憑依型の目覚め
前回のあらすじ
吸血種たちは、次々と真実を語る。グラドーの森深部に現存する『欲深き者ども』……腐って消えてた『吸血種私兵隊』。殲滅に失敗した奴らを打ち倒すために、辛くとも役目を果たすと語る『黄昏の魔導士』に、長生きも悪くないと返すハクナ・ヒュドラ。確かに辛い事も多いが、旧友の子孫の姿を見たと言う。
昔話に花を咲かせる中――ユニゾティアでは、一人の憑依型ゴーレムが目覚めようとしていた
聖歌公国・首都ユウナギ――緑の国と戦争中だったが、首都と戦地はかなり距離がある。物価の上昇で空気の緊迫はあるが、それでも日常は流れていた。
「配線は……これで良い? グリジア」
「パーフェクトだタチバナ! これで……これで『発掘ゴーレム』も目を覚ますだろう! ふふふ! さてさて! この人物は何を語ってくれるだろうねぇ!!」
やたらとテンションの高いエルフの男と、黙々と作業するドワーフの女性。首都ユウナギの一角にある一つの建物……『ゴーレム工房・タチバナ』は賑わいを見せていた。
室内は無数の光で照らされ、その中央の台座には眠ったままのゴーレムがいる。エナメル質の管がいくつも繋がれて、金属の塊は全身ピカピカに磨かれていた。
「いやはやいやはや、復旧には苦労したけど……その甲斐はあったというもの! 製造年代はどうだったかな?」
「千年から九百年前ね。ゴーレムに人権が認められた時期。激動の時代よ」
「ふふふ……その時期の方に直接証言を聞けるとなると、心が躍るよ!! それもこれも君が積極的に協力してくれたおかげさ! ありがとうラングレー君!!」
堂々と、大げさな身振り手振りで、エルフの男は一人のオークの手を取った。油汚れに強い作業着を着たエルフと異なり、オークの格好はこの場では浮いていた。明るめの淡い色合いの衣服は、油や汚れであっさりとダメになってしまう。『ゴーレム工房』にふさわしくない恰好の男は、少し苦笑いしつつ答えた。
「ちょっと……友人が例の戦争で出ているんですよ。何かやってないと、頭おかしくなりそうで」
「……の割には、あなた冷静だった。部品をいくつも『オデッセイ商会』から引っ張って来たじゃない」
「この『発掘ゴーレム』を輸送する仕事の時、コネ作っておいたんっすよ。でもここまで、長い事関わるとは思わなかったっすねぇ……てか、いいんですか? 俺は部外者なんっすけど」
「つれない事を言うなよ! この人物の復活は、君の協力なしには不可能だった。ならば君には、彼の目覚めに立ち会う権利がある! それに、気になるだろう?」
「まぁ……そりゃねぇ……」
自分が協力した案件、その結末は誰だって気になるだろう。オークの青年、ラングレーは……動かない金属の塊を見つめ、ふと疑問を口にした。
「けどこのタイプのゴーレムって、あんまり見ないっすよね? 確か……『憑依型ゴーレム』でしたっけ?」
「うん。私も初めて聞いた。グリジアは? 一番年上でしょ?」
「オイオイ! 僕は百歳以下なんだ。向こうじゃまだ未成年だよ?」
「あと一か月で百歳じゃない」
「はっはっは! けれど知っているかどうかは別の話さ。実は僕も、全く無知だったし」
そのゴーレムは、一般的な形状をしていなかった。通常のゴーレムは角ばった形状で、完全に無機質な感触を与えるのに対し……彼らの目の前に横たわるゴーレムは、一言で言えば『金属製のマネキン』と言えた。
丸みのあるボディと各種間接部は、従来のゴーレムとは異なる。まるで非生物の存在を、強引に生物に寄せようとしたような……そんな印象をゴーレム技師たちに与えていた。
「調べた所……どうも『憑依型ゴーレム』は、製造が止まっているみたいだよ。だいたい六百年前ぐらいに、最後の工場が閉鎖されたとか」
「ふーん……なんか法律で禁止されたんっすか?」
「それが、法的に何ら制限はないみたいなんだ。形としては自然消滅が近い。何か欠陥があったのか、それとも後発の上位互換に埋もれたのか……その辺りも含めて、是非本人の口から聞いてみたいものだね!」
「……九百年前の機体じゃ、まだ色々と分からない部分が多い時期だと思う。新種族として認知された直後か、その手前だもの」
「あぁ、そっかぁ……いやぁ、でも何が聞けるか楽しみだよ! さ、そろそろ起動してみてくれ!!」
「うん」
ドワーフの技師がレバーに手を添える。よく見れば指先に力が入っており、彼女も彼女で密かに興奮していた。
がちゃり、とレバーを下ろすと、繋がれたエナメルケーブルが光を送り込む。長い眠りについた機体に、まるで血液を送り込むように。
脈動する光を受け止めた『発掘ゴーレム』……『憑依型ゴーレム』の指先がぴくりと動く。マネキンの顔に当たる部分が光の粒を展開し――妙にコミカルな、まるで文字で作られたような顔が、光の粒子で形作られた。
「おぉ……これは『デュラハン型ゴーレム』の技術か?」
「あれは五百年前が初出だから、年代が合わない。……でも似てる。プロトタイプかも」
「頭だけ映像のタイプっすよね?」
「うん。……このゴーレムを製造した技師は何者? 時代を先取りしてたのかも」
三人が話し合う中で、ぎこちなく動くゴーレム。ゆっくりと……眠っていた人が目を覚ますような声と共に、体を起こして背を伸ばした。
「んぁああ~~~っ……あ、あれ? 眠ったつもりはないんだけどな……」
「「「えっ?」」」
「ん?」
その動作、口ぶりは、完全にゴーレムを逸脱していた。
ゴーレム特有の固い口調がない。彼らは独特の、淡々とした言葉選びをする。しかし目の前の人物は……言葉使いが生身の人間めいている。目を覚ましたゴーレムは、目線に気が付いてこっちを向くと、粒子で出来た瞳を大きく見開いた。
「あ! あ、あの!」
「う、うん?」
「もしかして……あなたはオークですか!?」
「へ? いや、そうだけど……」
「で、あなたはエルフで、あなたはドワーフですよね!?」
「当たり前でしょ?」
「その通り! ……って、ユニゾティアでは常識だよ」
「!」
目覚めたゴーレムが上半身を起こし、細い足を動かしてエルフの下へ歩み寄る。ぎしっ、ぎしっと駆動音を響かせ、ゴーレムは質問を重ねた。
「ユニゾティア……そっかぁ、それが異世界の名前かぁ!」
「はい?????」
「あ! そうだ! 確かめるなら……あの、皆さん『地球』って知っていますか!?」
「「「地球?」」」
訳の分からない言葉と、規格外のゴーレム言動。全員がぽかんとする中で、ゴーレムは両手を掲げ、叫んだ。
「異世界転移……キターッ!!!」
訳の分からない単語を、歓喜と共に喝采する。目覚めたゴーレムは、喜びに咽ぶような勢いで、ベラベラと意味不明な用語を羅列した。
「これで『異世界移民計画』を始められるぞーっ!! 待ってろ地球のみんな! 必ず助けて見せるから! 女神ベルフェ様マジ女神!!」
――そのエキセントリックな言動に、彼を目覚めさせた三人は、口を噤むしかなかった。
第五章 戦争編 完
用語解説
憑依型ゴーレム (発掘ゴーレム)
以前、ラングレーとオデッセイ商会が輸送していた発掘ゴーレム。聖歌公国首都・ユウナギのゴーレム技師たちによって復旧した。
通常のゴーレムと異なり、まるで生身の人間のような動作で挙動する。そしてゴーレムはこういった。『異世界転移』と。




