世界の差
前回のあらすじ
野戦病院から外に出て、ポーションについての説明を聞く。飲んだ人物を強制回復させる薬に、セイランは羨ましいと漏らす。どこか遠くを見つめるセイランに、誰も帰ってこないとスーディアが伝えるが……
「……分かってるわい。ここでいくら反省しようが、どれだけ悔い改めようが……死んだ奴が帰って来る訳じゃない」
語る声は、いつになく辛そうな声色だった。
飲み込みたくない現実を、無理やり飲み込もうとする人の声。彼は事実を並べて、無理やり己を納得させようとしている。まるで、呪文を唱えるように。自分に言い聞かせるように。
「過去は過去でしかない。変えられないし、変わらない。こっちでの出来事をいくら重ねようが……地球には何の影響もないじゃろう。分かってはいるんだ。分かっては……」
――けれど、心がついて来れない……言外にセイランは語っていた。その焦点は突然に、スーディアの方へと向いてくる。
「実はのスーディア。お主は……わしが、死んで欲しくなかった奴に似ておる」
「――えっ? いや、それは嘘です……よね? だって、セイランの世界にはオークは……」
「種族の話ではない。その……中身、とでも言えば良いのか? 性根がどことなく似ていてな……」
こっちを向いている筈の彼は、果たしてスーディアを見ているのだろうか? 目の前にいるセイランは、どこか遠くを見ていて……上の空のような感触がある。急に何か恐怖と言えばよいのか、自分を見つめていないのではないか……そんな不安に襲われたオークの若者に、男は軽く謝罪と共に告げた。
「わかっておる。お前さんはアイツの代わりじゃない。スーディアはスーディアという、一人の意思を持った人間じゃよ」
「……本当ですか?」
「……その気なら、こんな風に話したりせんよ。『お前は誰かの代用だ』と言われて、愉快な奴がおるか? おらんじゃろ」
「………………」
セイランは、当然の事を言ったつもりなのだろう。
けれどこの言葉は、スーディアの心に変な刺さり方をしてしまった。変に顔を歪めるスーディアを、老人は不愉快と見たのか、信用されていないと感じたのか……別の話を始めた。
「ただ……羨ましいのは本当でな。例えば今わしらの背に、野戦病院あるじゃろ?」
「え? そう、ですが……急にどうしたんです?」
「――あの場に『ポーション』が無かったら、どうなると思う?」
「それは――」
あの場は辛気臭い場所ではあった。負傷者が多数詰めかけているのだから、当然と言えば当然だ。けれど、落ち込み度合いはそうでもない。ポーションがあれば、身体的な傷は確実に完治する。四肢を飛ばされたとしても、切られた手を持ち帰る事が出来れば……『切断面にポーションを塗って、くっつければ回復する』のだ。
ユニゾティアでは、それが当たり前だった。四肢の欠損は重症だし、出血多量で命の危険もある。それでも、ポーションがあれば何とかなる。なってしまう。
流石に欠損部位を無くしてしまうと、回復までの時間もかかる。ポーションの質も上等な物でなければ、治療も難しくなるだろう。
けど、回復の余地があるだけマシだ。セイランは暗にそう言っていた。
「例えば指を切られてしまったら、針と糸で縫い合わせるしかない。消毒やら免疫にも気を付けて、体力もたっぷり消費しておったよ」
「それで治るんですか? 縫い合わせるって、ぬいぐるみや服じゃあるまいし……適当に繋げる訳にもいかないでしょう?」
「じゃからお医者様は皆、人の神経やら血管やらの配置を把握してたよ。んで、現場の怪我を見ながら、ひとりひとりに応用した知識で治療を施しておった」
「……負担が集中していたんじゃ?」
「それもそうじゃが、仕方あるまい。ちゃんと勉強した奴にしか務まらぬ仕事じゃったよ。みんなから必要とされ、人気を集める職じゃった。給料も良かったからの」
人の構造は複雑だ。それがどんな生き物であれ……神経、筋肉、血管、各種内臓なとなど、まるでパズルのように生命の肉体は組みあがっている。その細やかな所をすべて把握していなければ、人の体を『物理的に修復できない』
とんでもない事を言っている。そこまで知識を付け、行使できるようになるまで、いったいどれほどの時間がかかったのだろう? セイランの世界の技術者たちは、尊敬に値する人たちだと思う。
「文明が壊れた後でも、お医者様方は貴重品扱いじゃった。敵対した勢力同士でも、下手な扱いは出来ない職じゃったからな」
「例えばですけど、戦争で狙われなかったのですか?」
「全く無かった……とは言わんよ。じゃがこちらと違って、傷の治療は大変な物じゃった。技術も能力も、限られた人間しか使えんかった。んなもんじゃから、文明が壊れた前でも後でも、あまり攻撃はしない傾向があったな。人道的な面から……というところもあるんじゃろうが、恐らく無意識に『貴重な人材』と、わしら世界の人間は思っていたのじゃろう」
「けど……割が合わないですよ」
「何が?」
「だって、それだけ知識と技術を身に着けたって、限界があるじゃないですか。言いずらいですけど、治療できる範囲は……」
「あぁ。負傷への対処に関しては、ユニゾティアの方がずっと進んでおる。傷や重症への感覚が、多分わしとは違うのじゃろうな……」
そこでまたしても、彼の言葉が止まった。先ほどと違って、スーディアに対する後ろめたさ、引け目のような感触はない。彼が感じたモノ、視て来たモノを言語化しようと、苦戦しているような感じだ。
急かさないように、じっと彼の言葉を待つ。
違う場所から来た男は、またしてもどこか遠くを見ている気がした。




