遺産に取り憑かれた者
前回のあらすじ
スーディア……いや『彼』の活躍により、立体旗もなしに聖歌公国の者たちは連携。ゴブリン達を押し返し、誰かの作為によってゴブリンの肉体が爆ぜ飛ぶ。『彼』に気が付いた吸血種、ハクナと目を合わせたその時……『悪魔の遺産』の破裂音が『彼』を打ちのめした
その破裂音が響いた瞬間、周辺の兵士たちの頭は真っ白になった。奇妙な感覚に包まれていた彼ら全員が、全く同じタイミングで、同じ症状に襲われたのだ。
何かで繋がれていた感覚が、急に千切れた。完成した一つのネットワークの外に放り出され、急な心細さが襲ってくる。自分の頭でうまく物事を処理できない。並列演算で見えていた物事が、急に一人ひとり、個人の視点に、強制的に戻された。
ぐらりと揺れる世界。その中で――最初からネットワークの外にいた、身なりの悪い女がへらへら笑った。
「動かないでハクナ様? コイツが何か分かってるでしょ?」
現れたのはエルフの女。右手に握るは『悪魔の遺産』。血に塗れた身体で、粗雑な衣装で下種に笑う。先端から湯気を揺らす鉄の塊は、『彼』を攻撃した余韻を吐いていた。このエルフの女が――若いオークに向けて『悪魔の遺産』を使って……
目線だけで殺せそうな程の殺気で、ハクナ・ヒュドラは女を睨む。
「貴様――」
今にも瞬時に間合いを詰めそうだった。だが足元で火花が弾けたせいで動けない。エルフの女は、吸血種の殺気を浴びても態度を変えない。傲慢不遜に『悪魔の遺産』を、古参の戦士に突き付けた。
「下手な気は起こさないで下さいよ? うっかり殺しちゃうかもしれないんだから……周りの人たちもそうよ? 変な事をしたら……ハクナ様の命はない」
「クッ……」
「武器も捨てて下さる? あなたに釵を握られていたら、生きた心地がしないもの」
いくら生粋の武人と言えど『悪魔の遺産』より早く、投擲物は投げれない。相打ち覚悟なら不可能ではないが、こうもきっちり狙われていては打つ手がない。しぶしぶハクナは『水鏡の釵』を地面に置き、蹴り飛ばすしかなかった。
エルフの女は、懐から二つ目の『悪魔の遺産』を取り出す。右手をハクナに、左手を周辺に向けて威圧し、さも愉快そうに女は高く嗤った。
「うふふふふ……あのハクナ様でも『悪魔の遺産』は怖いのかしら?」
「……当然デアロウ」
「あらあら素直ね。私はいい気分だけど。うふふふふ」
距離は五メートルほど。『悪魔の遺産』はこの距離ならまず外れない。倒れたオークの若者をちらりと見るが、彼は意識を失ったままだ。
周辺の兵も異常を察し、女とハクナ様を包囲する。しかし――動けないハクナ様と女の態度で、状況を理解していた。
「ハクナ様は人質よ? 下手な事しないでね? うふふふ……」
「この女……っ!」
「山賊一人なんかに脅されて悔しい? 悔しいわよねぇ? でもあなた達は『悪魔の遺産』を前にしてちゃ、言う事聞くしかないわよねぇ? さーて、どんな事要求しちゃおうかなー……?」
邪悪そのものを顔に浮かべて、嗤う女に歯噛みする。何名かの兵が取り囲む中、一人の亜竜種が前に出た。――その手に『悪魔の遺産』を携えて。
「『遺産』を捨てテ!」
「!」
女は険しい顔で亜竜種を睨み、同じ道具を向け合う。片方をハクナに突き付け、もう片方は亜竜種に。やがて相手が誰かを認知すると、女エルフは若干……親し気な笑みを浮かべた。
「あら? あなた山賊団のウィリーじゃない。物騒なあの人と別れたの? それとも……おっ死んだのかしら」
「何デ……なんで生き残っているんでス? あの牢屋の中の人はみんな死んだんじャ……」
「死体の下に隠れてたのよ。誰かさんと話していた時の……細かい操作方法も全部聞いていたわ。おかげて使える。ありがとうねぇ?」
「…………『遺産』を捨てテ。あなたは悪魔に取り付かれているんダ」
「悪魔なんていないわよ。これは私がやりたいからやってるの」
不機嫌をむき出しにして、女エルフの山賊は武器を構える。亜竜種も向けたまま動けず、緊張が走る。じっと合わせた視線に、互いに互いが理解できなかった。
「なんでよウィリー? あなたそんなお上品な人じゃ無かったでしょう? やっと力が手に入ったのよ? 今まで……今まで散々私たちを見下してきた奴に、復讐できるのよ? コレがあれば」
「カートリッジが切れたらどうするんでス? この力は『悪魔の遺産』の力ダ。ぼくヤ、あなたが強くなったわけじゃなイ。これの補給のあても無いのニ、その後はどうするんですカ!?」
「どうでもいいわよ、そんなの」
見たくない現実を振り切るように、女が喚く。
「だったらあなた許せる訳? 私たちを見捨てたお頭とか、散々頭が悪いとか要領悪いとか、上から目線で馬鹿にしてきた奴らの事。上の立場だからって、好き放題やって来た奴らの事許せちゃう訳?
私は絶対許さないから。やり返すだけじゃ満足できない。倍返しよ。ば・い・が・え・し! この力があれば、クソッタレな人生を逆転できる。私の望むまま、好きに生きてやるんだから! あなただって『悪魔の遺産』を持っているのだから、そうすればいいじゃない。ここで殺しあうのはお互い損でしょ?」
「その過程デ……君は何人殺す気なんダ!?」
「さぁ? 私が幸せになれるならどうでもいいわよ」
『悪魔の遺産』に取り憑かれたエルフの女に、亜竜種の言葉は届かない。互いに武器を向け合ったまま、脅されたハクナと、周囲の兵員は固唾を飲んで見守ることしか出来ない。
互いに『悪魔の遺産』を向け合ったまま、硬直した盤面に――破裂音が一つ響いた。




