表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終末から来た男  作者: 北田 龍一
第五章 戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

294/742

迷い

前回のあらすじ


 ポート封鎖なる単語を知らない晴嵐は、遠回りしながら情報を引き出す。ポート封鎖とはメール機能の遮断。早い話スパイ行為を防止するための方策だった。一方で軍や、国家同士での通信を行うためのポートが『ホットライン』の名称を持つことに凍り付く晴嵐。またしても見える地球の影。だが今考えるべきは、今後をどう立ち回るかだった。

亜竜種の戦士、クレセントは既に腹を決めている。唸る晴嵐と黙考するスーディアの前で、静かに淡々と、自然体で声を発した。


「ワタシのやることは決まっていル。『緑の国』の連中と戦わねバ、ワタシの生きた土地を失う事になル。それを黙っては見ていられなイ」


 この地域で生活を続けてきた彼女は、迷う事は無かった。亜竜種が主に過ごす『亜竜自治区』を失う事は、彼女ら亜竜種にとって耐えがたい事に違いない。戦闘に躊躇も持たない亜竜種の文化なら、売られた喧嘩は堂々と買うだろう。

 スーディアも言葉を続ける。


「俺も……一兵卒として、この地の防衛線に参加する事になるでしょう」

「スーディア?」

「驚く事じゃない。俺は『聖歌公国』で訓練兵の公募に参加したし、身分証も手にしてます。このタイミングなら、絶対に招集がかかるでしょう」

「…………なるほど」


 晴嵐の奢りで晩飯を食った時に、そんな話もした気がする。さらにスーディアにはもう一つ、この地を守る動機があった。


「それに俺はこの土地に……恩師の方がいます」

「恩師?」

「俺に『空打』を仕込んでくれた方です。あの……」

「波動を飛ばすような技か」


 遠隔で拳を飛ばすような技……主に亜竜種が用いる『盾の腕甲』の応用技らしい。スーディアが発動させた事に、解説の人間も驚いていたが、この地の誰かから学んだのだろう。だからこの地に対し、その人物に対し、スーディアは借りがある……硬い考えの男に向けて、オークの彼の答えは少々違った。


「そうです。まだ彼に、俺の成長した姿を見せていない。本当なら『武人祭』で当たりそうでしたが、中止になってしまった」


『武人祭』の中断に、オークの戦士の怒気を感じる。恩師との直接対決に胸躍らせていたところに、水を差されれば腹も立つだろう。この発言に晴嵐より、クレセントの方が反応を見せた。


「師とは誰なノ?」

「ミスター・ムーランドです。俺も彼の本気を見たかった。前に稽古をつけてもらった時は、あくまで指導でしたから……」

「あの頑固な方カ……」


『武人祭』は予選を抜けた時点で、戦士としての箔がつく。同じ地域で暮らす彼女が、すぐに顔が浮かぶのだから、良い亜竜種の戦士なのだろう。

 しんみりと無念をにじませる二人。こだわりのない晴嵐は、遠巻きに二人を見つめるしかない。数刻の沈黙の後に、二人の目線が男の方に向けられた。


「セイラン……あなたはどうすル?」

「そうだ。お前は……この地に残る理由はあるか?」

「……………………」


 その質問は困る。非常に困る。男は腕を組んで、眉間にしわを寄せて唸った。

 貸し借りの話は一切ない。史跡も巡るなら後回しで良い気もする。が、万が一『緑の国』が侵攻しようものなら、ここの情報を一切取れなくなる危険もあった。

 いよいよ、決断をせねばならない。

 完全にこの地から撤退し、情報を取れなくなる危険を取るか。

 生命の危険を承知でとどまり、歴史的な旨味の低そうな地域に留まるか。


(……違うな。自分に嘘をつくのは止そう)


 じっと唇を結んで、晴嵐は己の心象と対話する。

 ――本来、これだけの二択であるならば、晴嵐は絶対に迷わないのだ。

 他人を殺して、人を捨てて、クソッタレな終末世界を生き延びた男が――自分の身と命を、最優先しない訳がない。歴史云々のために命を投げ捨てる危険は、逆立ちしても犯さない。

 例えば……この世界に来た直後に戦争の気配を感じたのなら、晴嵐は一も二もなく逃げ出したはずだ。ちょっとした蛮族討伐と、国と国との戦争は違う。ともかく自らの生命を第一に考え、こんな危険地帯からさっさと逃げたはずだ。そんなドブネズミの自分が……


「……迷っておる」

「セイラン?」


 本音を話した晴嵐に、スーディアも意外そうな声を出していた。反射的な苛立ちに襲われ、思わずオークから目をそらす。

 お前のせいだ馬鹿。本気で彼は怒鳴りたかった。

 今まで色々と、それらしい理由を並べていたが、晴嵐をこの地に留める最大の理由はスーディアだ。

 右も左も他人だらけのユニゾティアで、特殊過ぎる晴嵐の内情を知っているのは、この若いオークとホラーソン村で暮らす『テティ・アルキエラ』だけ。

 テティとは利害の一致や、状況の合致もあって分かり合えたが、気安い関係ではない。

 だがスーディア・イクスに関しては……当人の人柄の良さもあって、良好な関係性を築けていると感じている。心情的にも損得面でも、スーディアを簡単に切る気はない。甘い奴だとは思うが、故に信用を置くことも出来る。

 しかしだからこそ……晴嵐はこのオークを戦地に立たせることに、強い不安を覚えるのだ。


(こういう甘い奴は、目を離すとあっけなく死ぬ……)


 終末で死んだお人よし共の顔が、何人か浮かんで消えた。

 あの時はそうするしかなかった、他に選択肢はなかったと諦めるしかなかった相手。自分の身は自分で守れと言い張る中で、胸の中に何か割り切れないよどみが蓄積されていく感覚。いつしかそんなクズな自分を受け入れて、平気なつもりでいたが、何かのはずみに影がちらつくあの感じ……

 ……正直な所、この決断が正しいかどうかは分からない。

 感情からか、計算なのか、それとももっと別の何かなのか……迷い苦しみながらも、晴嵐は答える。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ