開戦
前回のあらすじ
普段使う道路を、悪路へと変えていく傭兵たち。これから通るであろう緑の国へ嫌がらせの仕事を続ける。彼らを扱う聖歌公国の軍師達も、これからについて備え、陣地の設営など軍議を進める……
『千剣の草原』にて待ち構えた聖歌公国陣営と、ゴーレム車に乗り進軍を続けた緑の国陣営は、距離を置いて睨み合いになった。
これは緑の国側が侵攻側である事、既に亜竜種陣営は陣地設営を完了している事、そして道中の嫌がらせの効果だろう。いよいよ疲弊した所を、先制で攻められるかもしれない。そんな不安と恐怖が、緑の国陣営を日和らせたのだ。
地形は草原……所々視界の通らない茂みはあるが、ほぼ平野と呼んで差し支えない。高低差も多少あるが、平坦な地形にいくつかの岩が点在している。遠巻きに敵の布陣を確認しつつ、緑の国側の軍師達が唇を噛んだ。
「く……相手側は準備万端か」
「進軍に手間取り過ぎた。仕方あるまい」
最大限の警戒が裏目に出たエルフ側は、陣地を予定地より後方にせざるを得ない。陣地設営中は無防備だ。予定した地点で野営陣地を作ろうものなら、即座に敵軍が攻め込んで来るに決まっている。陣地を作られる前に叩き潰し、敵兵力を削りに来るだろう。もしエルフ軍側が逆の立場なら、間違いなく同じことをする。だから、距離を置いて陣地を作るしかなかった。
その弊害は早くも出ている。エルフの将軍の一人が呟いた。
「偵察の隊は? ずいぶん遅いな……」
「道中の警戒癖が抜けていないのでしょう。こちら陣営の挙動が、全体的に鈍くなっています。敵陣との距離もありますし……」
「やむを得んか……敵の状況は?」
「スカウトに一任しています。報告はもうしばしお待ちを」
遠巻きに睨み合う両軍。このまま穏便には終わらない。だが、いきなり偵察も無しに突撃する馬鹿はいないだろう。まずは大まかでも、敵の配置を知ってから戦闘を仕掛けるべきだ。まだ詳細は上がっていないが、副官のエルフが報告する。
「現状の雑感ですが、敵陣に特別な様子は見られません。スカウトが戻り次第、軽く仕掛けてみますか?」
「そうだな……新兵が使い物になるかも試したい。向こうも初手から激しくは……いや、来る時もあったか」
「あー……亜竜種ども、戦狂いですからな……ですが、極端に押し込まれなければ平気でしょう」
じっと目を閉じたエルフ軍の司令官が、いくつかの計算を巡らせる。静かに目を開くと、光をたたえた瞳が副官を見た。
「そうだな。まずは初戦でぶつけてみなければ分からない事も多い。こちらの兵隊の練度もそうだが、相手側の兵力と練度も確かめたい。推測と偵察は重要だが……実地を見なければ判断がつかない点も多いだろう」
「ですね。まず、様子見の隊を編成して敵軍とぶつけましょう。ただし深追いをするなと厳命します」
「うむ」
互いに十分な陣形を組めた場合、いきなり全軍を投入した戦闘にはならない。煽り合いや牽制合戦、小競り合いから始まる。副官が静かにライフストーンを開き、初戦に挑む部隊を編成した。
***
布陣を敷いた『緑の国』と『聖歌公国』――互いに睨み合う両者の初動は、奇しくも同じ挙動となった。
両者は互いに少数の隊を『緑の国』側から見て右翼側に展開している。戦場の端の方でつつき合い、相手の出方と兵員の質を図る狙いか。
導入兵員数は約五百……これは正面部隊の数であり、後方支援の隊は遥かに多い。前進する両軍は、いよいよ始まる合戦に緊張を高めていた。
部隊後方で立体旗を展開し、自軍と通信を繋ぐ。『緑の国』の軍旗は『緑色に白の弓矢の絵』だ。対して『聖歌公国』の旗は『青色を基調とした、一人の歌い手の像』が、魔法の立体映像で投影されている。互いの国の象徴を風に翻し、整列した歩兵隊が前面に並び、国家を象徴する種族が、皮製鎧に身を包んで睨み合った。
「よぉトカゲ共!」
「黙れ老いぼれ自民族至上主義者共!!」
その距離は縮まり、両軍の距離は50~30メートルほどだろうか? 相手へ対する罵倒はいよいよ激しく、今にも飛び出して戦闘に入りかねない。上官が押さえているが、合図一つで交戦状態に入るだろう。
亜竜種の戦士たちは多くが素手。盾の腕甲をグローブ替わりに、格闘戦を仕掛けるボクシング・スタイルの戦士が多い。中にはトンファー、釵などを装備した者もいるが、基本的に機動力に主眼を置いた軽装兵だ。別の得物を持つ者もいるが、それは亜竜種以外の種族が多い。
対してエルフ達の武器は……長槍や薙刀のような、間合いの長い武器が多い。最前列の兵は穂先を敵軍に向け、機を伺う亜竜種を威圧する。じりじりと詰め合う両軍の静寂が破られたのは、本当につまらないきっかけだった。
戦の気配を、獣の感で察したのか……近場にいた動物が急に駆け出した。うりぼうだろうか、ネズミだろうか、詳しくは分からないが、動き出した動物が草原を揺らした。
がさがさ、ざわざわとなる草擦れの音。連鎖的に別の動物が逃げ出す。それが沼地に足を運んでいた鳥類を刺激し、一斉に鳥の群れが空へと羽ばたいていく。
ぎゃあぎゃあ、がぁがぁ、鳥の鳴く声が一斉に響き、羽音は激しく平野の兵士たちの聴覚を刺激した。それを――どちらの兵士が先かは不明だが、敵の攻撃と勘違いし……何名かが僅かに前進する。
味方の誰かが動いた。孤立させてはならぬ。つられて近場の兵士が前に歩めば、戦意に満ち満ちた兵士は感応し、ざわりと全体が前に動く。
それに呼応し、相手側も先制を狙わんと前進する。ぞわりとその場全体が、何か見えない力でほんの少しだけ押された。
たったそれだけだ。たったそれだけで……緊迫は切れた。
相手が仕掛けてくる様子を見た両軍は、それを機に一気に相手軍側へ突撃を開始。
かくて『千剣の草原』で、まずは局地的な戦闘状態へ突入した――




