第四章 ダイジェスト・9
武人祭本戦の戦いは、地味な鍔迫り合いを繰り返す展開となった。盾と剣、メイスと魔法の盾が火花を散らす。より実戦に近い『闘技場』の効果を実感しつつ、戦士たちは武者震いした。戦いの中、先に動いたのはドワーフの戦士だ。
メイスを盾の裏側に差し込みで、盾から手を離すが地面に落ちない。柄が何割か延長し、盾から結晶が鋭いスパイクの様に生え揃う。両手でメイスの柄を握りしめて、一息にスーディアめがけて振り下ろした。
慌てて直撃を避けたが、衝撃で結晶の破片が飛び散る。急所は盾の腕甲で防いだが、頬に破片が飛んで傷を作った。
対戦相手のドワーフの武器は……今や片手盾とメイスの組み合わせではない。両手持ちで扱う、結晶で形成された巨大な戦槌となっていた。魔法の効力を用いて、武器の種類そのものを変形させる『可変型武器』……ユニゾティアでは珍しいとされる武器種だ。魔法の盾ではなく、物理盾を使っていたのは可変機構の都合上だろう。
戦槌形態では質量と衝撃が強すぎて、魔法盾で受けきれない。回避と受け流しで捌いていくが、対戦相手は可変武器を巧みに操ってくる。盾とメイス。大型戦槌。そして大型戦斧へ変形させ、時に結晶体を飛ばして攻撃してくる。やはり本戦に出る戦士は違うと、スーディアは闘争心の高まりを隠せずにいた。
結晶を用いたドワーフの可変武器により、ややスーディア側が押されつつあった。何とか状態は拮抗を維持しているが、挙動が読めない可変型に苦戦した。
一つの武器を極めるのではなく、二種類の装備を鍛錬せねばならない可変型武器。傾奇者が扱う武器種ではあるが、完全に使いこなせば単一の武器を極めた者とは、全く別の極致へ至れる。奇抜さに頼らぬ戦士をリスペクトしつつも、オークの彼は一つ弱点を予想していた。
戦闘を重ねつつ、何度か結晶の武器を切り替えながら戦うドワーフの戦士。武器を変形させようと連結した瞬間を狙い、盾の腕甲の応用技『空打』を叩きこむ。魔法で結合させているとはいえ、一瞬で分離や結合を安定して行えるとは思えない――スーディアの推察通り、魔法の原理的に致命的な瞬間、彼の放った波動が術式を狂わせ、暴走させた。
暴走した結晶体の可変武器は、異常なほどの成長を見せ、突如として破裂し飛散した。
オークの彼も反応しきれず、数発被弾してしまう。決定打に見えたが、彼以上に対戦相手のドワーフは致命的な事態になっていた。
異常に増殖を続ける結晶体が、ドワーフの左手側を侵食。完全に制御を失って、非常に危険な状態に思えた。安全に闘争を行うための『闘技場』の魔法も機能しておらず、慌ててスタッフが割って入る。何とか無事に収まり、ジャッジの結果スーディア側の勝利の判定が下された。
視点は晴嵐、観客席側に移った。釈然としない決着に、軽く知り合った亜竜種のクレセントも不満を漏らす。祭典に水を差された空気だが、対応しなければ運営スタッフ側の問題になると諭す晴嵐。
しかしまだ納得いかない亜竜種。どうやら特殊な武器の宣伝に、武人祭を利用しようとしたのが気に入らないらしい。晴嵐としては『戦闘行為は手段の一つ』としか捉えておらず、純粋な闘争を求める亜竜種の思想と異なっている。純粋だから良いと言い切れぬし、真剣でない訳でもない。そうは言っても釈然としない相手を脇目に、残り試合も始まっていた。
しばらく微妙な空気の中、試合を眺める晴嵐とクレセント。何試合か進んだ後、ある選手が出てくると目つきが変わった。同時に歓声も上がるが、今までとの違いに晴嵐も気づく。むさ苦しい闘争の咆哮ではなく、アイドルに向けた黄色い声援に聞こえたのだ。
純粋な闘争を求めるクレセントは、当然これを気に入らない。不機嫌な様子の隣人をなだめつつ、理由を尋ねるとスター扱いを毛嫌いしているようだ。
亜竜種的には『美男子』らしく、それでキャーキャーと声援を送っているようだ。てっきり選手側も嫌いそうだが、クレセントとしては『学びのある人物』らしい。始まった試合を真剣に眺め、トンファー使いの亜竜種と奇妙な剣の対峙を見守る。ショーテルの二刀流は間合いと剣筋が読みにくく、素人目線でも厄介と察せられる。距離を取る亜竜種の選手に、逆転の手があるのか疑問に見えた。
曲刀の厄介さを、晴嵐もクレセントも認識する。対策を考えていると、選手も同じ結論に至ったらしい。風の弾丸を飛び道具にして間合いを詰め、有利不利を逆転する。曲刀とトンファーでは、一度張り付けばトンファー側が有利。しかし間合いを放せば、曲刀側の有利状況に戻るだろう。決死の攻防の果て、トンファー使いが武器の片方を取り落とす。
大きな隙に見えるが、不自然な挙動を見抜く晴嵐。程なくして狙いは判明した。取り落としたショーテルと、まだ手に持ったショーテルが磁力を帯びて引き合う。落とした剣を引き寄せ、背後から亜竜種を突き刺すつもりだ。絶妙なタイミングに見えたが、亜竜種は全く見ずに尻尾で剣を絡めとる。不意打ちを捌かれた相手が絶句する中、トンファーの一撃がショーテル使いを貫いた。




