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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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虚無の怪物

前回のあらすじ


 疲れ果てた晴嵐の本音が止まらない。生きる意味を失い、義務感だけで生きて来た晴嵐は……その内側に溜めていた虚無を、解き放つ。

 野戦病院の外、男二人が夜風に吹かれていた。

 思わず長い間語ってしまった晴嵐。今まで誰にも話さずにいた、自分自身が持つ空虚と疑念。それを初めて、はっきりと他人に告げた瞬間だった。

 晴嵐にはユニゾティアに来てから……否、地球文明が壊れ、クソッタレな世界で一人になってから、ずっと『生きる目標』が無い。厳密には『何故生きるのか』が、致命的に欠落している。


 最初からそうだった訳ではない。少なくとも文明が生きていた時代、世界が大量破壊兵器で壊れる前までは……地球基準での、普通の人間として暮らしていたと思う。一日一日をゆったり過ごしても問題なかった。大きな刺激はなくても、なんとなしに世界や人を信じることが出来た。明日に希望を持たずとも、それなりに生きていく事が許されていた。


 けれど……それは恵まれた環境で肥えて太った、慢心だったのかもしれない。誰も明日なんて保証していない。何が起こるか分からない。知ってはいたけれど、自分の身に置き換えた事は無かった。その結果……何もかもが、なんとなしに信じていた明日や常識が、木っ端微塵に砕け散る経験をした。

 だから晴嵐は、その魂に傷として刻まれている。希望とすら呼べないささやかな願いさえ、簡単に吹っ飛ぶ事を。積み上げた努力が、二束三文になる瞬間を知っている。当然と信じていた良識を、持っている方が生き辛くなる世界を知っている。

 ならば暗闇で閉じこもっていればよいのだろうか? これまた否。何らかの活動をやめた瞬間、人間が堕落する事も知っていた。


恵まれた文明社会に生きていながら……不平不満を垂れ流して、誰かに事態の解決を願うばかりの者も増えていた。

 そんな者に対して『自称』賢い者は……耳障りの良い言葉で、他者を地獄に突き落として恥じなかった。自分で考える事をやめた者を、少しも頭を働かせない当人の責任とすり替えた。そうして人を食い物にしている間、一歩も進んでいない世界と自分から目をそらして……


 善意から愚者を救おうとする者もいたが、彼らもすぐに嫌気が差してしまった。

 どれだけ施しても愚者は感謝する事は無い。それどころか、もっと寄こせと叫ぶばかりだった。誰かに寄りかかる事を考えて、決して自立する事は無い。地獄の餓鬼のように、強請り、求めるばかりで、何も返す事は無い。関われば関わるほど失うばかりの相手に……慈悲を与える側も嫌気が差してしまった。

 そうやって、晴嵐のいる世界は逼塞していったのだろう。

 

 ――何かをしても報われるとは限らず

 ――何もしなければ、置いていかれる

世界には落とし穴しかなく。自分は世界を変えられず無価値だ。

 誰もが……このような虚無的思想ニヒリズムを、少なからず抱えている世界だったと思う。文明崩壊後はもちろんの事、文明が崩壊する前から、こうした思想の傾向はあった。

だとすれば、順番はどうなのだろう? 

 世界が壊れたから、心の底に虚無を抱えるようになったのか。

 それとも……誰もが心に虚無を抱えていたから、真なる望みを失ったから、世界は壊れてしまったのか。

 今はもう分からない。分からないと言うより、考えるのも疲れていた。


 このような思想に陥りながら、晴嵐が自殺を選ばないのは義務感。自分よりもずっと志を持っていた者を見捨てておいて、自分だけ安易に死ぬ事は許されない。死への誘惑はあったが、それでも彼は生命を全うした。

 ――けれどそれは『生きたいから』ではないのだ。自分に特別な意味を、彼は見失っている。彼にとって『生きる』事は義務だった。犯した罪に対する、せめてものあがないだった。


生きる甲斐を見失い。されど探した所で、見つかるとも限らず。

 夢や希望を迂闊に持てば、悪意ある誰かに利用されると警戒してしまう。

 ――最後の最後、思わぬ形で帰ってきた気もするが……あれは奇跡のような物だ。二回目を期待するのは、過剰な期待と言うもの。

 ――ならなぜ、自分はスーディアに理解を求めたのだろう? 何か言葉を求めたのだろう? ……本当は分かっている。自分は空っぽの空虚ではない。ほんの僅かだが、胸の奥に何かまだ、本当に残りカスめいた状態だが、晴嵐には『人らしさ』が残っている。でなければ、人と関わりを持とうと思わない。

 ここから先の問いかけは、晴嵐が『人として』生きるために必要な事だった。


「スーディア、覚えておるか? お前さんは言った。『わしにもう過去に囚われるな』と。前の世界の事は忘れて、自由に生きても良いと」

「…………確かに、言いました」

「だが……わしには分からない。わしは随分前から『生きなければならない』と、ダラダラと生きてはならんと、自分で自分のケツと叩いて生きて来た。今もそうやって生きて来たが、この世界に来て逆にわからなくなった。

 ずっと義務だけで生きて来たわしは、全くわからんのだ。見た目は若者だろうし、実際に時間もあるのじゃろう。お前さんの言う通り、償えない事をいつまでも引きずるのも、不健康なのじゃろう。じゃが……この『義務感』だけが、わしにとって生きる動機じゃった。わしはわしの意思で、生きたいと思えはしないんじゃよ」


 ふとスーディアと目線を合わせると、彼は震えた。

 晴嵐の黒い瞳に宿るのは、暗闇じゃない。闇ですらない。

 虚空だ。暗黒の存在さえ許さぬ虚無だ。何もかもに虚しさを感じ、何をしようと、どこへ向かおうと、最終的に熱が冷めて、何もかもが消える事を知った、絶望の目……

 呑まれそうになる中、若いオークの声も震えている。それでも、彼は虚無に抗うように声を上げた。


「セイラン……きっと何か意味がある筈です。あなたがここに生きる意味が、必ず――」

「その問いかけは、随分前に済ませたよ」


 ありきたりな答えに、失望を浮かべる晴嵐。

 ……やはり現実に、生きることに期待するのは無意味なのだろうか。晴嵐なりに意地を張り、抗ってきた虚空が、ジワリと再び広がっていくことを感じる。

 急に生きる事がバカバカしくなってきた。

 努力する事が無価値に思えて来た。

 何かをして、藻掻くたびに生傷が増えるのに、ゴールはいつまでも見えやしない。とっとと諦めて、暗い所でうずくまってしまおうか。そんな捨て鉢な気分が湧いてくる。

 ……これは、突然見せた闇ではない。

 ずっと晴嵐が心の底に飼っていた魔物が、不意にその檻を食い破り、表面に現れた。ただそれだけの事。

 不幸中の幸いか、それとも気を見計らって解き放ったのか。彼の持つ虚空の魔物に、スーディアは目を逸らせずに、立ち尽くしている。


 ちょっとした小話


 ――実は感想欄に『この作品の軸が分からない』と、問いかけてくれた方がいました。

 その理由がこれです。『本作の主人公は『生きる希望と願望を、生きる目的を喪失しているから』です。

 だから軸が見えなかったのでしょう。そりゃそうです。肝心の主人公に目的地が無いのだから、作品の目的地が見えないに決まっています。正直バレないだろうと思っていたのですが……

 ただ、長引かせて不安にさせてしまったところを考えると、ちょっとクドくやり過ぎましたかね……それはこっちの構成力というか、見せ方のミスです。次があれば活かしたいですね。

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