第五章 ダイジェスト・4
いよいよ開戦となる聖歌公国・亜竜自治区と緑の国。宣戦布告の理由は諸説あるが、表向き一番の動機は『元々亜竜自治区は緑の国の領土であり、レジス大森林の一部だった』との主張だ。かつて欲深き者ども、千年前の戦争において森林を焼き払われ、城壁都市を築くにまで恐怖と憎悪を育てた緑の国のエルフたち。しかし諸外国にあまり理解の得られる動機では無いようだ。
そんな遠い昔の事を主張されても、既に亜竜自治区では数世代に渡って暮らしている者もいるし、土地的な価値があるかと問われても豊かな自然しかない。領土問題を吹っ掛けるにしても条件が微妙過ぎるが、しつこく繰り返される軍事衝突に際し、何か別の動機があるのではないかと、まことしやかに囁かれていた。
両国が軍事衝突に至る中、城壁都市レジスのポートに老議員が演説に立っている。遥か昔の怨恨を未だに燻らせる彼は、オークに対する強い憎しみを隠さない。存在を抹消したある英雄との約束に縛られているものの、民族全体への恨み節は消えない。兵士たちに激を飛ばせば、城壁都市の門扉は開かれ勇ましく行進を始める。幾分かのプロパガンダを含んだ出立は、大々的な出陣となった。
目指すは『千剣の草原』――緑の国と亜竜自治区の国境に広がる草原だ。幾度と無く戦火に晒された事で木々が育たず、ずっと草原を保ち続けている。無数のゴーレム車が偏印を載せて出発した。
魔法の旗を展開しながら、兵士を乗せた車列が続く。常に周囲を監視し警戒しながら、魔法の通信網で情報を共有。過去の待ち伏せも視野に入れながら、車列は加速しつつ主戦場を目指す。奇襲を警戒しながらも、速力を上げて道を突っ切る緑の国軍。伏兵を警戒していた彼らの通信が突然乱れた。
――どうやら道路にゴミなどを埋めて凹凸を作り、地味な嫌がらせを仕込んでいたようだ。警戒しながら展開した兵士たちが呆れる中、先んじて仕掛けた物に怯えて敵影を探す。まだ開戦前だが、既に戦争は始まっていた。
それを仕掛けたのは当然、聖歌公国軍である。車列が通過するルートを予測して、先んじて土木工事に取り掛かっていた。
しかし作業に当たるのは正規兵ではない。雇われの傭兵部隊が、雑用係としてこき使われている。仕事が地味だとぼやく彼らに、監督役がどやしてくる。作業中の一人が「こんな事をして大丈夫か」と質問したが、もうこの道を使うのは非合法で動く奴らか、緑の国軍しか存在しない。集めた粗大ごみをマキビシ代わりにするのはいいが、こんな行為にどれだけの意味があるのやら。浮かんだ疑問はすぐに解決する。金を払って雇った部隊なのだから、暇を持て余すより戦術的意味の薄い雑用でも、やらせた方がマシなのだろう。
陣地を設立した亜竜種の将軍が報告を聞き。過去の戦局を見直しつつ現在の戦術プランを練る。新生部隊を試すために奇襲を見送り、武人たちが血を滾らせている。緑の国軍が警戒しながら隊を前進させたのもあり、聖歌公国側は十分な準備を終えて戦争に備えていた。
そしてついに……両軍が『千剣の草原』で距離を取って陣地を設営し、にらみ合った。緑の国側は慎重な進軍を続け、兵の疲弊も考慮した結果、予定地よりも後方に本陣を構える事になった。
距離のある分、偵察の隊に負担がかかり時間を要している。だが今の所、特筆すべき報告もない。まずは威力偵察も兼ねて、軽く敵軍にぶつける事を決定する。それは緑の国軍だけでなく、聖歌公国軍側も思惑を同じとしていた。
無数の立体旗を展開しながら、罵倒の言葉を投げつけ合う両者。開戦のきっかけは些細なもので、ヒリついた空気に怯えた小動物が逃げ出し、感応して鳥が飛び立ち、その音を敵の襲撃と勘違いした両軍のどちらか……いや、どちらがどうとは分からないが、きっかけ一つあれば交戦開始し得る状態だったのだろう。かくして『千剣の草原』にて聖歌公国、緑の国両軍は軍事的に衝突した。
衝突は緑の国から見て右翼側から始まった。両軍の装備は異なり、積極的に肉薄を試みるのは聖歌公国軍だった。多くを亜竜種が構成している影響で、インファイト向けの軽装が多い。一方の緑の国軍は槍や薙刀など、間合いの長い装備を主流としている。亜竜種は元々近接戦闘に強い種族なのもあり、果敢に槍衾めいた陣容に飛び込む。
『盾の腕甲』の応用技、波動を飛ばす『空打』も用いながら陣形を崩し、僅かに乱れた戦列に亜竜種が飛び込んだ。
一番槍が緑の国軍の戦列を崩すかと思いきや、エルフ側も長年の戦闘経験がある。すぐさま別の隊がフォローに入り、亜竜種の戦士たちと拮抗する。衝撃を吸収・放出する『アースレイジ』に阻まれ、組み付いた聖歌公国軍が引きはがされる。
再び間合いの開いた両軍。にらみ合いになり、もう一度好機を窺うが……全体に戦意高揚の魔法をかけつつ、通信塔としての機能を持つ立体旗を持つ役職から連絡が入る。他の戦線への圧力が増しており、応援を求めているらしい。
これがユニゾティアの戦争……魔法の旗による相互通信により、柔軟かつ速やかな連携を取る事が出来る。押しつつあった目の前の敵に背を向けて、激戦区へ兵士たちは向かう……




