撃を恐れ。健康な兵士や傭兵隊は、彼らの護衛と奇襲に備えて展開している。その護衛役として、負傷度合いが薄い傭兵二人が警備に当たっていた。
「やれやれ、こんな形で終戦とはのぉ……」
「………………」
「おや? どうした? そんな神妙な顔をして」
着物を着た侍が、隣に立つ険しい顔の男に声を掛ける。しかし男は緊張を崩さず、周辺警戒を続けている。ゴーレム車が移動するたび、目線が車に釘付けで……完全に身が入っていない。サボりではないのだろうけれど、侍は軽く注意した。
「おーい……仕事になっておらんぞ? それとも……『悪魔の遺産』の後遺症か?」
「……馬鹿を言うな。わしは正気じゃよ」
「狂人も皆同じことを言う。今の貴殿は、少々危うさが見られるぞ?」
「まぁ、確かに原因は『悪魔の遺産』じゃよ。……スーディアが撃たれたからな」
「あー……」
侍の男が同情を寄せ……そして男の肩を軽く叩いた。彼ら二人にとって『スーディア』は、共通の知人であった。
「この場を去るまで、ついそ意識は戻らなかったらしいな」
「あぁ……しかも原因がわからんと来た」
「だが肉体は無事なのだろう?」
「不思議な事にな。確かにじゅ……『悪魔の遺産』を食らった痕跡があるが、肉体には傷はついておらんかった。衣服は焦げていたようじゃがな」
「まさか……魂を砕かれたりしておらんだろうな?」
「不吉な事を言わんでくれ」
「すまん。某も望んではおらん」
交わす言葉の中に、知人を想う感情が滲んでいた。今は素手の男……晴嵐は身の入らない様子だが、何とか護衛の仕事は続けている。あの戦場を生き残ったのは良いが、晴嵐の立場はあの後、少々怪しくなった。
「使った貴殿の方が、性質はよく知っているか……共にいた亜竜種の山賊共々、悪魔に取り憑かれている様子も無し」
「わしを信用するのか?」
皮肉に歪んだ表情を見せる晴嵐。人から信用されにくい気質は、本人も承知していた。しかし侍の男は、さらりと言ってのける。
「おうともさ。貴殿は極めて物騒だが、故に暴力への理解が深い。安易に力を振り回すような輩ではあるまいよ。……まぁ、隣にいた亜竜種は性根が腐っていたが、あの消極性が誘惑を振り切るのに、丁度良かったのやもしれぬ」
「途中、危うい所もあったがな」
「今が良ければそれでよい。あの女山賊を始め、兵士の一部も取り憑かれたからな……」
侍は深く嘆息を漏らした。『悪魔の遺産』の恐ろしさは、戦闘が終わった後も続いたのだ。
「貴殿や亜竜種山賊、ハクナ様は誘惑を振り切れたが……誰しも『悪魔の遺産』に恐怖するばかりでは無かった。いや攻撃されている間は恐れていたが、手元に道具があると……」
「…………何人も、悪魔に取り憑かれてしまったな」
ゴブリンを撃退した直後、死体処理に追われた兵士たち。その時ふと死体のそばに『悪魔の遺産』が目につけば……つい手に取りたくなる人間もいるだろう。
相手に向けて引き金を引くだけで殺せてしまう道具があれば、気に入らない上司。モメ事を起こした同僚。なんとなしに腹がむしゃくしゃしているから……そうした『力がないから』『弱い立場だから』抑えていた欲望や憤懣に、あの道具『悪魔の遺産』は火をつける。
ましてや周辺に『ゴブリンに殺された悪魔の遺産の犠牲者』が転がっている場面なら……一人ぐらい死体が増えても『ゴブリンのせいに出来る』と背中を押される環境もあった。……晴嵐が亜竜種山賊を、黙らせてしまおうと過ぎったように。
「改めて……怖ろしい道具じゃな。『悪魔の遺産』は」
「全くだ。しかし援護を受ける身としては頼もしかったぞ。あの亜竜種共々、随分手馴れていたではないか」
「腕前はアイツの方が良い。わしではあんな正確に、狙った所に当てられんよ」
「どうかな? 貴殿とて恩賞物の戦果だと思うが……良いのか? あの亜竜種山賊にすべて譲って」
「何のことじゃ?」
「とぼけるでない。某は知っておるぞ?」
晴嵐は鼻を鳴らした。
実はあの後、ハクナ様直々に晴嵐と亜竜種山賊は呼び出された。多くの衆目の前で『悪魔の遺産』を用いた二人。周囲の目は複雑だ。禁じられた『悪魔の遺産』を振るった二人だけれど、しかし同時に『取り憑かれた女エルフから、ハクナを救った』人物でもある。
ユニゾティア住人の感情としては、極めて複雑だった。英傑を救ったのは良いが、しかしその武器は千年前の因縁ある武器。素直に称賛できないのも仕方ない。よって、ハクナ・ヒュドラが直々に、二人の処遇を決定する流れになった。
「まぁ、罰せられるのは論外にしても……あの亜竜種の恩恵に対して、貴殿は大した褒章を得ていない。かの山賊は恩赦に加え、ハクナ様の覚えもめでたい。それに対して……傭兵の貴殿は何を得たのだ」
「……スーディアの治療じゃよ」
ぼそりと、全く目を合わせずに晴嵐は言った。侍の男はあっけにとられ、きょとんとしてから声を上げて笑い始めた。
「はっはっは! なんだなんだ! 貴殿、情とは無縁の男と思っていたが……いや失敬、その心根は良し!」
「やかましい」
「しかしそれでも……貴殿、戦果の一部をあの山賊に譲っただろう?」
「……悪目立ちしたくない。給金に少し上乗せ程度で良い」
「そうか。それが貴殿の選択か。ならば尊重しよう。いやそもそも、他者がとやかく口にすべき事ではなかったな。あぁ、あと最後に一つ良いか?」
「なんじゃ?」
「某もスーディアの見舞いに行きたいのだが……構わんか?」
「……好きにしろ」
目を背けて、拗ねたような口調で返す晴嵐。だがその奥にある隠しようもない思いを、生暖かい目線で侍は見守っていた。




