第四章 ダイジェスト・6
多くは伝わらないだろうと知りながら……酒も入ったからか、晴嵐は己の過去、地球文明とその崩壊について語る。かつて似たような立場の少女、生まれ変わった経験のあるテティ・アルキエラと比べれば、どうしてもスーディアの理解は鈍い。しかし晴嵐の言い分の一つ『難しく考えた現実的な救済』より『馬鹿馬鹿しくて華やかな救済』の方が、相手への受けが良いと語る、晴嵐の言い分は受け入れたようだ。
多くの人間が演出に酔い、耳に痛い忠言を煙たがったから、自分たちの文明は滅びたのだと。生き残った晴嵐は、情けないドブネズミだと自虐で締める彼に対し、若いオークは「ではあなたは、何を糧に生きているのか」と問う。
そんなものはない。死に損なっただけだと晴嵐は返す。思考停止して、過去の文明の過ちを繰り返したくないから、この世界の謎を追っていると答える。闇をさらけ出した老人の声に、若者は懲りずに声を掛け続けた。
彼の抱えた深淵を察しつつも、スーディアは彼に言う。どれだけ悔いても、戻って来るものは何もないと。反省するのは良いが、しなければならない……義務感だけで生きるのは苦しいと。何より――ここは晴嵐の世界ではなく、ユニゾティアなのだと伝えた。
償うべき相手も、罪を裁く相手もいない。過去の罪から感情を殺し続けていては、自分が生きている意味を見失うのではないのか? と老人に言う。
すぐに答える事は出来ず、生きがいとやらを持っているかとスーディアに尋ねる。彼は「今日こうしてセイランが、声をかけてくれたことが嬉しかった」と。それはささやかな喜びかもしれないが、小さな喜びを生きがいにしてはダメだろうかと問う。
過去の罪、文明の罪過を自虐し続ける晴嵐に、もうそんな生き方はやめてはどうかと伝える。彼は何も答えなかったが、指先は細かく震えていた。
スーディアの言い分を認めつつも、簡単な話ではないと反論する。過去を容易に振り払うには、晴嵐は老いて経験を積み過ぎた。何より晴嵐の胸にあるのは、強い強い恐怖だと。
平和な日常、あるはずの常識、ずっと当たり前だと信じて疑わなかった、文明の足場。無意識に頼っていたソレが崩れる恐怖を、晴嵐は忘れられない。生きがいを探す余裕さえなく、生存に注力しなければあっさり死ぬ世界。簡単に恐怖と過去を振り切れないが、何を言いたいかは飲み込んだ。
ふと、晴嵐はスーディアに問う。お主に何か、目標や生きがいはあるかと。
オークの答えは「先祖に恥じぬ生き方をしたい」と。
青臭い解答に苦笑しながらも――悪くはないと感じた。
思った以上に深い話題になったが、晴嵐は自身の内面を顧みる、良い機会になったと感じ礼を言う。他者への感謝を伝えるのは久々で、恐ろしく不器用な感謝となったが……すべて察していると言わんばかりに、スーディアは素直な感情で返した。
空気を換えるために、冗談半分で昆虫食の指さすスーディア。しかし晴嵐、滅亡文明で生きたが為に、昆虫食にも理解がある。初見でビビったと語るオークの青年は、共に行動していたもう一人のオークの名を出した。
ラングレー・マーリン。最初の森の中で共闘した人物。彼は現在、スーディアが所持する特殊なレイピアと、輝金属について調査しているらしい。過去の人物の名を出しつつ、とりとめも無く喋り続けた。
その頃――二人が話題に出したオーク、ラングレー・マーリンは何をしていたか。
闇の中、ある物品を運ぶ商人の護衛として活動していた。七つの車両に積み込まれたのは、この世界の必需品『輝金属のインゴット』だ。ユニゾティアでは、これを触媒に魔法を発動する。主な生産地の『ドワーフ山岳連邦』から、各種地域へ輸出中だ。
その中の一人、上物の衣服をまとった、場違いな人間が指示を出している。階級の違う人間だが、とっつきづらい気配はない。好奇心からか、ラングレーは積極的に関わりに行く。何故野営になったのかと尋ねると……主要ルートのホラーソン村近辺で、失踪事件が起きているらしい。リスク回避のために、野宿する経路を取ったようだ。今後の日程や道順を確認しつつ『オデッセイ商会』の商人との雑談をラングレーは楽しんだ。
一日を終えて……晴嵐はだるそうに目覚める。必要な情報収集や、マナーのため、周囲に馴染むため、何らかの必要があったから誰かと会話をしていた。何気ない雑談や気の抜ける間柄の関係は久々で……晴嵐は、久々に楽しかったと思えた。
長々と眠ってしまい、無駄な事を避けていた自分を知覚する。生きるために己を厳しく研ぎ澄まして来た晴嵐。生存に必要な行いは彼から己らしさをそぎ落としていった。そうして限界まで削り切った晴嵐は、この世に生きがいを感じなくなっていた。
何が正解だったのか、そもそも正解が存在したのかもわからないが……何かから目を背け、楽に生きようとし過ぎるのも。義務感のみで己を封じ込めるのも、どちらに偏っても不健康だとようやく悟る。まずは手始めに、特に用も決めずうろついてみる事にしよう。意味のない時間、意味のない思考を始めたことに……新しい意味があると信じて。




