侍とぬか喜び
前回のあらすじ
初戦を終えた両軍の戦況は、やや聖歌公国軍有利に終わった。軍師達は全体の流れを再認しつつ、しかしまだ決着がついていない。油断は出来ぬと引き締めつつ、今後について協議を続けた。
聖歌公国の将軍たちが今後を協議する中、兵士には兵士の仕事がある。多くの者が休息をとる中、野営陣地の柵の外に人員が歩き回っていた。
夜襲やスパイを警戒する兵員たち。ただし魔法の旗を持つ者はいない。立体映像を掲げれば、自分はここにいますよと敵に知らせてしまう。古臭いやり方だが……数人単位で歩き回り不審者を探す。人海戦術、これがやはり確実な方法である。
警戒中の兵員の中に、共に行動する二人の姿があった。
一人は若いヒューマンだが、異常なほどに用心深い。暗闇の中に気配を探す姿は、はっきり言って神経質過ぎる。小動物が闇夜に蠢き、鳥が飛び立つたびに懐に手を当て、投げナイフを構えていた。
若者の隣にいた、もう一人が苦笑する。こちらも若い男だが、飄々とした様子で衣服も少々変わり者だった。
「貴殿、少々臆病に過ぎないか? 某のように堂々としていれば良いものを」
「警戒するのが仕事じゃろ。不意打ちで死ぬのはわしらじゃ」
「それはその通り。しかし神経質過ぎても寿命を縮めるぞ?」
「油断したら死ぬ状況で気は抜かんよ」
「過剰と思えるがなぁ……まぁ良い。もうそろそろ交代の時間であろう? あまり遅くとも脱走と疑われる。帰るとしよう。腹も減ってきた」
もう一人は、兵士でありながら鎧を装備していない。ユニゾティアにおいては珍しくないが、皮の鎧ぐらいは身に着けているものだが……その男が纏う装備は、厚手の布生地で出来ていた。
茜色の布地は木綿で出来ていて、下半身は紺色の厚布に覆われている。腰に差した反りのある片刃の剣は、黒を基調とした鞘に収まっていた。
用心深い若者――晴嵐はその恰好に覚えがある。現実に目にした事は無いが、彼の世界が壊れる前……否、もっと前の時代に生きていた人々とあまりに似ていたものだから、彼はつい聞いてしまった。
「お主――侍か?」
若い男は瞳を大きく開き、晴嵐の顔を見つめる。戸惑い、驚き、最後は喜びを隠さずに答えた。
「ほぅ! 貴殿知っておるのか!? 某の流派を?」
「流派は知らんが……刀の事なら多少は」
「いやいや驚いた! こんな遠方で同郷の者と会えるとは……」
やはり少し迂闊だっただろうか? その衣装や気配が、自らの先祖に似ているからと言って、変に話しかける物ではない。好奇心を抑えられない己を悔いつつ、後出しの言い訳を並べた。
「……幼いころの記憶じゃ。同郷かどうかまでは分からん」
「いやいや、この衣装や武具は東国列島特有の物。そうそう見間違える事もあるまいて」
「そうか……そうか」
――ここは完全な異世界で、地球文明の名残が散在するだけと思っていた。
けれど違った。服装や腰に差した刀は、どう見たって『侍』や『武士』を連想させる。全体的に西洋風な建築が多かったり、独自文化の多いユニゾティアだが……まさか侍を目にするとは思わなかった。
晴嵐の目線がむず痒いのか、和装の男は肩を竦めて告げる。
「ま、今は武者修行中の身故、浪人と呼ぶべきであろう。武人祭も良い修行であったが、実戦もまた然りである」
「武人祭? 出場していたのか?」
「然り。ただ、この衣装は見せておらなんだ。真打は決勝か、その手前まで温存する腹だっだが……」
「中断になってしまったな。あの祭典は」
「故に消化不良でな。此度の戦に身を投じた訳よ。恐らく某だけではあるまいて」
「ふぅむ……」
会話を重ねつつ、巡視を終えた二人が野営陣地に戻る。交代の人員と事務的に話し、最後に相手側が何気なく言った。
「今日の食事は『炊き込みご飯』だそうだ。十分に休息を取り、明日に備えろとさ」
思わず、侍と晴嵐は顔を見合わせた。お互いに想像した事は同じだろう。思わず『炊き込みご飯』について話し始めた。
「某の聞き違いか……?」
「確かに『炊き込みご飯』と言っていたが」
「……醤油や出汁と、キノコなどの共に米を炊き上げる料理……で合ってるか?」
「わしもその認識じゃが……」
「……食えるのか? こんな遠い地で故郷の味が?」
「期待……してもよいのかのぉ?」
見回りで遅れた夕食時に、馴染みのある料理が出れば多少は浮つく。隣の侍と打ち解けてはいないが、近い感覚の相手と歩調が合った。
そして、お預けを食らった二人の前に出された『炊き込みご飯』は……完全に二人の想像と別物に過ぎた。
配膳された飯の色は『さわやかな色合いの緑色』をしており、所々に厚切りベーコンが顔を覗かせている。炊きあがった米から立ち上る湯気に、バジル系の爽やかな香りがする。所々黒いオリーブの実が顔を覗かせ、極めつけにはその緑色の米の上に、フライドオニオンチップが、まるでふりかけのように乗せられていた。
完全に不意打ちを食らった男二人は、木製の椀を手に持ったまま固まってしまう。
「こ、これは……」
「なんじゃこの……なんじゃこれ?」
「一応食えそうだが……」
「う、うむ……ま、まずは一口、行ってみるか」
若干の怯えを見せつつも、晴嵐は緑色の米を口に含む。すると爽やかな風味と米の甘みが広がり、舌を楽しませてくれた。しばらく嚙み締めているとベーコンの脂身が、肉の旨味をガツンと届ける。オリーブの実が香り、苦みが全体を引き締め、カリッカリのオニオンチップの食感が楽しい。
意外とイケる。晴嵐の表情に出ていたのか、侍も同じようにメシを頬張った。しばらく目を白黒させていたが、やがて互いに顔を合わせ……ぼそりと呟く。
「美味いマズイで言えば、間違いなく美味い。美味いのだが……」
「じゃがこれを……『炊き込みご飯』とは呼びたくないのぅ……」
なまじ期待した分、上げて落とされた気分の二人。
故郷の味を思い浮かべながら、何とも言えない表情で英気を養っていた。
用語解説
炊き込みご飯 (聖歌公国軍で支給された糧食)
バジルペーストを混ぜ込んだご飯に、ベーコンとオリーブの実を混ぜ込んだ物。上にはカリカリのオニオンチップが乗せられた一品。
晴嵐と侍は『和風の炊き込みご飯』を期待していたようだが、全く別の料理に面食らっていた。二人とも美味いと評しているが、同時に『これを炊き込みご飯とは呼びたくない』とも明言している。




