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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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もう一つの世界

前回のあらすじ


 無事にオークやゴブリンを振り切り、腰を下ろして休息に入る四人。雑談に花を咲かせつつ、食事の用意に入る。途中、スーディアをからかう晴嵐とラングレーに、機嫌を損ねたフリでその場を去るスーディア。テティの元に歩み寄る、その動機とは……

 木漏れ日が差す森の中で、少女の姿はすぐに見つかった。

 スーディアの姿を見て、彼女は警戒を解く。周囲を窺ってから、彼女が一つ頷いた。


「今なら大丈夫」


 誰にも聞かれていない。あの事を話題にしていいとの合図だ。彼も軽く気配を探り、用心してから言葉にする。


「本当に無事でよかった……あなたは、暗がりに閉じ込めて良い人ではない」

「そうかしらね? でも……改めてお礼を言わせて。スーディア・イクス」


 少女は上品に彼の手を取り、甲へ一つ口づける。親しみを示す礼節の一つなのだが、彼は頬を染めて顔を渋くした。

 おや、とテティが彼を見つめる。


「どうしたの?」

「あ、いや……すいません、さっきラングレーとセイランに、散々からかわれて」

「ふふふっ、酷い勘違いね」

「えぇ、全く」


 軽く息を吐く彼を、少女はクスクスと笑って見つめる。その眼差しの穏やかさは、娘の物ではない。既に彼は知っているが、彼女はかつて老衰で死んだ女性だ。

 勿論彼女から『別の人間として生きてきた記憶がある』と言い出したのではない。年不相応な落ち着きや所作と、彼だけが気づいたとある特徴があった。観察を続ける内に確信へと変わり、非常識でもその発想は頭から離れず……囚われの彼女に尋ねたのだ。『あなたの魂は、見た目通りではありませんね?』と。

 数回の押し問答はあったものの、比較的早く少女は認めた。オークに捕まって、やけっぱちな気分もあったのだろう。自らの正体を明かした後……『ユニゾティア』に似ていながら、異なる世界での暮らしを語りだした。 

 ――彼女の世界では、魔法の存在は秘匿されていたらしい。こちらに比べて、不便な所も多いと言う。とある宗教が力を持っており、医療に関しては迷信が多くて……今の世界と比べると、だいぶ劣っていたと話した。しかし建築技術や、意匠の技術は遜色ないと言う。

 スーディアには想像できなかった。この世界は彼が生まれた時から、魔法無しに成り立たない。それがごっそり抜けていて、文明を築けるとは想像がつかない。

 しかし不思議と、彼女の言葉は穏やかな芯を含んでいた。まるで自分の経験を、若い誰かへ伝え残そうとする老婆の様な……長く生きた語り手の語調が、耳から心に染み入った。

 全ての話を聞き終えた時、スーディアは静かに涙を零した。彼女が語った一つの人生ものがたりは、強く若者の心を揺さぶった。

 自分はいったい、こんなところで何をしているのだろうか。この狭く息苦しい集団の中で、燻ったままで良いのだろうか。今の立場と扱いに不満のあるスーディアは、急激にその思いが膨れていった。

 彼女が語った「外の世界」は、不便でも新鮮と驚きに満ちていた。何も異世界に行かなくても良い。この群れから抜け出して、一歩外に踏み出せば……自分の知らない世界がある。テティの言葉で気づいたスーディアは、外の世界への憧憬を抱いた。

 自分は、ここから出なければならない。強く意志を宿した彼は、同時に少女にもこう思った。


『彼女をこんな狭い世界に、閉じ込めてはいけない』


 彼女の精神性は、尊ぶに値するモノだと感じられた。けれど閉鎖的な場所に閉じ込めていては、きっと力を発揮できない。それどころか腐らせてしまうだろう……スーディアが燻っていたように。

 だから彼は剣を取った。自分と彼女が自由を得るために、スーディアは戦ったのだ。

 だからこの思いは自由への憧れ、外の世界への憧憬だ。恋愛感情ではない……と、スーディアは思う。

 とはいえ……それを他人が素直に信じるかと言えば、微妙な所かもしれない。思いを汲んだ彼女は、こんな提案をした。


「どうする? 戻った時に、あなたをフった演技は必要?」

「あなたまで……若い者をいじらないで下さい」


 彼は何度目かの溜息を吐く。少女はくすくすと微笑んだ。


「見てて面白いから、ついやっちゃうのよ」

「全く……あなたと言う人は」


 つられて彼も微笑む。テティを守り切った実感に胸が熱くなり、溢れ出た感情が頬を伝う。慌てて少女から顔を背け、男泣きを必死に隠した。

 テティは空気を読み、彼が落ち着くのをじっと待っている。震える肩を止めてから、スーディアが数回深呼吸した。


「落ち着いた?」

「すいません。その、感極まって」

「こんな『おばあちゃん』のために?」

「誰も信じませんよ……いや、彼なら信じるでしょうけど」

「彼?」

「セイランです。セイランなら、あなたの話を真摯に聞くかと」


 突然登場した名前に、テティはきょとんとしている。けれどオークはふざけていない。真剣な様子を受けて、彼女も考えを巡らせた。視線を上に泳がせたり、しきりに目を閉じて唸る。やがて開いた瞳は、深くまで覗き込む目つきをしていた。


「もしかして……彼も?」

「はい……姿勢や体勢、もっと言うなら筋肉の使い方……でしょうか。あなたにも共通するクセを、セイランからも感じられました。意識して聞けば喋り方も……どこかこう、歳を召した人の言い回しに思えます」


 スーディアは観察眼で、筋肉を読む技術を身に着けていた。相手の動きを予測し、『盾の腕甲』で受けレイピアで隙を突く。彼の柔軟な立ち回りを支えるのは、彼の観察眼にる部分が大きい。

 対峙した相手の意志を読み、呼吸を読む技。その応用がテティと、セイランの正体を見抜いた理由。年寄り特有の姿勢と筋肉の使い方が……彼と彼女の共通項だ。

 顎に手を添え、思案に耽る少女が目を細める。


「それを教えに来てくれたのね」

「ええ……ですので彼から尋ねるかも。対応はあなたの自由ですが……驚かないように」

「ん。覚えとく」


 直接彼に色々と聞いてみたいが……どうも彼は慎重な人間に思える。無理に問い詰めては、場の空気を悪くするかもしれない。

 縁があれば、その機会もあるだろう。今は休息をとり、今後に備える事を優先したい。


「そろそろ戻りましょう。二人がスープを作り終える頃です」

「そうね。あんまり時間かけてると、私まで色々言われそう」

「…………すみません。巻き込んでしまって」

「悪い気はしない」


 紫の、静謐で強い光を宿した眼差しは、やはり少女のものではない。その奥にいる老女の意志を背に、スーディアと彼女は帰還する。

 二人への言い訳と、彼らの追及を考えながら。

スーディア・イクス


 オークの若者である彼は、今の部族での生活に疑問を抱いていた。はみ出し者である彼は、テティの正体を見抜き、彼女の『一度目の人生』の話を聞く。

 外の世界があると知り、ここに居ては自分と彼女は腐ってしまうと確信する。自分とテティの自由を得るために……スーディアは剣を取ったのだ。

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