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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

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心変わり

前回のあらすじ


 離脱すると思いきや、晴嵐は亜竜自治区に残ると決断。旅人の身分で、愛着もないだろう晴嵐の判断は意外で、スーディアは訝しむ。のらりくらりと質問をはぐらかしつつ、軍団の雑用役に滑り込めないか二人に聞いた。

 ますます妙だと思いつつも、スーディアは一応受ける。解散前に目配せして、もう一度会う意思を晴嵐は受け取った。

 三人で別れる直前、スーディアのアイ・コンタクトを汲んだ晴嵐は、少し時間を置いてポートに接触した。すぐにもう一度会わないのは、二人ともクレセントへ気を回したのである。


(別れた後ですぐ二人きりになっては、当てつけに思われるからのぉ……)


 なんとも思われないかもしれないが、逆に過敏に反応されるかもしれない。まだ相手の腹の内まで知らない以上、無難な行動を取るべきだろう。一度別れた後、間を置いてから再度話したい。

 目線の意味を察した晴嵐は、メールが送られていないか確かめに行った。仮に送信されていないなら、こちらから日程を聞けばよい。そのつもりで触れたポートには、二件の新着表示があった。

 一件目は予想通り、スーディアからの申し出である。後日もう一度話を詰めたいとのこと。

 二件目の送信者は……テティ・アルキエラからの送付だった。ホラーソン村で関わった、晴嵐の素性を知るもう一人の人物である。

 内容は戦争勃発は秒読みである事、ホラーソン村も国境の村のため、戦時体制に入り恐らく連絡はあと数回が限度という事……そして互いの生命について注意する事……要は晴嵐を案じる内容だった。

 硬い表情がわずかに緩み、そして彼は首を振った。


「……温くなったものだ」


 どこが? と第三者が見れば言うだろう。晴嵐の表情はまだまだ硬く、しみついた灰とドブの悪臭はすすげていない。態度や愛想だって、間違いなく平均点以下だ。

 それでも、一番最初と比べれば……幾分か環境に馴染んできてはいる。そっと目を閉じた晴嵐は、自分の心がどこにあるのかを考えなおした。


 かつては晴嵐も普通の人間だった。地球基準での普通の人間だった。

 ちょっと技術系に詳しいだけの、どこにでもいる工学系の大学生だった。

 それが文明と社会の崩壊によって、今の彼の人格が形成されていった。他人は頼れない、信用しないのが当たり前。罠に嵌められる前に相手を嵌め、引っかかる方が悪いと開き直り、地を這い泥を啜った、クソジジイの晴嵐が。

その用心深さは、必要なものであったのだろう。

そして彼が、生き残る要素でもあったのだろう。

 けれど――


(……誰が望んで、あんな生き方をするものか)


 できれば、文明を滅ぼしたくなどなかった。

 できるなら、あんな世界を生きたくなどなかった。

 許されるなら……もう少しだけ、世界は優しく在って欲しかった。


 ――それは、あえて目を背けていた彼の本心。

 そんな弱い自分を認めてしまえば

 今度は過去の、現在まで引きずっている外道な自分か、それに近い人物に貶められてしまいそうで……怖かった。

 大人になるにつれ、現実はそういう物だと人は知るのかもしれないが――

 現実がただ冷たく横たわるだけならば……人はきっと、心など持たない方が生きやすい。相手を傷つけても、相手に微塵も同情しない人間の方が生きやすい世界。

 ――それは果たして、人の世だったのだろうか?


「あれもあれで、人間が招いた世……」


 声に出しながら、けれど彼は全く納得していなかった。

 人が人として生きる以上、感情は決して殺しきれない。中には壊れる人間もいたが……幸か不幸か、晴嵐の精神はストレスに強い構造をしていた。

 それでもやはり……彼が一度目の命を失う前、自分以外の人間が絶命した世界で、意味を失った自分の生命と人生に、人知れずすすり泣いた記憶もある。果ては死んだ誰かの幻影や幻聴に、頭を悩まされたことも多い。


(正直もう……何が正解なのかわからん)


 誰かを蹴落としてまで生き延びた結果、ただ一人生きただけの余生を送るのは、もう二度と御免だ。挙句の果てに孤独に耐え切れず、人類以外の生命を愛で始めた、苦い記憶もある。

 しかし同時に――今更誰かを信じるのも、この疑り深い性格を矯正するのは勇気が必要だった。

他人が他人に対して、いかに無責任になるかを何度も目の当たりにしてきた。もちろん晴嵐自身も、無責任な人間の一人と自負している。

 だから……彼には分からないのだ。無防備に相手を信じられる関係性が。気安い対人関係を、どう築いていけばいいのか分からないのだ。


(そんな些細なものが望み? ……他人に知られたら失笑ものじゃな)


 だが……人間という生き物は、群れの中で安堵を得る生物でもある。

 誰とも何とも、心を通わせられない。誰にも理解されることも、誰にも気付かれる事もない。静かで自由なその世界は、虚しさだけが降り積もる人生だった。


 死ぬことは恐ろしく

 生きることは苦しかった。

 群れる事は愚かに思えて

 孤独はただ寂しかった。


 どこへ向かって歩こうとも、どこかで必ず負が待ち受けているように思える世界。

 それでも、せめて自分が追う苦痛の質ぐらいは、選ぶ権利はあったはずだ。

 晴嵐は一度目の世界にて、生きる事と孤独になる事を選んだが……

 今度は少しだけ……孤独な時間を減らしても、良いのかもしれないと思い始めている。


(じゃからまぁ……お前さんがぽっくり死なないよう、出来る範囲でお節介をするとしよう。なぁスーディア?)


 オークの若者と話し合う際、何度も心変わりを指摘された。

 深くは関わっていないものの、それでもかなり疑われている。

 ――その理由が「スーディアにうっかり死なれない為」などと、晴嵐は決して言えない。

 でっちあげ……とまではいかないが、本命とは別の理由を告げるとしよう。

 もう一度素直に生き直せるほど、晴嵐は過去に犯したことを、割り切りもしなければ、償えたとも思っていないのだから。

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