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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第六章 聖歌公国・前編

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遺産の爪痕

前回のあらすじ


 聖歌公国の一角……憑依型ゴーレムが目覚めた。訳の分からない単語を連打するが……

 緑の国、聖歌公国、両軍間の戦争は終結した。

 突如として出現した『悪魔の遺産』で武装したゴブリン集団……それにより大打撃を受けた両軍。そのまま戦闘続行も可能だったが、お互いに『この案件の関与を疑われたくない』という理由と、受けた実害から来る士気の低下……さらに『相手国が悪魔の遺産を鹵獲し、次の戦闘で用いるかもしれない』……と言う恐怖と不信感。様々な要因が重なり、両軍は『千剣の草原』から撤退を開始。

 負傷者多数な事もあり、ゴーレム車を使って退却が始まるが……どうにも遅い。さらに敵の追撃を恐れ。健康な兵士や傭兵隊は、彼らの護衛と奇襲に備えて展開している。その護衛役として、負傷度合いが薄い傭兵二人が警備に当たっていた。


「やれやれ、こんな形で終戦とはのぉ……」

「………………」

「おや? どうした? そんな神妙な顔をして」


 着物を着た侍が、隣に立つ険しい顔の男に声を掛ける。しかし男は緊張を崩さず、周辺警戒を続けている。ゴーレム車が移動するたび、目線が車に釘付けで……完全に身が入っていない。サボりではないのだろうけれど、侍は軽く注意した。


「おーい……仕事になっておらんぞ? それとも……『悪魔の遺産』の後遺症か?」

「……馬鹿を言うな。わしは正気じゃよ」

「狂人も皆同じことを言う。今の貴殿は、少々危うさが見られるぞ?」

「まぁ、確かに原因は『悪魔の遺産』じゃよ。……スーディアが撃たれたからな」

「あー……」


 侍の男が同情を寄せ……そして男の肩を軽く叩いた。彼ら二人にとって『スーディア』は、共通の知人であった。


「この場を去るまで、ついそ意識は戻らなかったらしいな」

「あぁ……しかも原因がわからんと来た」

「だが肉体は無事なのだろう?」

「不思議な事にな。確かにじゅ……『悪魔の遺産』を食らった痕跡があるが、肉体には傷はついておらんかった。衣服は焦げていたようじゃがな」

「まさか……魂を砕かれたりしておらんだろうな?」

「不吉な事を言わんでくれ」

「すまん。それがしも望んではおらん」


 交わす言葉の中に、知人を想う感情が滲んでいた。今は素手の男……晴嵐は身の入らない様子だが、何とか護衛の仕事は続けている。あの戦場を生き残ったのは良いが、晴嵐の立場はあの後、少々怪しくなった。


「使った貴殿の方が、性質はよく知っているか……共にいた亜竜種の山賊共々、悪魔に取り憑かれている様子も無し」

「わしを信用するのか?」


 皮肉に歪んだ表情を見せる晴嵐。人から信用されにくい気質は、本人も承知していた。しかし侍の男は、さらりと言ってのける。


「おうともさ。貴殿は極めて物騒だが、故に暴力への理解が深い。安易に力を振り回すような輩ではあるまいよ。……まぁ、隣にいた亜竜種は性根が腐っていたが、あの消極性が誘惑を振り切るのに、丁度良かったのやもしれぬ」

「途中、危うい所もあったがな」

「今が良ければそれでよい。あの女山賊を始め、兵士の一部も取り憑かれたからな……」


 侍は深く嘆息を漏らした。『悪魔の遺産』の恐ろしさは、戦闘が終わった後も続いたのだ。


「貴殿や亜竜種山賊、ハクナ様は誘惑を振り切れたが……誰しも『悪魔の遺産』に恐怖するばかりでは無かった。いや攻撃されている間は恐れていたが、手元に道具があると……」

「…………何人も、悪魔に取り憑かれてしまったな」


 ゴブリンを撃退した直後、死体処理に追われた兵士たち。その時ふと死体のそばに『悪魔の遺産』が目につけば……つい手に取りたくなる人間もいるだろう。

相手に向けて引き金を引くだけで殺せてしまう道具があれば、気に入らない上司。モメ事を起こした同僚。なんとなしに腹がむしゃくしゃしているから……そうした『力がないから』『弱い立場だから』抑えていた欲望や憤懣に、あの道具『悪魔の遺産』は火をつける。

ましてや周辺に『ゴブリンに殺された悪魔の遺産の犠牲者』が転がっている場面なら……一人ぐらい死体が増えても『ゴブリンのせいに出来る』と背中を押される環境もあった。……晴嵐が亜竜種山賊を、黙らせてしまおうとぎったように。


「改めて……怖ろしい道具じゃな。『悪魔の遺産』は」

「全くだ。しかし援護を受ける身としては頼もしかったぞ。あの亜竜種共々、随分手馴れていたではないか」

「腕前はアイツの方が良い。わしではあんな正確に、狙った所に当てられんよ」

「どうかな? 貴殿とて恩賞物の戦果だと思うが……良いのか? あの亜竜種山賊にすべて譲って」

「何のことじゃ?」

「とぼけるでない。某は知っておるぞ?」


 晴嵐は鼻を鳴らした。

 実はあの後、ハクナ様直々に晴嵐と亜竜種山賊は呼び出された。多くの衆目の前で『悪魔の遺産』を用いた二人。周囲の目は複雑だ。禁じられた『悪魔の遺産』を振るった二人だけれど、しかし同時に『取り憑かれた女エルフから、ハクナを救った』人物でもある。

 ユニゾティア住人の感情としては、極めて複雑だった。英傑を救ったのは良いが、しかしその武器は千年前の因縁ある武器。素直に称賛できないのも仕方ない。よって、ハクナ・ヒュドラが直々に、二人の処遇を決定する流れになった。


「まぁ、罰せられるのは論外にしても……あの亜竜種の恩恵に対して、貴殿は大した褒章を得ていない。かの山賊は恩赦に加え、ハクナ様の覚えもめでたい。それに対して……傭兵の貴殿は何を得たのだ」

「……スーディアの治療じゃよ」


 ぼそりと、全く目を合わせずに晴嵐は言った。侍の男はあっけにとられ、きょとんとしてから声を上げて笑い始めた。


「はっはっは! なんだなんだ! 貴殿、情とは無縁の男と思っていたが……いや失敬、その心根は良し!」

「やかましい」

「しかしそれでも……貴殿、戦果の一部をあの山賊に譲っただろう?」

「……悪目立ちしたくない。給金に少し上乗せ程度で良い」

「そうか。それが貴殿の選択か。ならば尊重しよう。いやそもそも、他者がとやかく口にすべき事ではなかったな。あぁ、あと最後に一つ良いか?」

「なんじゃ?」

「某もスーディアの見舞いに行きたいのだが……構わんか?」

「……好きにしろ」


 目を背けて、拗ねたような口調で返す晴嵐。だがその奥にある隠しようもない思いを、生暖かい目線で侍は見守っていた。


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