参戦準備
前回のあらすじ
晴嵐の素性を知るスーディアともう一度話し合う。急な心変わりに納得のいかないスーディアに対し『吸血種と接点を作るためだ』と話す晴嵐。無謀な確率と返すスーディアだが、こうでもしないと接触すら出来ないと晴嵐も引かない。
最後まで晴嵐は『スーディアを死なせない為』と言う、本当の理由は隠し通した。
ユニゾティアにおいて戦争は……千年前の『欲深き者ども』との大戦以来、主に引き起こすのは『緑の国』に限定されている。
今のユニゾティアにとって、資源や物資不足の問題は……皮肉なことに『欲深き者ども』の漂着した地『グラウンド・ゼロ』に出現したダンジョンによって、大きく緩和された。千年前の混乱は現代ユニゾティアに残る爪痕だが、それ以上の復興と発展、技術向上と変化をもたらした。
各種資源がすべての人間に過不足なく配分される……とは言えないが、意図的な状況や極端な人物を除いて、おおよそこの地域の人間は貧困を脱却できたのである。
しかし……飢えと空腹を満たしたところで、戦争の動機を失わない国が一つあった。それこそが『緑の国』だった。
千年前の感性を、今もなお残している……すなわち千年前の大戦前に各種族で蔓延していた『自民族至上主義』を、国家単位で引きずっている節がある。国家内部としても『吸血種』を除いて、他の種族を排斥する傾向が強い。特にオークへの憎しみが強い事は、他の国家も重々承知している。
対して隣国である『聖歌公国』では、オークの勇者の伝説や……『亜竜自治区』の闘争に敬意を抱く文化から、かなりオークに対する感情が緩い。一部に拒絶派は存在しているものの、隣国たる『緑の国』の惨状と比べるまでもない。
そう、文字通り惨状なのだ。取り繕う事さえなく『緑の国』は、種族オークに対し憎悪を向けている。過激派の一部長老に関しては、本気で絶滅を願っている勢力さえあるという。
故に『聖歌公国』の態度が、全く持って許しがたい。
千年前の民族対立……その禍根と怨みを晴らすことが『緑の国』に住む長老たちの願望なのである。
……あくまで表向きは、であるが。
***
「最後の確認です。貴方を臨時の戦士として登録します。これ以降、あなたの行動は停戦及び終戦期間まで制限がかかります。よろしいですね?」
「……念のためもう一度、書類を確認させてくれ」
「またですか……」
「必要な事だろう」
亜竜自治区の巨大闘技場『ディノクス』……武人祭を先日まで開催していた設備の前で、晴嵐は受付の前でじっとライフストーンを見つめる。自分が首に下げた新品の石ころに、傭兵契約の書面の写しが入っていた。
重箱の隅をつついて、石橋を叩いて渡るような彼に、受付担当の亜竜種――直立歩行に矯正したモスグリーンの鱗の亜竜種がため息を吐いた。
「そこまで慎重にならなくても……」
「なるに決まっているだろう。契約は結んでから変更できん。気に食わなかったり合わないなら、契約前に確認して蹴るしかないんだ。結んだ後ではどれだけ不当でも『契約書を確認されなかったのですか?』と返されてお終いじゃろ。特に傭兵契約なんざ、自分の命がかかって――」
「わ、分かりました。分かりましたから、存分に確認してください」
「……」
途中で遮られ、むすっと晴嵐は唇を結んだ。彼はスーディアに紹介された口だが、だからと言って油断はしない。楽な仕事と思っていたのか、亜竜種の受付係は疲れた様子だ。
現在この巨大闘技場『ディノクス』は武人祭を中止。正面入り口の他、別の出入り口にも人員の募集を行っていた。祭りが終わって静かかと思いきや、今もある意味盛況だった。
集っていた戦士の一部や、大半の観客は故郷となる場所か別の地域か、ともかく戦争を回避できる場所へと避難している。ならばなぜ、この場所が活気を持っているのか? 答えは至ってシンプル。兵士や戦士たちの訓練設備として、現在は利用されているのだ。
ポート封鎖を受け、未だ緑の国との通信は回復していない。ホットラインとやらで上層は話を進めているのだろうが、戦争の気配に戦士たちは備えている。闘争を競技化する魔法はどこまで実践に近づけるかは疑問だが……全く何もせず待つよりはずっと良い。
「ちぃぇああああっ!!」
どこかで聞いた事のある、気迫の籠った叫びがこだました。恐らく武人祭に出場していた誰かだろう。せっかくの祭典を邪魔された怒りか、巨大闘技場前にいる晴嵐の耳にも届く。思わず受付の亜竜種と顔を見合わせた。
「かなり鬱憤が溜まっておるな……」
「私たち亜竜種も気持ちは同じです。この時期に仕掛けなくてもいいだろうに……」
「祭りに浮かれた所を狙ったのかの?」
「逆効果だと思いますよ。亜竜種は激怒していますし、武人祭に出場していた他種族の方も、傭兵として戦列に加わっています」
通常の祭りならともかく、武人祭は戦士の祭典。中断を喰らって消化不良の者たちが、そのまま参戦する……か。名声を欲する者にとっては、実戦で箔をつける好機でもある。ふと晴嵐は担当者に尋ねた。
「その面々がわしの同僚になるのか?」
「あなたの適正も見るのでなんとも。可能性はあるとだけ」
「なるほど。ん? 宿舎も制限されるのか? わしは今適当な所に、宿を取っておるのじゃが……」
「契約を結んでいただいた後でも、すぐに移転しろとは言いません。が、一週間以内にこちらの指定した宿舎に移っていただきます」
「わかった。引き払う準備を進めておこう」
最後の確認を済ませた晴嵐は頷き、本命の契約書に手を伸ばす。やっと納得した男に、亜竜種の受付はようやく安堵したようだ。
「では……これで登録を完了します。戦時の際はよろしくお願いします」
「うむ」
表向きは雇われの雑用係として、晴嵐は亜竜種……いや聖歌公国側として参戦する事に決まった。
緑の国側がどう出るかは分からないが、知った顔とは合わないだろう。仮に出会ったとしても、相手の命を優先する道理はない。
最も優先すべきは自分の事。その次の目的として……スーディアを死なせないために、男はこの戦に飛び込んだ。




