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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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侍とぬか喜び

前回のあらすじ


 初戦を終えた両軍の戦況は、やや聖歌公国軍有利に終わった。軍師達は全体の流れを再認しつつ、しかしまだ決着がついていない。油断は出来ぬと引き締めつつ、今後について協議を続けた。

 聖歌公国の将軍たちが今後を協議する中、兵士には兵士の仕事がある。多くの者が休息をとる中、野営陣地の柵の外に人員が歩き回っていた。

 夜襲やスパイを警戒する兵員たち。ただし魔法の旗を持つ者はいない。立体映像を掲げれば、自分はここにいますよと敵に知らせてしまう。古臭いやり方だが……数人単位で歩き回り不審者を探す。人海戦術、これがやはり確実な方法である。

 警戒中の兵員の中に、共に行動する二人の姿があった。

 一人は若いヒューマンだが、異常なほどに用心深い。暗闇の中に気配を探す姿は、はっきり言って神経質過ぎる。小動物が闇夜に蠢き、鳥が飛び立つたびに懐に手を当て、投げナイフを構えていた。

 若者の隣にいた、もう一人が苦笑する。こちらも若い男だが、飄々とした様子で衣服も少々変わり者だった。


「貴殿、少々臆病に過ぎないか? それがしのように堂々としていれば良いものを」

「警戒するのが仕事じゃろ。不意打ちで死ぬのはわしらじゃ」

「それはその通り。しかし神経質過ぎても寿命を縮めるぞ?」

「油断したら死ぬ状況で気は抜かんよ」

「過剰と思えるがなぁ……まぁ良い。もうそろそろ交代の時間であろう? あまり遅くとも脱走と疑われる。帰るとしよう。腹も減ってきた」


もう一人は、兵士でありながら鎧を装備していない。ユニゾティアにおいては珍しくないが、皮の鎧ぐらいは身に着けているものだが……その男が纏う装備は、厚手の布生地で出来ていた。

 茜色の布地は木綿で出来ていて、下半身は紺色の厚布に覆われている。腰に差した反りのある片刃の剣は、黒を基調とした鞘に収まっていた。

用心深い若者――晴嵐はその恰好に覚えがある。現実に目にした事は無いが、彼の世界が壊れる前……否、もっと前の時代に生きていた人々とあまりに似ていたものだから、彼はつい聞いてしまった。


「お主――侍か?」


 若い男は瞳を大きく開き、晴嵐の顔を見つめる。戸惑い、驚き、最後は喜びを隠さずに答えた。


「ほぅ! 貴殿知っておるのか!? 某の流派を?」

「流派は知らんが……刀の事なら多少は」

「いやいや驚いた! こんな遠方で同郷の者と会えるとは……」


 やはり少し迂闊だっただろうか? その衣装や気配が、自らの先祖に似ているからと言って、変に話しかける物ではない。好奇心を抑えられない己を悔いつつ、後出しの言い訳を並べた。


「……幼いころの記憶じゃ。同郷かどうかまでは分からん」

「いやいや、この衣装や武具は東国列島特有の物。そうそう見間違える事もあるまいて」

「そうか……そうか」


 ――ここは完全な異世界で、地球文明の名残が散在するだけと思っていた。

 けれど違った。服装や腰に差した刀は、どう見たって『侍』や『武士』を連想させる。全体的に西洋風な建築が多かったり、独自文化の多いユニゾティアだが……まさか侍を目にするとは思わなかった。

 晴嵐の目線がむず痒いのか、和装の男は肩を竦めて告げる。


「ま、今は武者修行中の身故、浪人と呼ぶべきであろう。武人祭も良い修行であったが、実戦もまた然りである」

「武人祭? 出場していたのか?」

「然り。ただ、この衣装は見せておらなんだ。真打は決勝か、その手前まで温存する腹だっだが……」

「中断になってしまったな。あの祭典は」

「故に消化不良でな。此度の戦に身を投じた訳よ。恐らく某だけではあるまいて」

「ふぅむ……」


 会話を重ねつつ、巡視を終えた二人が野営陣地に戻る。交代の人員と事務的に話し、最後に相手側が何気なく言った。


「今日の食事は『炊き込みご飯』だそうだ。十分に休息を取り、明日に備えろとさ」


 思わず、侍と晴嵐は顔を見合わせた。お互いに想像した事は同じだろう。思わず『炊き込みご飯』について話し始めた。


「某の聞き違いか……?」

「確かに『炊き込みご飯』と言っていたが」

「……醤油や出汁だしと、キノコなどの共に米を炊き上げる料理……で合ってるか?」

「わしもその認識じゃが……」

「……食えるのか? こんな遠い地で故郷の味が?」

「期待……してもよいのかのぉ?」


 見回りで遅れた夕食時に、馴染みのある料理が出れば多少は浮つく。隣の侍と打ち解けてはいないが、近い感覚の相手と歩調が合った。

 そして、お預けを食らった二人の前に出された『炊き込みご飯』は……完全に二人の想像と別物に過ぎた。

 配膳された飯の色は『さわやかな色合いの緑色』をしており、所々に厚切りベーコンが顔を覗かせている。炊きあがった米から立ち上る湯気に、バジル系の爽やかな香りがする。所々黒いオリーブの実が顔を覗かせ、極めつけにはその緑色の米の上に、フライドオニオンチップが、まるでふりかけのように乗せられていた。

 完全に不意打ちを食らった男二人は、木製の椀を手に持ったまま固まってしまう。


「こ、これは……」

「なんじゃこの……なんじゃこれ?」

「一応食えそうだが……」

「う、うむ……ま、まずは一口、行ってみるか」


 若干の怯えを見せつつも、晴嵐は緑色の米を口に含む。すると爽やかな風味と米の甘みが広がり、舌を楽しませてくれた。しばらく嚙み締めているとベーコンの脂身が、肉の旨味をガツンと届ける。オリーブの実が香り、苦みが全体を引き締め、カリッカリのオニオンチップの食感が楽しい。

 意外とイケる。晴嵐の表情に出ていたのか、侍も同じようにメシを頬張った。しばらく目を白黒させていたが、やがて互いに顔を合わせ……ぼそりと呟く。


「美味いマズイで言えば、間違いなく美味い。美味いのだが……」

「じゃがこれを……『炊き込みご飯』とは呼びたくないのぅ……」


 なまじ期待した分、上げて落とされた気分の二人。

 故郷の味を思い浮かべながら、何とも言えない表情で英気を養っていた。


用語解説


炊き込みご飯 (聖歌公国軍で支給された糧食)


 バジルペーストを混ぜ込んだご飯に、ベーコンとオリーブの実を混ぜ込んだ物。上にはカリカリのオニオンチップが乗せられた一品。

 晴嵐と侍は『和風の炊き込みご飯』を期待していたようだが、全く別の料理に面食らっていた。二人とも美味いと評しているが、同時に『これを炊き込みご飯とは呼びたくない』とも明言している。



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