盾と鎧の腕甲
前回のあらすじ
オーク二人の会話を盗み聞きし、自分をハメる意図がないことを確かめた晴嵐。仕事の準備に取り掛かるが、この世界の道具の使い方が分からず、四苦八苦する事に。どうにか使用できた石ころの利便性を実感しつつ、決起の時を待つ。
森側を背にして、二人のオークが群れの眼前に立つ。
ぞろぞろと洞窟側から這い出す、緑色の同族たち。中心にいるのは髭を蓄え、骨と宝石の首飾りを身に着けた大柄なオーク。横柄な顔つきで二人を睨み、背中に巨大な大剣を背負っていた。
「……剣を収めるなら今の内だぞ、スーディア」
名を呼ばれた彼は答えない。本当は歯牙にもかけていない癖に、白々しいと言わんばかりだ。長が気を変えた理由は、彼の親友が共に群れへ反逆の意志を示したから。未だにスーディアの事など、どうでも良いと態度に出ている。
「外の世界を知らないお前が、人並みの生活を得られるとでも? 我らの種が不完全だと、エルフ連中になじられた事、忘れたわけではあるまい。全て水に流す。彼女の処遇も――」
うんざりとスーディアが首を振り、長の言葉を遮った。
「ここで暮らしても、あなたに都合のよい奴隷なだけだ。今更、俺があなたを信用すると?」
「死ぬよりマシではないか?」
「生きたまま腐る気はない。戦士として……いや、一人の男として名誉ある生と死を」
「……チッ。ラングレー……何故この男を選んだ? お前に未来の展望があるのか?」
体裁を捨て、露骨に視線をもう一人に移す。皮肉たっぷりの笑みを浮かべて、大げさにラングレーは肩を竦めて見せた。
「未来なんざ誰にも読めねぇさ。だけど一つ確信してる。アンタとここで過ごしてもつまらない」
「何だと?」
「退屈だって言ってんだよ。何も変わんねぇまま歳だけ食っちまう。そんで気が付いた時にゃ何も出来なくなって、過去の自分に文句言ってダラダラ生きるハメになるのさ。やだよそんなの」
「馬鹿どもが……まぁいい、受けて立つまでだ」
長の得物『狂騒の大剣』は、魔力を通すことで使用者と周囲の仲間を『狂化』させる大剣だ。儀礼上スーディアと敵対したが……まだ味方判定を下しかねない状況な上、あくまで一対一の決闘。周囲のオーク達まで戦闘に巻き込めば、ただでさえ不信感を募らせ、離反者を出した長は求心力を保てなくなる。
両手に『鎧の腕甲』を装備しているが、それを含めて標準的な大剣使いの挙動しか取れない。それでも十二分に脅威であり、さらにスーディアのレイピアとの相性はすこぶる悪い敵だ。
けれど怖気づく様子もなく、普段通りの力加減でスーディアは構える。『盾の腕甲』を左手に装備し、右手に青いレイピアを握り、正面から長を見据えた。
初手で動くはオークの長。巨体を脈動させ、唸り声と共に上段から振り下ろす。風を引き裂き迫る質量に、スーディアが左手をかざし『盾の腕甲』を起動させた。
光の粒が前面に広がり、一枚の障壁が展開される。物理的特性を持つ魔力の壁が、大剣と干渉し受け流した。
地面をゴリゴリとえぐり、突き刺さる大剣に目もくれず、スーディアはレイピアで胸を狙う。長は握る手を放し、装備した『鎧の腕甲』が薄い光の膜となって剣を阻んだ。
『鎧の腕甲』及び『盾の腕甲』は、魔力を支払うことで防壁を発生させる。『鎧』は装備者の全身を覆うように薄い膜を張り、『盾』は任意の形と大きさの光の盾を作り出す。この世界で多く普及する防具の一つだ。その利便性はすさまじく、一時は手持ち式の盾を駆逐してしまったという。
――空中に弾け飛ぶ蒼い剣。あっけない幕切れに失意の声が上がる。しかし空中に跳んだレイピアが、細い光の壁によってもう一度反射し、持ち主の手元へ軌道を変えた。
『盾の腕甲』を遠隔で展開し、咄嗟に壁にして弾いたのだ。形を変え用途を変え、柔軟に『盾の腕甲』を運用するのが、スーディア・イクスの真骨頂……!
地面についた大剣を使わせぬように、刺突の雨を連打する。長は光の膜で防ぎ続け、もう一度大きく剣を弾いた。無防備に見えるスーディアの腹を、鉄塊で引き裂かんと狙う。
「おおおおおおっ!」
猛り狂う咆哮と共に、横薙ぎに振るわれた大剣と『盾の腕甲』が干渉し、光の壁を硬質な音と共に滑る鉄塊。強引に軌道を歪められた大剣は、スーディアの胸数センチ手前の空を切った。
崩れる態勢。しかしスーディアの手に剣はない。故に致命傷にならぬ……と踏んだ長の読みは甘かった。スーディアは拳を握り、光の壁を展開して殴りかかる。魔法の盾を応用した『シールドバッシュ』が顔面を狙う。
咄嗟に左手で顔を覆い、光の鎧もその輝きを増して防御態勢。鈍い鈍器で殴打したかのような音が響き、巨躯が数メートル後退する。
広がる間合い。スーディアは愛剣を拾い直し、もう一度にらみ合う。オークの部族たちは息を飲み、両者の戦いに魅入っていた。
(よしよし、今の内に頼むぞ……!)
注意は完全にこの場に向いている。多少余計な物音がしても、実害がなければ無視するはずだ。『お姫様』を助け出すには今こそ好機。あの男は中々の腕前だし、きっと今頃潜入しているだろう。
打てる手は打ったが、ラングレーに出来るのはここまで。後は周りの人々が、望む結果を生んでくれるの待つしかない。もどかしさが燻る中で、オークは友と、協力者の成功を祈った。
用語解説
『狂騒の大剣』
このオーク部族の長が所有する魔法効果を有する大剣。本人の強化より、周辺の味方集団を『狂化』させる効果が主眼のため、集団どうしでの戦闘で効力を発揮するタイプの模様。そのため、今回の決闘では発動していない。
『鎧の腕甲』
見た目は金属と皮を張り合わせた手甲だが、装着者が念じた時期に合わせ、光の物理障壁を発生させる『魔法の鎧』。全身を覆うように発動し、物理攻撃を弾く。両手が塞がっていても使える、強力な防護機能を持つ。
『盾の腕甲』
やはり見た目は手甲。盾と異なるのは、指まで同時に防護する手甲な点だろうか。こちらは『魔法の盾』を自在に使うことが出来る。サイズや厚みに融通が利き、鎧と比較した場合、より使用者のセンスやイメージ力が問われる。
この二種類の『腕甲』は強力な防具で、一時は手持ち式の盾を駆逐しかけた程。この世界でポピュラーな防具である。




