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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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差を知りてなお、挑む者

前回のあらすじ


 老兵タグラスと、武人ハクナ・ヒュドラが切り結ぶ。吸血種相手に対等に渡り合う中、周囲の兵の一人が横やりを入れようとしたが、軽くあしらわれてしまう。対抗できるのは、ククリナイフの老兵だけ。しかし徐々に消耗が見え始める

 一見互角に見えた、長寿命の二人の対決。老兵タグラスと、元亜竜種にして吸血種のハクナ。誰も手を出せぬ状況の中、ククリナイフのタグラスが切りかかった。お互いの手の内、戦術を読み合う彼らは、ここで老兵が攻勢に出てくる事もシナリオ通り。なぜなら二人の間には、もう一つ致命的な差があった。


「はぁ……はぁっ……!」


 老兵の息が上がる。

 互いに長寿命な存在でも、エルフは老化してしまう。対して吸血種の肉体年齢は、吸血種へ変異した時のままだ。同じ年月、同じ鍛錬を積んだとしても――タグラス側に不利がつく。ただでさえハクナは、地上戦最強の『亜竜種』の肉体を持っているのに。

 その理を知った上で、タグラスは剣を振るう。

 泣き言を言うくらいなら、最初から挑んでなどいない。不利は承知の上で、それでも戦士として挑むのだ。気概と気力に限度はあるが、僅かな間なら老いた体も言うことを聞く。

余裕はないが焦らない。

優勢はあり得ないが、まだ負けてない。

 たとえ絶望的であろうとも、本当に絶望はしない。

 容易に届かないからこそ

 死力を尽くして、手を伸ばす。

 上がる息に、重くなる体。だが鍛え上げた老骨の肉体と、すべてを覚悟した漢の『圧』が、僅かだが千年の英雄をした。


 老兵がえ、ククリが戦意を代行する。ハクナの技巧を盗み、時には逆手に持ち替え間合いを狂わせる。すると、振り子の揺れ幅が徐々に大きくなるように、ハクナの姿勢が乱れ始める。

 タグラスの狙いは一つ――『水鏡の釵』の本体を叩き落とすか、何らかの損傷与える、あわよくば破壊する事だ。

 無制限に鏡像を複写する武器『水鏡の釵』だが、裏を返せば本体を失えば、鏡像の生成も不可能となる。傷を与えれば傷まで複写し、壊れれば壊れた鏡像を作ってしまう。

 もちろん、使い手も弱点は把握している。簡単に破壊を許す事は無い。相手の前提を分かった上で、相手の狙いを分かった上で、よりどちらの攻めが通るか、二人の戦士がしのぎを削る。息を切らし、皴の増えたエルフが刃を振りかざし、強烈な剣戟が吸血種を後退させる。牽制で釵を投げた所で、タグラスは勝負所と見た。


「オオオオオォっ!!」


 無制限に生成できるが、投げた瞬間だけは釵の生成が遅れる。片手の間に潰し切る。腹を決めた老戦士は、あえて釵を防がなかった。

 左肩に突き刺さる釵。それを無視して突撃を敢行。この瞬間に、まだハクナの手元に在る本体を潰せば勝機がある。苦痛に足を止めるべきではない――!

 刃を振るう老兵。決死の攻めは後先を考えない。ここですべての気力を使い果たす覚悟で、ついにハクナの手にあった釵が零れ落ちた。

 これで素手――亜竜種の戦闘力を考えると、まだ油断は出来ないが……勝てる。

勢いに乗るタグラスが、次の一手を放つ前に、ハクナは老兵の肩に刺さった釵を引き抜いていた。


「ぐっ……!?」


 痛みに呻いた隙に、素手で老兵が押し飛ばされる。若干の間合いが生まれるが、もう関係ない。はたき落とした本体は地面にある。時間が経てば、最初に投擲に使った釵は消え、後は拾わせなければ、剣の間合いの有利で勝てる。無制限に生成できる釵もないから、投擲も出来ない――肩からの出血を堪えながら、鏡像の釵が消えるのをタグラスは待った。

 待った、のに。

 ハクナの手元の釵は消えない。消失したのは『手から叩き落した釵』の方だった。


(やられた……投擲に用いた方が、わしの肩に刺さった方が本体だったのか……!)


 牽制の投擲時『本体の水鏡の釵』を投げ

 一分で消失する前に、タグラスに攻め込ませ『突き刺さった釵を回収する』

 攻めを焦るしかないタグラスは……『必死になって本体と思い込んでいた、鏡像を無理に叩き落していた』

 結果は……無理攻めでタグラスが消耗しただけ。ハクナは健在だ。


「……とんだ道化ですな」

「否……ソナタガ強者故ニ、コノ局面ハ成立シタ。雑兵相手デハトウニ倒レテイル」

「無様、とは言わないのですかな? 儂も……もう老いました」

「ソレデナオ、挑ム事ニ意義ガアル」


 ハクナは、対峙した老戦士を貶めない。淡々と、タグラスへ事実を告げる。


「モシ限界ヲ感ジタノナラ、ソノ御業ヲ次ヘ伝エヨ。失ワレルノハ惜シイ武ダ」

「……この老骨に生き延びろと?」

「然リ。タダ……モウソナタハ、戦場ニ赴クナ。次ハ無イ。ソナタモ、緑ノ国モ」


 老兵が周囲に目を向けると、ハクナと対決する前より、喧騒が近づいていた。

『不幸な横槍』は刺さらなかったらしい。発動に合わせ全軍を進めたが、結果は芳しくない。ハクナの出陣は彼なりの抗議だろうか? すべての秘密を知りうる彼らの腹の内は、老エルフでも測り切れない所がある。


「生キテ伝エヨ。我ノ言葉ヲ」


 身勝手に言い残し、ハクナは釵を構えたまま自陣側へ戻る。

 阻む者はいない。誰だって命が惜しい。迂闊に手を出せば自分が死ぬと分かり切っている。

 ――戦局は五分にまで戻った。

 好機を生かせなかった事から、緑の国軍は攻勢から一転、撤退を開始。

 両軍共に、混乱と消耗を重ねるばかりだが……またしても決着は持ち越されたのだった。


用語解説


ハクナ・ヒュドラ (追加情報)


 元は亜竜種の吸血種。白い鱗に赤い瞳が特徴。かつての英雄の血族だが、未だに現役の戦士の一人である。

 水鏡の釵を用いた格闘戦は、釵の性能を完全に引き出している。さらに亜竜種かつ不老の肉体と経験もあって、格闘戦、近接戦闘では無類の強さを誇る。

 亜竜種としての特性を強く残しており、良い戦士、良い闘争を好む。


老兵タグラス


 二刀流のククリナイフの老兵。長寿のエルフから見ても、かなりの高齢の戦士の一人。ハクナ相手に拮抗し得る戦闘技術を持つが、様々な差を覆す事は出来なかった。

 ハクナは命を獲る事も出来たが、伝言役と、かの戦士の技術が失われる事を惜しみ見逃している。

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