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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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死神襲来

前回のあらすじ


 まだ外部の状況がわからない牢屋の中、亜竜種の山賊は己の人生をかえりみていた。亜竜種として生まれたものの、どうにも鈍臭く争い事も苦手。周りの空気になじめず、はみ出し者となって……気が付けば山賊に身を落としていた。

 素直に尋問を受けて、話した事で山賊グループからも浮いてしまい、これからは自分の手札で考えていこうと考えていたら……何かの破裂音と気配に縮こまった。

 狭い牢屋とテントの中では、外の様子は詳しくわからない。けど、徐々に近づいてくる炸裂音と、外の兵士たちが慌ただしくなっている事は確かだった。

 少し前に見張りが引き上げ、今は捕虜の兵士と山賊が檻の中にいるだけ。急に居なくなった相手と争いの気配に、捕虜や山賊たちは「助けが来た!」と声を上げていた。

 捨て石にされた山賊はともかく……緑の国が夜襲を仕掛けた、というのはありそうだ。集団からはじき出された亜竜種は、仲間に殴られた頬を撫でつつ、現状をそう捉えていた。

 聖歌公国に協力的と言うことは、山賊側にしてみれば裏切り行為。見張りの手前、あまり激しい行為には及んでいないが、どうやら『出し抜かれた』と感じたらしく一発殴られた。完全に壁ができてしまい、同じ牢にいる相手と距離が空いている。彼らが檻にしがみついて、必死に外を見つめる中……臆病な亜竜種は部屋の隅、粗雑なかけ布を被って丸まっていた。


(多分……僕ら山賊に救いはないんだろうなァ……)


 緑の国の夜襲だとすると……隣の捕虜はともかく、山賊の自分たちは放置されるのがオチ。既に檻の中にいる以上、興味関心はないだろう。変な事を言って気に障るより、端で縮こまって隠れていた方がいい。不貞腐れた亜竜種だが、包んで被った布から、こっそりと片目だけ出して様子を伺った。

 奇妙な破裂音のたびに、亜竜種は小刻みに震えていた。室内だから聞こえづらかったが、この甲高い音は妙に五感を泡立たせる。雷のような音だけど、その出所はよくわからない。戦乱の気配と一緒に、音源も近づいてくる。檻を掴んでいる山賊の一部も、少し不安に感じたのか、何名かは距離を取った。


(なんだろう……嫌な予感がする……)


 あの時――軍と接触し、侍の男に尋問を受けた直後……『狂化』して次々と襲い掛かって来た、あの時の経験。戦乱と恐怖、混乱と出血が迫る気配――

 なんといえば良いのだろうか? 本当に言語化は難しいのだが……漠然と『危機』が迫ってくるような予感がする。自分の上あたりで、黒い骸骨と鎌を持った死の神が……どいつを冥府へと誘ってやろうかと、じっと見定めている……そんな目線をどこからか感じるのだ。


(こ、このままじっとしていよう……)


 尻尾を丸め、見えざる何かから逃れるように膝を震わせる。着々と近づく破裂音と、緊張した兵士たちの声。牢屋の中でじれったく、推移を待つしかない囚われの者たち。審判の時がやって来たのは、耳障りな声がテントの入り口に到達した時に下された。

 ギャッ、ギャッ……と、汚らしい鳴き声。ここからは見えないが、檻に張り付いた者には正体が見えた。


「なんだ……? ゴブリン……?」

「へ? 陣地の中に?」

「迷い込んだんですかねぇ……案外、聖歌公国の兵士たちもだらしがないねぇ?」


 隣の牢……緑の国側の捕虜も気が付き、なんだかんやと騒いでいる。その口に捕縛者たちの悪口を並べていた彼らに、ゴブリンの持つ武器が火を噴いた。


 パァン! と心身を凍らせる破裂音が響き、あるものは硬直し、あるものは被っていた布をぴくりと大きくは跳ねさせ……不幸な最初の犠牲者は、胸に空いた穴から鮮血を噴水のように吐き出していた。


「が……がふ……え…………?」


 こぽっ、と赤くよどんだ血の塊を一度吐き、隣で柵を掴んでいた同僚を見る、緑の国の捕虜。視線が交錯したのは一瞬で、そのまま膝を折り、犠牲者の瞳が焦点を失っていく……


「え……? な、に?」

「は? はっ!? え? や、やめ――――!」

「だ、出せっ!! ここから早くっ!!」


 隣の牢が恐慌状態に陥る。その後数匹歩いてきたゴブリンが『ニタァ……』と醜悪な笑みを浮かべて鉄の塊を指向する。気色の悪い鳴き声を上げて、連続する破裂音の後に――隣の牢で恐怖と死と血が踊る……

 なんだ? 何が起きているんだ? 牢から頭を出した山賊の一人が、惨状を見て腰を抜かした。隣の牢から血があふれ出し、鉄柵越しにゴブリンが何かで攻撃している。破裂音からして……その正体は想像が出来てしまった。

 ありえない。信じられない。否定の言葉が頭を舞ったが、けれどそれ以外に何があるのか……


「ゴブリンが悪魔の遺産を持って、俺たちを殺しに来やがった……!?」

「は? 何言ってんのお前!?」

「こ、こうしていられるか! 牢をブチ壊せ!」

「そんなのどうやって……」


 炸裂音と悲鳴が止まらない。すぐ横で行われる虐殺に押された者たちが、必死になって檻を壊そうと力を籠める。けれど非常な現実は変わらず、そうこうしている間に、隣の牢は静まり返ってしまった。

 緑の国の兵士は、全滅してしまった……? ギャッギャッ! と邪悪に喚く悪鬼の声は、足音をこちらにも運んでくる。布に包まり震える亜竜種は、けれど小さな隙間から覗くのをやめられない。紫色の体色に、ドワーフより小さな小人が、奇妙な鉄の塊を握って歩いてくる……返り血に濡れた姿は、紛れもなく悪魔に見えた。


「ひっ……! ひいいぃぃぃっ!!」

「お、落ち着けっ! おちっ!」

「こ、殺さないで! 殺さないでぇ!!」


 元の性根の卑しさか……相手が生殺与奪を握っていると悟った山賊たちは、命乞いを始める者、怯え竦んでしまう者、必死に頭を下げる者などで埋め尽くされた。

 逃げ場のない牢獄。眼前にいる紛れもない雑魚。無様な有様の、自分よりずっと知性を持つ存在達の行為に……『悪魔の遺産』を握ったゴブリンは、愉悦を浮かべた気がした。

 寒気がする。ゴブリンは本来、ずっと弱い存在だ。だからこそ……上位者たる種族のみじめな有様に、ニタニタ、ケタケタと嗤って楽しんでやがる。反感を覚えた山賊の一人が、牢屋越しにかみつこうとした瞬間――

 鉄の塊が火を噴き、二つ目の牢でも虐殺が始まった。

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