狭苦しいテントの中で
前回のあらすじ
聖歌公国軍は防衛線を張っていた。『悪魔の遺産』に対抗するための陣地は、野営陣地内部で点在している。そうして防御の部隊と、物陰に隠れて奇襲をかける隊に別れ『悪魔の遺産』を手にしたゴブリン共を迎え撃つ手筈を進めていた。――いくつかのテントを除いて。
どうしてぼくばかり、こんな目に合うのだろう? 新しくできた痣をさすり、牢屋の隅で亜竜種の元山賊は震えていた。
もともと気弱な性分なその亜竜種は、腕っぷしも強くない。ユニゾティアの風潮で『亜竜種はみな武人』という先入観があるが、必ずしもそうではないのだ。
(ぼくは……血生臭いの、ダメなんだよなァ……)
何の間違いなのかわからない。しかし山賊に身を落としたその亜竜種は――自分でも信じられないほど、精神的に闘争に向いていなかった。
人が傷つくのも好きじゃないし、自分が傷つくのも勿論嫌だ。だから当然、誰かと争ったり戦ったりするのも嫌いだ。ゆっくり畑でも耕して、静かでのどかな場所で暮らしたい。それが彼の夢見る、理想的な生活……だったりする。おおよそ亜竜種らしくないが、だからこそ悲劇になってしまった。
生まれは亜竜自治区の男。あの都市基準で普通の……可もなく不可もない身分に生まれたその亜竜種は、すぐに周辺から浮いてしまった。
どいつもこいつも血気盛ん。知的な亜竜種もいるにはいるが、それは幼少期から姿勢を矯正して知性を獲得したものに限られる。生まれた環境なのか、亜竜種の持つ気質なのかは知らないが、基本的に亜竜種は『闘争』を好む。誰もが本能めいた気質を持つ事が常識として、そして事実当然として、ユニゾティアの普遍的な基準だった。
店の店員や、その他一般的な職に就くにしても……亜竜種として生まれた者は、最低限の格闘技をたしなんでいる。他の種族と比較して、荒事に強いのはイメージのみならず、ほとんどの亜竜種の実情だった。なので基本的に接客業においても、一人二人は需要がある。厄介なお客様が唾を飛ばして来た時は、さりげなく――もちろん他意はないし、通常営業の範囲だが――亜竜種の店員をうろつかせて、調子づく事を抑止する効果もあった。
しかし、こうした常識や風潮だからこそ、枠の外にいる者は肩身が狭い。
根っからの……どうしようもないほど臆病に生まれてしまった彼が、亜竜自治区内で居場所を失うのに時間はかからなかった。動きが鈍臭い上に、相手を殴ったり蹴ったりしようとすると、どうしても一瞬躊躇してしまう。なよっちいその亜竜種は周囲から、理解が得られず孤立した。何とか対話を試みたり、どうしても無理だと伝えるのだけれど……その度に周囲は『悪いのはお前だ』と言わんばかりの対応だ――彼がそんな常識に嫌気がさして、道を外れるのも道理と言えよう。
(はァ……ぼくの人生、これからどうなるのだろぅ……)
勢いに任せて飛び出したものの、ちょっとしたチンピラ行為から始まり、ズルズルとエスカレート。火遊びが過ぎた所で自治区の外に飛び出し、気が付けば山賊一味の仲間入りだ。臆病さをからかわれる事も多かったけれど、その場所は居心地は悪くなかった。亜竜種の骨格のおかげで、力仕事はそれなりに出来たし……農園、というと大げさだけれど、不当に占拠した土地で作る自前の作物は、自分の山賊一派の役に立てていた……と思う。
けど今は……その思い出も苦いものに変わった。仲間と感じ、居場所と思っていたのはこちらだけだった。長は……自分も含めた手下たちを、使い捨てにした。
(みんなにも話したけド……)
――この亜竜種は、尋問を受けていた山賊の亜竜種だった。何人か聖歌公国の兵士に呼び出され、事情聴取を強制された……と、他の者たちは考えている。まだ裏切りの事実を知らなかった仲間に、亜竜種は拙くも真実を伝えたのだが……牢にぶち込まれていた山賊たちは逆に激昂。お前こそが裏切り者と牢屋の隅に追いやられたのである。
(仲間って何なんだろうナ……)
別の山賊団所属の者もいるので、全員が全員仲間ではない。けれど、顔を覚えている間柄の奴にまで、裏切り者扱いは正直苦しかった。
けど……それもしょうがないのかもしれない。顔を知っているだけで、その実元は赤の他人。気を遣う、詮索は厳禁といいつつ、その場その場の山賊内の空気を共有はしていたが、いざとなれば蜘蛛の子を散らしたように霧散する。
ただ自分たちは……同じ旗の下で群れていただけで、心は通わせていなかった。それっぽいぬるま湯の中で、傷を舐めあっていても……誰か一人が抜け駆けすれば、あっさり連携は崩れてしまう。
……いや、そもそも『グループそのもの』が壊滅したことを、山賊たちは理解していない。お頭が自分たちを助けに来るはず。この聖歌公国軍に挑んで、自分を救ってくれるなんて言葉を口にしたものまでいた。
だから――今外が騒がしくなり、周囲の見張りがいなくなった事について、誰もが肯定的に見ていた。これから自分は救われるのだと。嫌な奴ら、気取った正規軍の方々は、自分たちのような雑草に敗北するのだと、信じて疑わない。
自分が使い捨てにされたなんてことは、想像したくない。
自分が雑に扱われたなんて事実は、受け入れたくない。
――そうして、不都合な事から目を背け続けるから……敗因を、失策の原因から、目をそらし続けるから……永遠に成長できず、失敗を続け、敗者弱者であり続ける事に、気が付けない。
かつては、自分もそこにいた。けれど今は放り出され、一人寂しく牢屋の隅。もう所属する群れも、頼れる人はいない。怖くても、不安でも、誰も慰めてなんてくれないのだ。
――自分の持っている手札で、今後はどうにかするしかない……
改めて現実を受け入れ、これから何とか頑張ってみよう。そんな亜竜種の決意を揺るがすように、牢屋のあるすぐ近くで、甲高い破裂音が響いた……




