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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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現状

前回のあらすじ


 吸血種のハクナ様から、悪魔の遺産の情報を共有する士官たち。かの方に引く事を提案するが、戦士に示しがつかないと、この場で居座る。その時、負傷した旗持から敵の正体についての報告があった。応援を出そうとするが、破裂音の後連絡が途絶える……

 その旗持はまだ生きていた。両足を負傷し、立体旗を起動し、同陣営の仲間たちへ情報を伝えた所で、複数の足音が迫ってくる。

 魔法の旗は光を発する。暗闇の中では、たとえ草むらに潜んでいても位置が割れてしまう。いよいよか……と覚悟を決め、迫りくるゴブリンどもの影を睨んだその時『悪魔の遺産』の鳴き声が響き渡った。

 痛みと灼熱は……新しく生じていない。攻撃が外れたのだろうか? 旗を目印に攻撃したとしても、まだ完全に発見された状態とは異なる。草の揺れでなんとなしに敵の位置は分かるが、足を投げ出した旗持の姿までは、把握されていなかった?


(でも……死ぬのも時間の問題だ……)


 この足では逃げられない。いずれは距離を詰められてオシマイだ。死神がその鎌を空振りしただけで、まだ近くを巡遊している事に変わりない。再びの破裂音、ゴブリンの喚く声、延長される生命の期限に、旗持はどう反応すれば良いのか分からなかった。

 他にやる事もないので、気配だけを探る。何度か破裂する音の種類は同一で、音の違いは距離の差だろう。近場で炸裂する『悪魔の遺産』に混じって、ゴブリンの鳴き声は激しさを増した。

 ――声の質が変わった、と兵士は感じる。今までは力を振るう悦を感じさせる、どこか下卑た、気味の悪さを含んだ声だったのに……今度の声は警戒というか、何かを責めるような感触がある。仲間割れ……? いったいなぜ? 暗闇で動けない男にとって、先の見えない現状は不安を煽る。まして死がすぐそこに近寄っているとなれば、猶更恐怖は膨れ上がった。


「ギャッ!? ギャアアァッ!!」


 驚きと怒りを込めた鳴き声の後に、破裂音が連続する。その方角から目を離せず、旗持の兵士は荒い呼吸を繰り返した。複数の位置から閃光が発し、何が何やらわからない。同士討ちが始まったのだろうか? 何度か耳元に風を切る音がしたけど、幸いな事に新しい傷は増えずに済んだ。

 が、全く安心はできない。カサカサと不自然に揺れる背の高い草は、何かの気配を感じさせる。支えの代わりに立体旗を握りしめ、恐怖に震える手が金属の棒を揺らした。

 小さな気配が、こちらに寄って来る。一度は覚悟した死だが、改めて迫れはやはり怖い。よりにもよってゴブリンに嬲られる理不尽で……と憤慨し、かろうじて己を奮い立たせ、正気を保っていた。

 しかし、草むらから飛び出してきたのは――ゴブリンではなかった。

 手に何か鉄の塊を所持し、角ばった筒の中心にある黒い空洞を、油断なく向けた男が姿を現す。忘れもしない。傭兵所属と名乗り、自分に応急処置をして去ったあの男だった。


「生きていたか。調子は?」

「さっきまで死神が近くにいた気がする……気分が良いわけがない……なんで、帰って来た?」

「……とてもじゃないが、合流できそうになかったんじゃよ」


 自らを治療した男は、深くため息を吐いて屈みこんだ。鉄の塊を下に向けて、旗持の男に現状を伝える。


「敵のグループは、少なく見積もっても6はいる。多分全員が『悪魔の遺産』を所持しているだろう。暗闇のせいで正確かは怪しいが……多ければ10グループ。つまり二百体近くいるって訳だ」

「なんてことだ……」


 ゴブリンの繁殖力や生態を考えれば、この規模の群れや『やや大きい』に収まる。それでも知能の低さと雑魚っぷりから、通常の装備でも討伐は不可能ではない。今、野営陣地にいる戦士たちなら、何の問題もなく倒せる規模なのだが――『悪魔の遺産』がすべてのひっくり返してしまっていた。

 深刻な表情の旗持に、男はややバツが悪そうに続けた。


「背後から奇襲するにしても、あの数相手ではどうにもならん。じゃから、お前さんが生きている事に賭けて戻ってきた。今すぐ本陣に伝えてくれ。場合によっては撤退も視野に動くよう、強く警告してくれ」

「……わかった。今度こそ、お別れだな」


 男は皮肉を交えた笑みを浮かべた。動けない旗持の兵に対し、彼は自分の手に持った鉄の塊を見せる。

 それは奇妙な物質だった。片手で握れるサイズの、不格好な鉄の塊。手で握りやすいように窪みがある握りてだが、人差し指の所に鉄の輪がある。一つだけある突起物は、力強く握れば折れてしまいそうなほど細い。

 手の上部には、やや前方に飛び出した鉄の四角形があった。一応角にあたる部分は、多少の丸みがあるが……ほぼ長方形と呼んで差し支えないだろう。手前側にも訳の分からない突起があり、その役目はいまいちわからない。一つわかるのは、複雑な金属部品が組み合わさっているのだろう……その程度だった。


「これは……?」

「……こいつが『悪魔の遺産』だよ」

「え……」


 こんな、こんなものが『悪魔の遺産』? 確かに複雑そうに見える道具だが、片手で収まってしまうではないか。絶句する兵士に対して、一気に男はまくしたてる。


「二つ奪った。片方はお前さんにやるよ」

「ま、待ってくれ……悪魔に取り付かれるのは」

「死神に憑かれるのと、どちらが良い?」


 驚愕する兵士は『悪魔の遺産』と男の姿を交互に見るしかなかった。なんという二択を突き付けてくるのだ、この男は。怒りに身を任せたい反面、しかし『これしかない』という冷静な知性の声も聞こえてくる。苦悩と迷いを浮かべる兵を無視して、男は淡々と『悪魔の遺産』について喋りだした。

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