統一感のない敵
前回のあらすじ
上空からの伏兵の気配を察知した亜竜種空戦部隊。しかし現状、余剰兵力が存在していない。傭兵部隊を差し向けた聖歌公国軍。そこに潜伏していたのは……
隠れた敵に傭兵部隊が攻撃を開始すると、上空にいた『亜竜種空戦部隊』も連動し降下する。突然の襲撃に慌てふためく者どもは、色々と統一感を欠いていた。
衣装も違う、種族も違う、武器も防具もてんでバラバラ。とてもじゃないが軍隊に見えない。隠密や奇襲を狙うにしても、全く理にかなっていないのだ。
挟撃や複数方向から仕掛けるなら、敵味方の識別は必須。同じ所属と示すために、軍隊は装備をある程度統一するのだ。
敵の装備を奪って偽装するにしても、これでは全く話にならない。ここが仮に戦場でなくても、所属不明の不審者扱いだ。慌てふためき、言い訳まで始めたソイツらに傭兵たちはとびかかる。
「ちョ、ちょっと待っテ! ぼく達は兵隊じゃないんでス!」
「そうそう! たまたまちょっと、ここに居ただけでして……!」
「んなのが通るか馬鹿者!」
「問答無用!! やれ!!」
「やるにしたって、もう少しマシな言い訳しやがれ!」
ましてや今は戦闘中。話し合いになるはずもない。オンボロ装備の不審者に、着物の傭兵が刀を振り下ろした。
ぼんやりとした表情のまま、最初の一人が切られる寸前で――相手の大男が割って入った。筋肉質なエルフの男は『盾の腕甲』を発動させ、侍の一太刀を受け流した。
「ビビるんじゃねぇ! こいつらをブチ殺せばいつも通りだ!」
「デ、デ、でもぼくらは力なんテ……」
「殺らなきゃ殺られるぞ! 殺れ!」
「ううううッ……」
半べそかいて、足を小動物のように震えさせ、大男のエルフに続く者たち。しかし口答えする亜竜種の男は、随分とへっぴり腰で臆病に見える。握った槍もふらついていて、正直素人以下にしか見えない。
だからと言って、傭兵部隊は容赦しない。相手を奇妙とは思うが……金を貰って命令を受けた。ならば倒す事も仕事の内だ。侍に続いて、他の者たちも攻撃を仕掛ける。
「仕事なんでな。死んでくれ」
老練な殺意を肉体から滲ませ、ナイフ片手に敵へ組み付く晴嵐。狙った相手は中年のヒューマンだろうか? 不健康な外見から鈍い相手と判断する。振った刃物が『鎧の腕甲』に防がれ、反撃の拳が顔面に迫った。
遅い。そして鈍い。予備動作の時点で晴嵐は見切ってる。軽く首を捻って避けると、伸び切った肩と腕の関節部――脇の下へとナイフを突き入れた。
守りの意識が甘かったのか、それとも『鎧の腕甲』が劣化していたのだろうか。防壁を貫いた刃物が、相手の血管を裂いた手ごたえを感じる。
「がっ――」
「あ、あぁ……! ひいいぃ!!」
「馬鹿野郎! 死にたくなきゃやれ! それとも後でオレが殺してやろうか!?」
相手は立体旗の補助も無ければ、鍛えられた兵士でもない。仲間一人やられたぐらいで、あっさり心が折れそうになっている。強面の者がより強い恐怖で喝を入れ、奇妙な集団は必死に抵抗している。
なのだが……傭兵たちの相手にならなかった。
戦槌で殴れば派手に吹き飛び、槍で突けばあっさりと地に倒れ伏す。何人か歯ごたえのある者もいるが、実力差を悟れる分、不利と見ればさっさと逃げ出していく……
「えッ!? ナ! ぼくを置いていくノ!?」
残された者は……力及ばずとも健気に戦うみすぼらしい者たち。後を追って逃げ出そうにも、傭兵たちは次々と撃破していった。
――あまりに弱いので、傭兵の気分は優れない。命令の範疇だし、相手は明らかに不審人物だ。情けも容赦も不要なのだが……こうも素人だと逆に憐れに思えてしまう。現に弱弱しく膝を折り、必死に地面に頭をこすり付けて震える亜竜種に、周りは誰も攻撃する気が起きない。
「ユ、許してくださイ! 死にたくなイ、死にたくないんでス! お願いですかラ……」
顔を上げず、ぽろぽろと涙を流して懇願する。地上戦で強者の亜竜種なのに、彼らの眼前にいるのはただ一人の、どこにでもいる弱い人間だった。
誰も手を下せない中、晴嵐は冷たく歩み寄る。一層体の震えが大きくなる弱い亜竜種に、逆手で刃物を握り、完全に殺る気だ。
その彼を、侍が刀をかざして停止する。
「やめておけ。人の道を外れる気か?」
「コイツも殺る気だった。勝敗が出てから『許してください』は通らんだろ」
「それを決めるのは我々であろう。貴殿一人ではない」
「…………寝首を掻かれても知らんぞ」
不機嫌に男は歩みを止めた。まだ殺意は引っ込めておらず、ナイフも手に握ったまま。少しでも妙な真似をすれば、彼は即座に亜竜種の命を奪うだろう。震え上がったままの弱者に、侍は飄々と尋ねた。
「さて……貴殿は何者かな? 見た所兵士ではあるまい。物見遊山にしては、色々と妙だ。隠密はあまりに拙く……なんというか、迷い込んだとしか思えんな」
「ウ……」
口ごもる亜竜種は、初めて顔を上げた。
屈折した表情……自らの惨めさに慣れ、敗者となる事に慣れ、否定と罵倒と拒絶に慣れて、何も言えずため込むばかりの歪んだ表情……
反射的に飛び出しそうになる晴嵐。侍が手で制し、じっと相手の目を見て声を発する。
「後ろめたい事があるようだ。誰に義理立てしているのか、それとも自分を守りたいのかは存ぜぬが……ここは素直に話した方が良い。某は別に良いのだが、後ろの御人はおっかないぞ?」
「うゥ……」
まるでぐずついた子供だ。さしずめ侍は宥める親だろうか。再び出そうになる殺意を抑える晴嵐。周りの傭兵も何とも言えぬ表情で、亜竜種が白状するのを待っていた。




