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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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疑い

前回のあらすじ


 カートリッジをいくつか購入し、商人一族の話を聞く晴嵐。彼ら一族の初代は、千年前の戦争で儲けていたらしい。関連を疑うが……

 完全に固まってしまった晴嵐に対して、商人は眉を少し上げた。


「面白くない冗談だったか? ま、甘い商人なんてのは干上がるもんだし?」

「……そうじゃな」


 返事はしたが、相手との話に集中することが出来ない。今の彼はそれどころではない。これは果たして、どっちと取るべきだろうか……


(サトウ……日本でよくある姓の『佐藤』と取れるが……下の名前が日本人離れし過ぎてる。ハズレか?)


 自分の考えすぎと思いたいが……目の前の男、リリック・オデッセイの見た目は東洋人系の特徴がある。意外とこの世界では珍しくない容姿だが、その祖先が日本人関連の名前では、疑いを持たざるを得ない。

 だがここで晴嵐は気が付いた。姓と名があまりにも半端に思える。西洋式の命名にするなら、サトウはやや浮いた名ではなかろうか?


(崩壊前の日本では……確か、キラキラネームじゃったか? 西洋風な名を付ける事も増えていた気もする)


 仮に日本人風にするなら『佐藤 オデッセイ』……日本風にしろ西洋風にしろ、どちらにしても違和感が強い名前である。この場では判断しかねる晴嵐は、表向きの理由を作り会話を繋いだ。


「お主ら一族を見るに、甘さとは無縁そうじゃがな」

「いやいや、意外と甘い所もあったりなかったり? ただ、迂闊な事をしないってだけさ」

「余計な物を持ち運ばないとかか?」

「そそ。いやあんちゃんは話が分かるね……なぁ、実はちょっと気になっているんだが」

「なんじゃ?」


 商人からの声の温度が下がった。きらりと光る目線は、深くこちらの腹を探るような顔つきに見える。商人リリックが旅人に問う。


「もしかしてセイランのあんちゃんは……同業かい?」

「…………いいや」


 冷やかしや偵察を疑われたのだろうか? あるいは晴嵐の気配や口調から、何か思うところがあったのだろうか……隠しきれなかった所作を、目ざとくこの商人は見抜いたのだろう。この商売人は若いが才覚は侮れない。一瞬ぴりりと電流めいた緊迫が走った。


「……本当かね。どうもあんちゃんと喋っていると、全然気楽になれやしない。客と商人って感じがしなくてな。まるで……大手の商人と詰めの交渉してる気分だよ」

「ハッタリが効いているようで何よりじゃよ。随分と臆病じゃないか」

「『貪欲かつ臆病であれ』って家訓もあるんでね」

「矛盾してないかその言葉」

「攻める時と守る時のメリハリを、はっきりしろって教訓と解釈してるよ。俺はな」

「それが出来れば苦労はせん」

「出来ねぇと一瞬でカネが飛ぶ世界なんだわ」


 一見すれば雑談。が、静かな互いの語気の中に、探ろうとする者と探られまいとする者の空気がある。表面上は笑っているのに、決して心安らぐ空気ではない。現に近場で眺めているスコットは、何故か冷や汗が止まらなかった。あまりに二人が真剣なもので、知った顔二人のやり取りに何も言えない。

 言葉のやり取りを介して、晴嵐としてはこの商人に正体は明かせないと判断した。金儲けと称して、どんな厄介事に巻き込まれるか……分かったものではない。今更静かに暮らす気はないが、進んでトラブルを増やしたくはなかった。物と物を介した稼業『交換屋トレーダー』であった事も、そして別世界から来たと言うことも。


「あぁ、怖い怖い。金の切れ目は縁の切れ目か」

「商人に取っちゃ命の切れ目だよ」

「それは商人に限らんのでは?」

「言えてるが、切迫度合いが違うよ。商人は商人以外の技能がない。コレでやらかしたら人生詰むんだよ」

「……それが分かってるお前さんは、事前に詰みを避けるじゃろ」


 適当に話したつもりなのだが、むしろ相手の目が細められリリックは晴嵐に問うた。


「……なぁ、やっぱりあんちゃん同業だよな?」

「違うが?」

「嘘つけ。俺と感性が近すぎる。ぼんやり生きている奴と違うだろ」

「答えはそれじゃよ。ぼんやりと生きていないだけだ」


 何も嘘は言っていない。晴嵐は真剣に、この世界の歴史を考察しているだけであり……そして今は商売人ではない。過去は近い事をしていたが、『カネとモノを交換する商人』は、一切手を付けていないのも真実である。説明はしていないが、その義務も義理も、の商人に対しては持ち合わせていない。

 全く納得していない様子だが、これ以上問い詰めても意味なしと踏んだのか、渋くリリックは顔を背けた。後々この商会を利用するかもしれないので、適当にフォローを入れておくことにする。やや口惜し気な空気を見せつつ、晴嵐は会話の流れを変えた。


「話が逸れたが……ここではあまり、歴史を調べるのに向いていないんだな? お主にも持ち合わせがないと」

「それは間違いないな。ウチの商会の支店もあるけど、在庫は期待しない方がいい。売れないものは蓄えないし、今は祭りの方に力が入っているはずさ」

「だろうな。時期も悪かった」

「……どうしてもってんなら、首都ユウナギの方から取り寄せる手もあるが?」

「その手は喰わん。余計な手間賃を上乗せする気じゃろ」

「サービス代金って言ってくれよ」

「じゃが、そうだな……首都ユウナギの方に行った時、お主らの商会を使うのも悪くないか」


 リップサービスの一環だが、本当に使っても良いとは思う。大手の力、ブランド力は侮れない所がある。しかしこの商人は、きっちりもう一歩踏み込んできた。


「それなら……ほら、コレやるよ」

「……?」


 小さな赤色の鉱石……いや、石と呼ぶには薄すぎる。薄い金属のプレートは輝金属製に違いないが、一体これはなんなのか。商人はニシシと笑った。


「割引券だ。ユウナギの本店に行ったら使うといい」

「どうも」


 恐らく口先だけで終わらないように、きっかけを与えておこうという事か。時間が経てば忘れてしまうは人の性。ならば『自分の商会を使えば、特典を得られる』と、唾を付けておく……か。


「抜け目がないな」

「それが商人って生き物さ」


 大げさに肩を竦め合う、晴嵐と商人。

 別れ際でさえも、お互いに打ち解ける事は無かった。

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