表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/740

思考を鈍らせる感情

前回のあらすじ


 敵のエルフ達の憎しみを受け止めるように……前線に躍り出るオーク、スーディア・イクス。怒りと憎しみを受け止めながら、じっと粘り強く戦い、敵の目を引き付ける。後方の隊が持ち直したところで交代。改めてエルフの憎悪を認知したスーディアは、疲れた体を休ませた。

「おい中央! 突出しているぞ! このままでは支援が出来ない! 後退しろ!!」


 緑の国軍本陣――主戦場から距離を置いた陣地内で、立体旗ホロフラグからの情報を軍師達が統合していた。

 映像での情報共有は出来ない。しかし立体旗をとおした通信や、各部隊の会話内容はすべて本部の立体旗にも流れてくる。一歩引いた視点で戦場を聞く彼らは、必死に中央部隊に警告を飛ばしていた。

 だが、中央からまともな応答がない。実地の異様な熱気――あるいは狂気に包まれている状態は、本陣からは確認しにくい。聞こえてくるのは怨み節と戦闘の喧騒ばかりで、本陣の軍師達は苛立たしく叫んだ。


「旗持が冷静さを失ってどうする! 状況報告を――」

『殺せ! 殺せ! オーク共だ……! 生かして帰すな!』

「馬鹿者! 全体と足並みを揃えろ! 無闇な損耗は……ダメだ、まるで聞いちゃいない……! あの隊を率いている阿呆は誰だ!?」

「フラクタル将軍です。ラーク議員推薦派閥の」

「政治屋共が……おままごとを戦場に持ち込みやがって……」


 ガン! と軍師の一人がテーブルを殴りつけた。

 ラーク議員は、オークへの憎しみが根強い。そして同じ思いを抱く世代や派閥からの支持もある。恐らくは自民族至上主義レイシスト――いやこの場合、オークへの憎悪が強い人物を、将として派遣していたのだろう。それはまぁ、よくある事だし別にいい。

 個人の思想に、全くの問題がない方が珍しい。誰しも完璧でない以上、多少の欠点には目をつむろう。政治屋の意向で、何人かの将が配属されるのも仕方ない。

 が、それはそれとして……私情を戦場に持ち込むのような人物は最悪だ。部隊単位で命を預かっている将が理性を失ってどうする。個人が憎悪の手綱を握れなかった結果、振り回されて死ぬ兵の命を何とする?


(お前一人の感情のせいで……軍全体が揺らぐのだぞ……!?)


 会った事もない、怨みに取りつかれた阿呆の顔を思い浮かべるとはらわたが煮えくり返る。本音を言えば今すぐブチ転がしたい気分だが、今こちらまで理性を失う訳にはいかなかった。

ここで損耗すれば、危険は中央のみにとどまらない。一度戦力差が出来れば、相手側の攻め手は止まらないだろう。それは他の隊の兵員への負荷となり、じりじりと後退を余儀なくされ、結果初戦で大勢が決してしまう――


「……仕方ない。おい旗持、敵勢力に突撃をかけろ。好きなだけオークを殺してこい」

『了解!!』

「…………」


 自分に都合のいい事は聞こえるらしい。もう一度悪態を吐いた本部の軍師は、同僚と顔を合わせて今後の協議に入った。


「……あの隊には痛い目を見てもらう。運良く……いや、運悪くフラクタル将軍が死ぬかどうかで、手を変えなければ」

「いえ、どちらにしても失態を犯した将軍殿には、後方に下がっていただきましょう。中央の旗持が倒れた後は、両翼にいる『蜃気楼ミラージュ』使いに支援させます」

「それで追撃を防げるか?」


 相手は亜竜種を要する聖歌公国だ。一部が崩れた好機に食らいついてくる可能性は高い。他の軍師も唸りながら、本部の外側に目線を移しつつ言った。


溶岩投石器マグマスロワーも投入します。立体旗ホロフラグの効果が切れても戦う馬鹿の事など知りません。通信が途切れている以上、やむなしです。全力を投入したとなれば、政治屋共も文句は言えないでしょう」

「……本当は、このタイミングで切りたくなかったが」

「中央軍が完全に壊走するよりマシです。多少は冷静に判断できる者なら、旗持が潰された時点で撤退を選択できる筈。その程度の判断も出来ないのなら、兵としても使えません」

「……既にこちらの統制も無視しているからな」


 軍隊において、スタンドプレーは厳禁である。

 中央の指示を無視しての行動は、軍全体への不利益に繋がってしまう。多数の人の群れを、一つの肉体のように連動させられなければ、一体何のための集団、何のための軍隊なのか分からない。

 今回の問題は……指示を聞かぬ兵もそうなら、兵を引き締める将にも問題がある。


 ――少し前のゴタゴタで、議員の一人『レリー・バキスタギス』が死亡する事件が起きた。絶対に空白にならないであろう椅子が、何の偶然か空いた。空いてしまった。

 レリーは千年前の戦争の経験者で、軍閥に余計な圧力や将を送り込む事は無かった。異動があるにしても『軍としての』都合を優先していた。

 ところが、その人物が亡くなった事で、他の政治屋が割り込んできたのだ。これが厄介なもので……不慣れなソイツは、空いていた将軍職に身内を配置したのである。


 平和な時の軍属は、政治屋には名誉職のように見えるらしい。おかげさまで現場は苦労する羽目になった訳だ。暗い感情を溢れさせながら、不意にぐにゃりと笑みを見せて、軍師の一人が声を出す。


「例の部隊――いや『不幸な横槍』の準備を進めさせろ。次戦で仕掛ける」

「まだ早いのでは? それにアレは、下手をすれば他の国から政治的に圧力を――」


 反論の最中に、その軍師が嗤った意味を悟った。

 ――『アレ』は運用すれば、政治的に詰められる事柄に繋がりかねない。国際上禁止された魔法を用いた『アレ』は、戦時に有用な立体旗の効果を、極端に先鋭化させたモノ。

 ただ『効果があり過ぎて』問題になった。故に国家間同士での戦争では禁止された技術の一つである。一応、不幸な横槍の形をとっているが、絶対に後々追及されるだろう。

 これでいいのか、と一瞬よぎった反論は感情に飲み込まれた。先に向こうがこちらに負担をかけたのだ。やり返しても文句は言わせない。

 現場にいる者同士で、無言ですべての面々が共犯者になる。そのためにも一度、突出した中央部隊を躾けつつ撤退させなければ。

 複雑に絡み合う感情。何割か理性を蝕まれつつあるが、緑の国所属の軍師達は、勝算は捨てていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ