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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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狂いし者を屠るには

前回のあらすじ


 横脇から迫るイかれた山賊達。疲弊しながらも、晴嵐含む傭兵隊は抵抗戦を続けていた。負傷や疲労を溜めながら耐えていると、立体旗から知った声、スーディア・イクスからの通信が入る――

辛い時間の続いた傭兵たちにとって、その言葉は非常に心強い物だった。痛みを失い、恐怖を感じぬ強襲者に、対抗する手段があるという。敵への警戒心を残しつつも、彼らは魔法の旗から聞こえる声に耳を傾けた。


『先ほど発動した魔法は『狂化』で間違いない。立体旗ホロフラグの効果をさらに尖らせた術だ。魔法がかかっている間は、感情がほとんど麻痺しているし、身体能力も限界まで引き出されている。常に火事場の馬鹿力を発揮しているような状態だ。痛覚もカットされているから、正面から戦えるモンじゃない』


 傭兵たちは静かに聞き入る。なるほどこの声の主は、魔法について知っているらしい。前置きを最低限にして、スーディア・イクスは伝達した。


『だけど、身体の構造を無視できる訳じゃない。相手を即死させるか、敵の足を物理的に破壊し、動けなくするんだ。足首の骨やアキレス腱を狙え! 腕を潰すのも、攻撃の手数を減らせて効果的だ』


 なるほど……痛みを感じなかったとしても、敵の肉体に傷はついている。負った傷を『感じていない』だけであって、血を噴き出し肉は裂けている。ならば骨を砕き、神経を断つ事も可能だろう。要は『物理的に行動不能にする事』が効果的か。

 そしてもう一つ、スーディアは『狂化』の魔法の弱点を指摘した。


『それと……あの魔法は発動者に負担がかかる。体に無理をさせるせいで、三十分と持たない。それ以上連続で使おうとすれば、強すぎる魔法の代償で自壊する! 中央からも増援を送った! 俺もそちらに合流する! もう少し耐えてくれ!!』


 途切れる通信。静まった空気は今までと異なる熱気がある。敵に気おされ、崩れる予感は鳴りを潜め、刀を構えた侍は破顔した。


「おお! スーディア! スーディア・イクスか! 貴殿が言うなら間違いあるまい!」

「……知り合いなのか?」

「うむ! 某と『武人祭』で切り結び、時には共闘戦線も結んだ間柄でなぁ。性根の良いオークの御人よ! 背を預けるに値する!」

「へぇ……」

「そうかい。なら良いニュースだな」

「……油断するなよ。もうひと踏ん張りじゃ」

「「「「「おうよっ!」」」」」


 凄惨な様子の傭兵たち。消耗の色は濃いが、その顔に絶望はない。またしても聞こえ始めた叫びに、侍が構えを変え、剣筋を変え、飛び出した山賊に切りかかった。

 狙う先は首ではなく、腕。両腕で握った槍を避けると同時に、手首を一息で切り飛ばす。手と共に槍が地面に落ち、反撃の手段を奪う。出血した手を振り回す輩に、今度は傭兵のバトルアックスが足を狙った。

 膝裏にめり込んだ斧刃が、敵の神経を切断したのだろう。地面に転がり、獣めいた呻きと敵意を上げるが、もう立ち上がる事もままならない。脅威を失った相手から目を離し、次の敵に狙いを定める。斧を振り終えた所に、迫った敵を『鎧の腕甲』で防御態勢。片刃の剣を二刀流で使う相手に、背後に回った晴嵐がナイフを投げていた。両足のアキレス腱を切り裂き、またしても転倒する山賊。敵意むき出しで吠えるのだが、立ち上がる事も出来ないようだ。

 ここにきて傭兵たちは、もう一つ気が付いたことがある……


「こいつら、判断力悪くないか……?」

「そうだな……一直線と言うか、なんというか……」

「単調と言いたいのか?」

「そうそれ!」


 敵意と戦意はむき出しで、痛みも苦痛も感じない。理性も溶かした形相は、対峙する者に恐怖を想起させる。人の形をしていながら、人らしさを失った相手が襲い掛かる光景……ほとんどの者たちが恐怖を覚える中、傭兵の一人は嫌悪の表情を浮かべていた。


「……獣なのか人なのか、いまいちわからんな。こいつら」

「獣は武器を使わねぇよ」

「人間はあんな表情は出来ん」

「スーディア先生によると、『狂化』っつー魔法のせいだと」

「ボ、ぼくらは知らなかったですヨ……」


 あれほど恐ろしかった相手も、時には絶望さえ感じた相手も、対処方法が分かれば脅威も圧力も大きく下がる。

『正体不明』『対策不明』の敵対者は恐ろしいが――『対策や正体が判明すると、一気に脅威度は下がる』のだ。

 理解不能だから、恐ろしい。

これが正解か分からないから、恐ろしい。

 人は未知が、恐ろしい。

 未来の展望が分からないのが、恐ろしい。

 知らないから、分からないから恐ろしい。

 正解は、正解と理解するまでが難しく、恐ろしく、面倒だ。

 それを教えてくれる誰かがいるだけで、現場の人間への負担は大きく減る。


「……手品も割れれば、ただの技法か」


 晴嵐の呟きは、誰の耳にも届かない。魔法に背中を押された者どもを、時には命を奪い、時には無力化していく。恐ろしい形相も、痛覚無視の敵も、対処法が分かればもはや作業だ。他の隊も交戦中のようだが、旗持同士で連絡は途絶していない。つまり、被害は出ているが部隊は健在だ。

 そしてついに、彼らが待ちわびた瞬間がやって来る――


「これより掃討に入る! 傭兵部隊、よく耐えた! 後は任せろ!!」

「ったく、遅いっての!」


 ようやく応援の部隊が到着し、傭兵部隊と敵の間に割って入る。侍と晴嵐も油断はしないが、少しだけ肩の力を抜いた。まだ動けはするが、緊張の糸を張り詰め戦い続けていた彼ら。ちらりと合う目線には、共に窮地を凌いだ幸喜こうきがある。緩んだ空気から一転、侍は不意に険しい表情を作った。


「……どうした?」

それがしの記憶だと、確か兵員に余裕がないと……こちらに兵を回して大丈夫か?」

「む……」


 晴嵐は兵法に詳しくない。だが、兵が急に増えない事は分かる。不安げな彼と考えを同調した時、一人のオークが二人に告げた。


「大丈夫だ。中央に『ハクナ様』が出陣なされた」


 晴嵐は分からないが、侍は大きく目を見開く。

 たった一人で何が出来る? 怪訝な顔をする晴嵐と裏腹に、実際の戦場は確かに局面が変わっていた。


用語解説


『狂化』


 立体旗による精神補助。痛覚や恐怖の鈍化を、さらに先鋭化させた魔法。肉体のリミッターも外れ、獣めいた状態で襲い掛かって来る。ただ、使用者に負担がかかり、判断力が鈍くなる、効果時間が制限されていると言った弱点も存在する。

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