空戦部隊
前回のあらすじ
まだまだ兵を引く気のない緑の国。聖歌公国は迎え撃つ。初戦から数日後、近い陣形の中に一つ、大きな相違点がある。両軍の中央上空に――空を飛ぶ部隊がいた。
時刻は早朝、天候は曇り、二回目の開戦は空と陸の両面から同時に始まった。
聖歌公国の両翼は亜竜種部隊。機動力と攻撃力に優れる部隊だ。対する緑の国両翼は、兵員を厚く配備する事で、拮抗を保つ狙いが見える。
代償として、緑の国中央の兵員は少ないようだ。部隊のどこかを厚くすれば、代わりにどこかは薄くなる。一見、聖歌公国中央軍が押し込めそうだが……それをさせないのが、中央上空にいる『空戦部隊』の圧力だ。
「上空に注意! 地上部隊は前線を上げ、弓兵や遠隔魔法が得意な者は、隙を見て敵空戦部隊を狙い撃て!」
「トルピードも用意しておけ。ただし乱戦下で使用するなよ! 味方まで地面にたたき落としちまうからな!」
地上で兵と兵がぶつかり合う。前衛の兵が激突し火花を散らす。最初の交戦時のように、極端な攻勢に出る事は無い。命令系統の見直しもあるが、それだけ『空の脅威』は全部隊に行き届いていた。
一方で上空でも、両軍の空戦部隊が交戦を開始。まず最初に人魚族の空戦部隊が、まるで泳ぐかのように尾びれを動かし、滑らかに空を滑る。
――人魚族は地上を行く場合、光沢のあるスーツに仕込んだ重力制御系の魔法を使い、陸での活動を可能とする。その魔法を使用している内に……一部の人魚族が、空中と水中の差を無くしてしまうほど、重力操作系の魔法に長けた者が現れた。それが空戦部隊の始まりとされている。
もちろん魔力コストは重く、未だに簡易的な操作の魔導式も存在しない、非常に限定されているが……その戦術、戦略効果は絶大に過ぎた。ユニゾティアの軍略セオリーを、一から書き換えてしまう程に。
「ドルフィン隊が先行する! スィマンス、ついて来れるか?」
「全霊を尽くそウ」
人魚族が握るは三又の槍。敵の空戦部隊も近い装備をしている。彼ら人魚族が得意とする武器種らしい。胸で抱えるように両手で握り、敵軍に向けて空を泳いでいく……
一定距離まで間合いを詰めるが、いきなり激突はしない。互いに弧を描くようにグルグルと、三次元的に動きつつ隙を伺う。立体的で流れるような高速移動。一定のラインを保ったまま、相手が崩れるタイミングをじっと待っていた。
「「援護する!」」
空戦部隊の前衛は『人魚族』が担い、他の種族は後衛を務める。風を操る魔法で飛翔する彼らは、余剰魔力で空気の塊を練り上げた。高圧力に達した所で、暴風の塊が最前線に放たれる。荒れ狂う風の塊を感じ、前線で睨み合う人魚族たちの動きが変化した。
被弾しないのは大前提。彼らの挙動は、水中を泳ぐ魚めいている。滅多な事では命中する事は無い。
重要なのは動きを乱す事。敵の空戦部隊の動きを抑制する事。そして隙が生まれれば、前線の人魚族が敵に噛みついてくれる。
一見派手に見える空中戦。だが実情はじっくりと腰を据え、敵の隙を伺う持久戦になりやすい。高速で泳ぎまわる人魚族の前衛と、後方から魔法で支援する部隊の挙動。後衛が放つ魔法弾を上手く使いながら、敵前衛を如何に崩すか……これが鍵になる。
そして地上と空の戦線が近ければ、互い互いを援護しあう状況も生まれる。地上の弓兵が空を狙いつつ、流れ弾が陸戦部隊に当たればいいと打ち込む。無数の弓矢と魔法弾が飛び交う中、聖歌公国側の人魚族がバランスを崩した。
些細な綻びを逃さず、睨み合っていた敵の人魚族が空を滑る。鋭く三又の槍を突き出し、体当たりめいた突撃を放つ。攻撃を受けた側は体をらせん状に泳がせ、回避に成功するが、そのまま敵は天高く舞う。反撃の機会を逃すどころか、次々と別の人魚族が襲い掛かって来る……!
「――いくぞ戦士たチ。覚悟はいいナ!」
突撃を空ぶっても、勢いそのまま飛び回り……必死にいなした所で、反撃の真も無く別の人魚族が突撃をかける。シャチが獲物に群がるように、体制を崩した人魚族を攻め続ける。
その危険な最中に――あえて、スィマンス・サンダウナーは割って入った。彼に続いて亜竜種の飛行部隊も、人魚族が飛び交う前線に参戦する。
「!? 無茶だ!」
「やってみなけれバ、わからんサ!」
体制を崩した味方と、突撃を狙う人魚族の間、動線を塞ぐように亜竜種がトンファーを構える。最初の一人は軌道を変えて回避し、後続は風を纏う亜竜種に槍を突き入れた。
近接戦でユニゾティア最優の種族、亜竜種の戦士たち。その空戦部隊の初陣は……たった一度突撃を受けただけで、大きく空中を吹っ飛ばされてしまった。
「うッ!? うおおおぉッ!!」
陸上ならありえない光景。周囲の亜竜種たちも凍り付くが、今更後退など出来る筈がない。防げないのも覚悟の上で、それでも何とか、風を操るトンファー使い達が人魚族たちに立ち向かおうとした。
そんな覚悟を嘲笑うように――人魚族は突撃パターンを変える。
波打つように、小刻みに揺らぐように……人魚族は速力を落とし攪乱する。ある者は上下逆さまの体制で足元から突き上げてくる。ある者は螺旋を描くように、突貫を仕掛けた。
一方の亜竜種は――三次元的な動きに対応が遅れる。そして攻撃を受ければ、軽々と吹っ飛ばされていった。落下の前に出力を上げ、墜落は回避するが……前衛を果たせているとは言えない。
地上においては、尻尾による接地面の多さと、重心の低さで優位を持つ亜竜種だが――『空中戦では重心もクソもない』環境だ。姿勢制御は魔法で行い、敵の把握には高い空間認識力が必要となる。
(ここまデ……ここまで差があるとハ……!)
侮ったつもりは無かった。覚悟もしていた筈だった。
けれどいざ、現実を突き付けられると、魂の奥に苦い物が浮かぶ。
――まだまだ、亜竜種は空戦で強者になり得ない。
屈辱と苦渋をかみしめながら、亜竜種の空戦部隊は最前線から一歩引いた。
用語解説
空戦部隊
重力制御系や風属性系の魔法で、敵勢力と空中戦を担当する部隊。主に空間認識能力に優れた『人魚族』が担当し、彼らは空を泳ぐように、勢いをつけて敵前衛にヒット&アウェイで戦う。
後衛、及び地上の弓兵や魔法の扱いに長けた者が援護射撃し、前衛はこれを利用しながら隙を伺い、圧力をかける。
いずれにせよ魔力の消費が大きいため、長時間の展開は難しい。しかし『敵軍に頭上を取られる』危険を避けるには、空戦部隊同士をぶつけて交戦する必要がある。
亜竜種の空戦。
陸と空ではあまりに勝手が違う。尻尾のお陰で『重心周りで優れ、陸戦で有利』な亜竜種も……空中ではその力を発揮できない。空中は足で体重を支えるのではなく、魔法での姿勢制御と、三次元を自由に動けるために、空間認識能力が強さとして反映される環境だからだ。




