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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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脅威の傍観

前回のあらすじ


 銃声に泡立つ聖歌公国軍陣地から、誰にも気が付かれず偵察に出た晴嵐。草丈に身を隠しつつ、銃器の種類や正体について考える。近づく気配、次に彼が目にしたのは『拳銃を装備したゴブリン』だった……

 この世界に来て晴嵐が最初に出会った人間は、ホラーソン村のシエラ兵士長だった。 深い森の中、グラドーの森で重傷を負い、ある生き物に引きずられていた。

 それがゴブリン……紫色の肌に、ドワーフよりはるかに小さい小人。知能は低く、身に着けるのは粗雑な布切れに、誰かが使った残骸めいた武具が標準装備だ。

 しばらく遭遇していなかったが、この世界に来て最初に交戦した……というより不意打ち一発で仕留めた相手でもある。普通なら何の脅威にもならないそいつらは、とある道具を握っているせいで、その危険度は跳ね上がっていた。


(一体どこで手に入れた……!?)


 小柄な体。みすぼらしい恰好はそのままに――巻いた腰巻にベルトとホルスターが追加されている。これでウエスタン・ハットを被っていれば、西部劇に出演できそうだ。

 しかも厄介な事に――ピストルを携行しているのは一人じゃない。先頭に出ている輩が銃を持ったまま行進し、二十人程度の群れが全員拳銃を所持している。向かう先は聖歌公国軍陣地……

 さらに彼を凍り付かせる事実が生じる。晴嵐の目の前で行進する群れと、別の個所で再び銃声が夜の草原に響いた。マズルフラッシュは見えなかったが、炸裂音を聞き間違えはしない。

 ――つまり、いくつかの『銃で武装したゴブリンの群れ』が進軍を続けている……

 銃こと『悪魔の遺産』の入手先も不明なら、一体どこのどいつが、ゴブリンどもに銃の訓練を施したのか。『ともかく早く戻らねば』という思考と『ここは慎重に動かなければ』の二つの現実に挟まれ、晴嵐は苛立つ。


 銃を持った二十匹相手に対して、晴嵐の武器は貧弱と言える。投げナイフと各種刃物、煙幕だけで殺しきれる訳がない。何かの拍子にはぐれたり、遅れた一人を殺るならともかく……もし正面から発見されればハチの巣だ。

 慎重に撤退し、この事実を本陣に伝えねば。このまま隠れて逃げてしまう……というのも以前なら考えたが、奴らの行進する先にはスーディアがいる。

 まだ話すことがある、死ぬんじゃない――その言葉が自分にとってもくさびになり、この場からの逃走の選択肢を奪う羽目になるとは。本当に自分の命だけを優先するなら、今すぐこの危険地帯から逃走する事が最善解だろう。

 しかし――それをやった場合、スーディア含むあの陣営は極めて危険な状態に陥る。今の晴嵐には容認できない事態だ。

 クソが……と毒を吐きたいが、気取られぬよう感情を抑える。ともかく陣地側へ戻ろうとしたその時、間の悪い事態が目の前で展開した。


「あ? ゴブリン?」


 聖歌公国の正規兵……見回りか、正式に偵察に来た部隊だろう。立体旗を掲げ、露骨な警戒態勢を敷いている。緊張は最初だけで……『ゴブリンの群れ』を見た瞬間、急に間の抜けた空気になっていた。


(ば、馬鹿者! 相手は銃を持っているんじゃぞ!? 早く逃げ――)

「なんだよ拍子抜けだ。こんな雑魚捨て置こうぜ」

「全くだ。今はそれより『悪魔の遺産』持ってる奴を探さないと……」


 晴嵐は歯噛みした。『悪魔の遺産』への恐怖が先行したせいなのか、ユニゾティアの住人には詳しい知識がない。『甲高い破裂音を生じさせる怖ろしい武器』としかわからないのだ。スーディアには伝えたが……実物を欠いた説明では、情報伝達にも限界がある。

 加えて――本来なら取るに足らない雑魚の、ゴブリンの群れに警戒心なぞ抱ける筈がない。危機的状況なのは分かっているが、しかし晴嵐も隠れるしかない。今この場で介入しても、余計な死体が一つ増えるだけだ。

 侮る兵士に、ゴブリンの群れが道路に広がり展開する。腰からハンドガンを抜き、聖歌公国軍へ向けて構える。奇妙な行動と思いつつも、兵士はそれ以上の発想と危機感を持てない。


「ギャギャギャーッ!」


 先頭のゴブリンが鳴き声を上げ、号令と同時に一斉にゴブリン達が引き金を引いた。

 連続する銃声。先ほどから響いている破裂音が、晴嵐の眼前で火を噴く。肩を震わせる兵士たちは、今度は恐怖や反射ではなかった。


「え……?」


 あるものは頭部や心臓に弾丸を受けて即死し、あるものは腹を撃たれて腸をぶちまける。手や足に食らった者は、運が良いのか悪いのか。たったの一度の射撃で、兵士たちがばたばたと倒れていく。前衛がやられた場面を見せつけられ、後方で無傷だった者が、ようやく事態を察知した。


「ひ……ひぃいいっ!?」

「ゴ、ゴブリンが……ゴブリンが『悪魔の遺産』を!?」

「旗持! 早く本陣に伝え――」


 兵士たちが慌てふためき、恐慌と混乱、そして数名の冷静な指示は二度目の銃声にかき消された。装填数の少ないハンドガンでも、リロードなしで数回は射撃できる。無事だった者たちは凶弾に倒れ、残るのは硝煙の匂いと、愉悦に浸りギャアギャア喚くゴブリンの鳴き声……


(くそ……)


 一部始終を見ていた晴嵐は、気分が悪い。

見殺しにしたとは思わない。あの場面から出来る事はなかった。下手に動けば、余計に晴嵐が命を落とすだけだった。なのに何なのだ、この強烈な不快感は……

 何事か喚きながら進軍するゴブリンの群れ。背の高い草に隠れたままの晴嵐は……まだ息のある旗持の兵士を見つけて、慎重に駆け寄っていた。


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