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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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余人を許さぬ

前回のあらすじ


 吸血種にして、亜竜種の肉体を持つ『ハクナ・ヒュドラ』と、老エルフの戦士タグラスが対峙する。『水鏡の釵』を用いて、ラッシュを仕掛ける相手に、老兵は対等に渡り合っているように見える

 老戦士タグラスは、齢八百を超えるエルフの戦士である。

 千年前の戦争で『レジス大森林』が大きく失われ、『城壁都市レジス』として生まれ変わった。その後に生まれた、戦争後の第一世代にタグラスは誕生した。差別意識も『オーク侵攻の真実』も、親や祖父母世代から、知る事も可能な世代である。

 しかしこの老戦士は、そうした陰湿な過去に囚われるより……己の武を高める事を望んだ人物である。彼が両手にククリナイフを握るスタイルは、森で暮らしていた時期の名残を、武術として昇華させた物だった。

接近される前に、魔法と弓で弾幕を張って敵を倒す。ひたすら射撃戦で相手を制するやり方が、古いエルフの戦闘スタイル。格闘戦をほとんど用いていなかったエルフが、近接戦闘の訓練を始めたのは千年前の戦争後。有利な地形を失い、魔法を失い、最後にものを言うのは、体術と学んだ後である。


 格闘戦に不慣れなエルフだが、それでも刃物を用いなかったわけではない。森上生活の中で、ツタや枝を断つのに、刃の厚いククリナイフや鉈が便利だった。

 生活の中から派生した体術。二刀流や『鎧の腕甲』『盾の腕甲』など、この世界の発展に合わせて成長していった武術。亜竜種と比較するのは酷だが、エルフなりに進歩は続けていた。

 その先駆けにして、未だに現役の兵士――老戦士タグラスは吸血種と対峙する。何度も切り結んだ相手だが、一度だって勝てた試しがない。現ユニゾティアにおいて、格闘でハクナは規格外の一人なのだ。


 釵を順手に握り込んだハクナは、手首も使った打撃の構えを見せる。この攻撃なら『鎧の腕甲』でも、何とか受け切れるが、両手で同時に狙われれば話は別。一手一手が必殺めいた破壊力の技を、タグラスは曲刃に沿わせて受け流した。

 金属の上を滑る高音。次々と乱打される釵の打撃。途切れる事の無い攻めの中、回転する釵の速度が、若干早まる事を察知する。

 危険な兆候。タグラスは受けの体制を変える。勢いを流すのではなく、切り払いの構えを見せた。


 吸血種ハクナは、腕の振りと手首の回転を合わせ、釵の打撃力を大きく向上させている。釵の側面を用いた攻撃方法は、直撃すればたやすく骨を砕くだろう。

 しかし忘れてはならない――釵は無数の攻撃方法を持つ複合武具な事を。

 その打撃はフェイントだった。打撃の時、手の中で回転する釵の角度は、基本的に直角以下。だがハクナは半回転以上回し、一瞬で逆手に持ち替える。左右に飛び出した突起と柄で拳を護る、格闘形態に構えを変えた。

 流れるように腕を引き、タグラスの切り払いを拳で受ける。そのまま数回切り込む老エルフの戦士。一見ハクナ劣勢に見えるが……この局面に至るまで、読み違えていればタグラスは負けていた。

 ハクナの狙いは、打撃のフェイントを見せ格闘戦に切り替えつつ――タグラスの受け流しを空振りさせる。生じた隙に拳を叩き込み、タグラスの片手を破壊する気だったのだ。その後は手数の不利で、徐々に追い込まれて決着がついていた。


 かといって……これでハクナが倒れる程ヤワではない。対応される事も計算の上で、ハクナは老戦士の剣舞に応じた。

 くるくると釵を手の中で回し、時にトンファーのように逆手で受け、順手でも器用に受け流す。無数の型と構えを切り替えるハクナは、今度はククリを釵の側面突起で捉えた。刃をへし折るソードブレイカーの挙動に、老戦士は焦らない。

 相手が手首を回すのに合わせて、老戦士も囚われたククリから一時的に手を離す。回転する剣に合わせて手を添わせ、握り手を変える挙動で離さない。見方によっては、くるくると剣を回す戯れに見えるかもしれないが、互いに真剣である。ハクナは素早く次の手に打って出た。


 武器破壊が不可ならば、武器を取り上げてしまえばいい。力を抜いたタグラスの動きに合わせ、今度は剣の弾き飛ばしを狙う。

 タグラスも対応が早い。すぐに剣を握り込み、動きの変化に合わせククリを引き抜く。まだ互角の戦況に、空気の読めない一人が割り込んだ。

 拮抗状態の両者の戦いに、横やりを入れれば勝利できる。甘く誘惑する勝利の美酒の匂いに、誘われた兵は現実を思い知る事になった。


 ククリが離れたと同時に、ハクナは『全く目線を合わせず』乱入者へ釵を投擲。隙を突いた、と思い込んでいた兵は、おっかなびっくり盾の腕甲を起動。辛うじて弾いた釵に、ハクナ・ヒュドラの肉体が追い付く。

 投擲した釵が、弾かれる軌道まで読み切り

 跳躍したハクナが、同じ釵を二回投げつける。

 二度目の着弾に盾が軋んだ時は、既に身を低く武器を構えた吸血種がいた。

 背を見せたハクナに、老兵が攻めるも、逆手に構えた釵と尻尾に阻まれる。

 その間に闖入者の兵を、格闘形態の右手で胸を穿っていた。


 ――まるで、相手にならない。

 これでは、何人で攻め立てようと勝てる気がしない。確かに多少局面を動かせるが、その度に兵を一人失っていては、命の採算が合わないではないか。

 老兵が、と侮っていた者達も、実力差に歯噛みするしかない。

 あの兵士でなければ、ハクナ・ヒュドラを止める事が出来ない。一対一タイマンで張り合える者でさえ貴重なのだと、周囲の兵士達も思い知る。

 しかし決して、老兵タグラスも万能ではない。涼しい顔のハクナに対し、タグラスの肩は揺れ、深く乱れた息を吐いていた。

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