第四章ダイジェスト・11
一通り工程を終えると、職人の顔から親切なお姉さんに戻っていた。説明を続ける彼女にラングレーがいくつか質問をする。
均等に混ぜないとクズ鉄になったり、逆にうまく鉄が混ざらず輝金属を錬成できないが、その塩梅はどうなのか……と尋ねたが、職人特有の感覚で作業しているらしい。熱で溶けた時の臭いや、かき混ぜる棒から伝わる金属の感触で判別しているようだ。
また輝金属はここ以外でも『人魚族』でも作られる事があるそうだが、そちらの方は、ドワーフ山岳連邦では分からないそうだ。商売敵でもあるし、職人故に技術の流出を恐れている部分もある。マグマを原料にしているのは間違いない、海底火山を利用している……ぐらいしか知らないらしい。
また、汲み上げたマグマの質によって、輝金属の良し悪しは左右される。質が悪い時は、質の良い日のマグマを冷やし、岩石として保管して悪い日のマグマと混ぜて成分を調整するそうだ。
質問が終わると、次の工程について説明が始まる。パン屋の大型焼き機を連想させる器具は、輝金属を錬成する専用の圧力窯だ。先ほど職人技で混ぜ込んだ、マグマと鉄を収めた容器を格納していく。この窯は内部に生物がいない時、高温高圧で、急速に時間を経過させる魔法がかけられる特殊な物。家が三つほと建てられる金額のソレの中で、宝石が錬成される過程を模して熟成していった。
ただし……魔法を使った所で、一瞬で完了する工程ではない。今回の見学会では、既に錬成を終えたモノが用意されていた。運ばれてきた容器を解放すると、中にあるのは黒岩石。マグマが冷えて固まった物質だ。輝金属は出来るのか? と質問すれば、既に輝金属は完成しているという。見学の子供たちも戸惑う中、鎧の腕甲を小型化した指輪を装着し、アイスピックのようなものを容器に当てて、トンカチで叩いて筒から引きはがす。
最後の作業は……この黒岩石の中で錬成された輝金属を『発掘』する工程。子供たちに手伝いを求めれば、指輪で目や肌を保護しつつ、アイスピックに金槌を当てて、黒岩石を剥がしていく。存外にもろく、力を入れれば簡単に黒岩石が崩れていく。中の輝金属は十分な強度があるので、慎重にならなくても大丈夫。やがて黒い岩石の中から、鮮やかな色合いの金属が現れる。勢い余った子供たちのピック側が曲がってしまうほどの強度を持ち、魔法の触媒になる金属はこのようにして作られるのか。身近に使う道具の大本、知らなかった一側面を知り、ラングレーは妙な感慨深さを覚えていた。
一通り聞き終えた晴嵐としては、工場の紹介番組を見終えた気分だった。
事実上の独占事業に近いが、精製の過程を見るに『不当に独占している』気配は感じられない。溶岩を熟成の過程で使う以上、山の中に精製所を作って済む事に合理性がある。考え込む晴嵐を邪推と見たのか、ラングレーは『ドワーフ山岳連邦』の別の側面についても話してくれた。
この世界、ユニゾティアにおいて、輝金属は必須の金属。それを生み出す職人と地域には、安定した高給が流れ込んで来る。作業中でないドワーフ達は、しょっちゅう飲んでるは賭博はするわでガラがよろしくない。金銭感覚がマヒしているように見えたとラングレーは語った。
そうして、金や輝金属の関係について話していると……ラングレーは気になる情報を口にする。ここに来る前に晴嵐が滞在していた『緑の国』に、大量の輝金属の発注があったらしい。主に矢じりに使う物が多く、まるで戦争の準備のようだという。
ただ、吸血種の重鎮が死亡する事件があったので、民衆が自分の身を守りたいから買い注文が来ているのでは? という見方も出来るらしい。どちらとも取れる状況なので、ラングレーは断言しかねるという。けれど忠告せずにもいられなかった。
何せ、彼の友人のスーディアに忠告しておいて、晴嵐に言わなかったら後が怖いと大袈裟に伝える。どうせスーディアが情報を流すだろうと、変にこじれるのを避けたようだ。
今後ラングレーは……雇われた商会の護衛で聖歌公国の首都、ユウナギに移動するとのこと。自然とこの地域から離れられると抜け目がない。また機会があれば情報を交換しようと言って、互いに別れた。
晴嵐は考える。ラングレーからの情報は確度が高い。何せ晴嵐は吸血種重鎮の死亡事件に関わっているし、その際に緑の国内部で不穏な動きがあると、協力者から伝えられていた。今いるこの地域では、まだ危険域なのだろうか? すぐに離れるのも考えたが、まだ亜竜自治区の歴史についての調査は進んでいない。迷いこそしたが、ひとまず晴嵐は個人的な備蓄を進めておくことにした。
真っ先に水と食料を押さえるが、彼の活動はそこで詰まった。今は武人祭の最中で、この時期に歴史をネタにしても、誰も付き合ってはくれないだろう。けれどもし仮に戦争になれば、史跡を破壊されてしまう危険も考えられる。
離れるべきか、留まるべきか……晴嵐の中でも結論は出ない。備えるだけ備えて、出来る事を少しずつ進めていこうとした。それが、かつて文明崩壊で何も出来なかった彼が、反省から得た教訓なのだろう。
だがやはり、武人祭中はあまりにタイミングが悪い。足踏みする自分に迷うが、武人祭が終わり次第、より安全な内地側に行こうと決める晴嵐。そんな中、妙に身なりの良い商人が、屋台を運営する亜竜種と商談する場面に出くわす。もしかしたら取り扱っているかもしれないと、それとなく聞き耳を立てることに。




