出兵
前回のあらすじ
『緑の国』と『亜竜自治区』『聖歌公国』の対立の歴史は長いが……周辺諸国は『緑の国』の宣戦の動議に納得がいかない。何か隠された理由があるのではないか? との陰謀論もあるが、緑の国側の挑発によって、亜竜種側も戦闘を受けて立つ……
ポート封鎖から約一か月。ついに正式に『緑の国』と『聖歌公国』は戦争状態に突入した。
今までは両国間のみで行われてきた通信封鎖は、戦争と関係のない第三国含め完全に凍結。どうしても連絡を取る場合は、政府関係者が用いるポート『ホットライン』を通さなければならないし、よっぽどの緊急性が無ければ認められない。情報漏洩を防ぐために、互いに必要な処置だ。
その城壁都市レジスの中心部……今は封鎖されたポート周辺に、一人の老エルフが即席のお立ち台に上がっている。即席と言っても簡素なものではなく、ツヤや質感は高級感を漂わせる。老体の体はスーツに包まれ、眼光は鋭く険呑だ。そこにあるのは怒りや恨み、研ぎ澄まされた負の感情。寿命が近づき、命の灯に陰りが見えても、なお燃え盛る怨恨の炎だ。
静かに……けれど胸の内にある感情を隠さずに――老エルフの議員、ラーク議員は口を開いた。
「これより……俺たちは『聖歌公国』に対して、軍事的侵攻を行う。今回もこの都市は攻撃される事は無い。相手も激しく反攻に転じる理由もない。過去に森を焼き払われた記憶のある者たちにも、今回もリスクはない事を明言させていただく」
静かに、淡々と述べ積み上げていく事実。若い世代や三百~五百歳前後にはピンとこないが、千歳前後の歳月を生きたエルフ達は、老いた議員の言葉にぶるりと震えた。
――その後に続く言葉こそ、老いたエルフ達が求める真理だ。
「俺たちが侵攻する理由は、求めているからだ。過去に埋もれたモノを掘り起こし、我々エルフ達が受けた痛みを、この世界に真実として受け入れさせる事だ。
オークが英雄である事……我々には許しがたい。他の民族が大きな顔をしている事も……やはり、我々は納得できない」
ラーク議員は、決して『ある真実』を口にする事は無い。出来ない。遠い昔に交わした『今は架空とされている英雄』との約束が残っている。
だから……オークだけを非難するのではなく、オークを含めた民族を下に見ることで『ある真実』を封じられた、苛立ちのはけ口にする。澱んだ感情は発露を求めて――時にこうして、戦争に発展する。
「『聖歌公国』の他民族の融和の在り方など、本来のエルフは決して受け入れない。我々の本気を示すため……『亜竜自治区』を制圧する。今から出立する兵士諸君……貴殿らには、大いに期待している!」
老骨が背を伸ばし、腹の底から激励を飛ばすと、周辺にいた人々が叫んだ。城壁都市に残るエルフ達は、列を組んで出陣する兵士たちを、キラキラとした瞳で見送る。たまに手を振り返す者もいたが、基本は厳粛に前へ前へと外を目指す。
閉じた城壁都市の門が開くと、エルフ達は『亜竜自治区』へ向けて出兵する。皮製鎧を身に着けて、整列した兵隊は最初だけ歩いている。門の前から見送りの人々が、整列し行進する兵士達を尊敬の眼差しで見つめていた。
隊列の中腹で、大量の物資をゴーレム車が運んでいく。中身は弓矢や兵糧、野営用のキャンプに使う骨組みや布材。そして必需品である『カートリッジ』と大量のポーションが荷台を揺らしていた。
――『緑の国』側は城壁を持つが、基本的に彼らの側が侵攻を企てている。極めて堅牢で、都市内部も戦時を想定した設計だが……その実一度も戦火の経験はない。いつも緑の国が戦争を吹っかける側であり、『聖歌公国』側に積極的な野心がないからだ。
なので綺麗なままの城壁を背に、エルフたちが大地を踏み鳴らしていく。すべての兵員が城壁都市を背にした所で、ゆっくりと門扉が閉じられていった。
がしり、がしりと進む兵隊たち。彼らが目指す先は『千剣の草原』だ。『亜竜自治区』と『緑の国』に広がる草原だが、一部は沼地や湿地帯となっている。木々こそ生えていないが、沼地側は背の高い草も多く、危険な動物も徘徊していた。
……その原因の一つは、両国間の戦火が土地を焼いてしまう点にある。初期の頃は樹木も残っていたそうだが、度重なる戦闘が焼き畑のように大地を焼き焦がしてしまう。十分に木として生育する前に、土地の状態がリセットされてしまう事が原因の一つだった。
そんな土地を、遥か先の土地を見据えていた城壁都市の軍団長が、ちらりと故郷を振り返る。全員の出兵と門扉の封鎖を確認したところで、脇に控えた『旗持』に伝令を飛ばした。
『全軍一時停止せよ。ここからはゴーレム車に搭乗し、行軍する』
『了解』
中央に位置するゴーレム車の一部は、一つも荷物が置かれていない。外見上は輸送用のゴーレム車と変わらないが、車両を覆う布によって偽装されていただけだった。
覆われた布を引きはがすと、その車両のほとんどは金属で保護されている。輝金属で補強された車両は、通常のゴーレム車と比べて重厚に仕上がっていた。
一時進軍を止めたエルフの兵士たちが、一人ずつ車両へと乗り込んでいく。ここからは徒歩ではなく、ゴーレム車に乗って進軍を始めるようだ。
乗り込む兵士の一人が、ポツリと呟く。
「……なんで最初から車両に乗らないんだ? わざわざ武器を持ったまま、城壁都市を出なくていいだろ? 二度手間じゃん」
「確かに。オレたちに楽させてくれよなぁ……」
「お偉いさんも普通に歩いていたし……なんでわざわざ城壁都市出てから車両に乗るんだよ……」
「そりゃ民衆にアピールする為だろ。勇ましく出発するんだから、荷台に引っ張られちゃかっこ悪い」
雑談する兵士に、上官が唸って睨みつける。
口を塞ぎ、そそくさとゴーレムの引く荷台に乗り込み、効率的な行軍を開始する。
無数の車両が土煙を上げ、亜竜自治区側へと走っていった。




