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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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夢のような魔法が、切れた後

前回のあらすじ


 聖歌公国軍が勢いに乗り、突出した敵部隊を叩く。後方の弓兵に紛れた晴嵐は、敵の動きが妙だと感じた。救援の気配がまるでない。これでは捨て駒のようだと呟くと、近場にいた魔法の旗使いも同意する。後方の戦略家たちも『深追いはするな』と厳命しているようだ……

 立体旗が倒れた緑の国中央軍は、急に我に返ったようだった。

 戦争行為を精神的に補助する魔法は、旗持が撃破されると効力が切れてしまう。具体的には戦意の高揚、痛覚や恐怖心の鈍化などなど、早い話が戦闘に向いた精神状況を兵員に作るのだ。

 仮に仲間が敵の攻撃で倒れたとしても、恐怖で使い物にならなくなる……といった事態を緩和する。交戦で傷を負ったとしても、意識をすべて痛覚に持っていかれるような事は無い。苦痛で我を失うようなことは、立体旗ホロフラグが展開中はあり得ない。


 それは兵站に悩む国家にとって、夢のような魔法だった。

 立体旗の効果内なら、誰もが恐れを知らない戦士になれる。凡人であろうとも、まるで勇者のような立ち振る舞いをさせる事が出来る――

 鍛えた肉体、磨かれた技術、そして強靭な精神の三つをバランス良く備える事が、優れた戦士の資質だと言う言葉もある。そのうちの一つ、精神の部分を大きく補強するのが、立体旗に仕込まれた魔法だった。

 肉体については測定がたやすく、技量もテストを重ねればある程度知る事も出来る。最も数値化しずらく、明言できないのは精神だ。

 その精神を、一定以上のレベルまで保証する魔法――それが立体旗の戦場での大きな意義の一つ。裏を返せばその魔法が失われれば、一気に補正が切れてしまう。


「あ……あ……」

「うぁ……ああああぁあ!」

「ひっ……ひっ……ひいいぃっ!!」


 まるで夢から覚めたように、緑の国の兵士達は慌てふためいた。

 負った傷の痛みに呻く、魔法で押さえつけられていた恐怖が胸の中から噴き出す。激しく心に渦巻いていた、敵意や闘争心はみるみる内に萎えてしまい、急激な心細さから……中には泣き出し、崩れ落ちる者までいる。

 失われた補助は、急激に兵士達を恐慌状態に導いた。戦う気概のある者もちらほらいて、どうにか立て直そうと声を上げる一人がいた


「誰か! 誰でもいい! 旗持を代行するんだ! もう一度立体旗を起動させれば立て直せる!!」


 立体旗ホロフラグが機能不全に陥るケースは二つある。輝金属で作られた立体旗が破壊されるか、旗の魔法を扱う『旗持』が倒されてしまうか……大半の場合は後者が該当する。魔法と打撃が飛び交う中で、輝金属製の棒が完全に破壊される事は珍しい。

 仮に使い手が倒されたとしても、立体旗は地面に転がったまま放置されている事が多い。地面に落ちた武器より、まだ動いて生きている者へ敵は注目する。その隙に立体旗を使える誰か、が旗を取り返せばチャンスはある。

 ……ただ、それは理論上の話だ。


「死ぬ……ダメだ、死にたくない! 逃げろ!!」

「誰か指示を……命令を……」

「だ、ダメだ……これじゃ話にならない……!」


 周辺の兵士達は、まるでこの世の終わりと対面したかのような有様だ。狂乱する空気に押されて、もはや軍としての体裁は保てていない。

 補助が切れても、戦士としてのセンスを、精神を鍛えていれば乗り越えられたかもしれないが……一度崩れてしまった集団は、より大きなショックでも与えない限り、持ち直す事は無い。

 中には冷静な者もいるが、むしろ悲劇かもしれない。どれだけ宥めても周りは理性を蒸発させ、持ち直せと諭した所で聞き耳を持たぬ。死にたくない、恐怖から逃れたいと喚きながら、正気を失った者から奈落の底へ落ちて行く……


「誰かぁ! 誰か助けてくれぇ!!」

「降参する! 武器は捨てた! 投降す――ぐぇっ!」

「なんでこんな事になるんだよぉ!? エルフは一番優れていて、偉くて、負け知らずの種族じゃなかったのかよぉ……!?」


 ここは地獄だ。まだ理性を残している兵は、なんとなくそう思った。

 さっきまではずっとイケイケの空気だった。旗を掲げて、敵陣に突撃して、命令も無視して敵性種族のオークを殺して良いと、自分の手で劣った種族を屠ってしまってよいと、そんな夢のような状況があると思っていた。

 背中を押していた勢いが切れた途端……この有様だ。

 こんな事になる前に、何か制止するような強い警告が飛んでいた気がする。けれど自分たちは止まらなかった。上の将まで何かに呑まれたのか、自分たちを止める者は何もいなかった。

 本当に? それは止めなかったのではなく、止めようとした誰かを無視しただけ、感情に流されて、考える事をやめただけだったのでは……?


「カーチス……お前が言っていたのって、こういう事だったのか……?」


 理性の残っている一人が、ぼんやりとそんな言葉を口にする。

 かつて自分の信じた幻想を打ち砕かれた経験のあるその若者……いやこの場においては兵士と呼ぶべきだろう。彼は今更になって、自分の頭で考え始めた。

 ――恐怖に狂えば確実に死ぬ。投降しても良いかもしれないが、混乱した戦地でどこまで通じるかどうか。

 ――救援は来ているか分からない。連絡は切れているが……けど自陣の方向ぐらいは分かる。恐慌状態の兵は方向感覚さえ失っているが、まだその兵士には敵味方の区別ぐらいはついた。

 ――一緒に戦っていた奴らとは話があったし、出来れば助けたい気持ちもある。けど自分の命には代えられない。状況は悪いが、それでも今なら――真っ直ぐに逃げれば何とかなる。

 ……それでも、ただ一人逃げ出すことは、胸の中に躊躇があるのか、その兵士は最後に叫んだ。


「……マトモな奴は、本陣側へ撤退しろ!!」


 まだ無事な立体旗を見つめ、逃げ出す兵士達。

 ――すれ違う味方の姿が、よく見ると旗のように透けて見えていた。


用語解説 


 立体旗ホロフラグ (追加情報)


 一番の効果は『魔法の旗同士で、相互に連絡を取り合うことが出来る』ですが、もう一つ戦場で大きな役割を持つ。痛覚や恐怖を感じにくくなり、兵士や戦士として必要な精神部分を、魔法の力で補強する効力がある。

 一人一人が死の恐怖を強く感じているようでは、兵として使い物にならない。純粋な技巧や体力を伸ばすだけでは、兵は兵になり得ない。しかし精神は測ることが難しい……その問題を、この魔法は解決した。仮に未熟だとしても、魔法の旗の影響下なら、一般兵として安定した戦力に出来ると。


 ――ただし、その魔法が切れた時……鈍っていた戦場の負の側面が、一気に降りかかる。

 この特性があるため、ユニゾティアの戦地では『旗持』は敵の標的になりやすく、そして軍勢にとって、守るべき要所となる。


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