商談は抜身の刃の如し
前回のあらすじ
商談を進める身なりの良い商人を尾行すると、その規模に晴嵐は驚いた。大規模な商隊を率いる商人に、一度撤退しようと考えたが、間が悪くラングレーと遭遇してしまう。
雑談に入るが、これを好機と考えた晴嵐は……商人に歴史系の資料を売っていないか聞いた。
見かけ上は、三人仲良く談笑しているようにも見えるだろう。旅人と、雇われ傭兵と、雇い主の商人の三人組。光景事態は珍しくないが、うち二人の空気に、静かな緊張感が走っていた。もちろん、表面上は礼節と常識を弁えた上で、である。まずは商人側から問いかけが飛んだ。
「どうして史実なんてものを? 別に知らなくても、生活には困らないだろう」
「純粋な知識欲じゃよ。今、ユニゾティアを旅しているのも、同じ理由じゃ」
「ふーん……どこから来た?」
「遠い所から、とだけ。ホラーソン村で思い立ち、『緑の国』を巡って、今は『亜竜自治区』にいる」
「変なルート」
「思い立ったが吉日とも言うじゃろ。効率の良い順番があるのも、想像つくが……別の座視を持つのも悪くあるまいて。それに学びを得るのは、何年たっても楽しいものさ」
「同感だ。勉強は良い、見える景色が広がる。金儲けにも役立つしな」
当たり障りのない会話の中に、相手の素性を探ろうとする意図がある。晴嵐も話せる範囲、明かせる範囲で提示する。けれどまだ、最低限の信用は貰えないらしい。老人の腹の底を探るように、声のトーンを下げ商人のリリックが問う。
「だが良い事ばかりでもない筈だ。見たくもない物、考えたくもない物まで、理解できるようになっちまう。ただ生きるだけなら、知識はなくてもどうにかなる。考えるのが面倒だって人間は少なくないが……」
「否定はせんよ。じゃが……何にも考えようとしなかったツケを、支払ったことがあってな。もうあんなのは二度と御免だ」
「ふぅん。若いのに苦労してんだな」
「お前さんだって若いじゃろう?」
お互いに軽く笑うも、やはりまだ警戒心を残している。けれど多少心を許したのか、ようやく本題に入る事が出来た。
「さて……確か若い旅人のあんちゃんは、史実について知りたいんだったな? その周りの本とかも欲しいって訳か」
「あぁ」
「……悪いが、今は持ち合わせがない。今は輝金属を運んでいる最中なもんでね」
「全く一つもないのか?」
「あるにはあるが……あんちゃんに売りつけたら後が怖い」
大げさに肩を竦めて見せる商人。おどけているように見えるが、瞳の奥に本物の恐怖が見え隠れしている。晴嵐は警戒心をさらに高め、低く唸って内容を聞く。
「全くのデタラメを書いている本か? よくそんなものを売っているな」
「暇人が飲み物片手に適当に読むもんだよ。本当かどうかはともかく……刺激が欲しいから、歴史をネタに娯楽にした奴ばかりさ。だからセイランのあんちゃんみたいに……ガチで考察している奴に勧めるモンじゃない。鼻で笑われるか、逆に大笑いされるか、呆れて捨てられるか……下らな過ぎてブチ切れるかだよ」
「それでも金儲けは出来るじゃろ?」
「売る相手は選ぶさ。あんちゃんは……下手に怒らせると、利益以上に損害を被りそうなんでね」
「…………」
よく分かっているじゃないか――危うく口に出そうになる本音を、晴嵐は口角を上げて隠した。つられて笑う商人の顔も、腹の内では笑っていない。
互いに見つめ合う瞳は、気安さを一欠片も含んでおらず――まるで刃を抜いて突き付け合うかのよう。事実二人の感覚は、恐らく『武人祭』で敵と睨み合う戦士たちと変わりあるまい。商人同士の取引は、銭と物を使った凌ぎ合いだ。自分と相手の探り合いである。綺麗に丸く収まる取引など、毎回起こり得る訳ではない。
晴嵐は過去、滅びた地球文明の中で――物資と物資を交換して巡った『交換屋』としての感性が蘇っていた。こちらの世界の知識はないが、人と人とでやり取りした経験と知恵ならある。軽く圧を見せつつも、紳士的な声色で商人に問う。
「仮に、比較的良い作りの本が手元に在ったら……どうする?」
「すぐには売らないね。他にも欲しがる奴はいる。そうだな、売れ残ってる奴や……状態悪い奴なら流したかな」
「ほう?」
「誤解がないよう断っておくが、もちろん値段は下げて売ったぞ? あんちゃんみたいなの相手にする時こそ、『手は抜かずに誠実に』ってのが家訓なんでね」
「家訓……わしには縁遠い話じゃな」
「そりゃ羨ましいね。こっちは色々と縛られて息苦しい」
その時の互いの顔と会話は、奇妙な状態だった。
お互いに相手を羨むような雰囲気があるのに、話している当人同士は決して喜びを欠片さえ見せない。先に気が付いたのは晴嵐。彼は自分の目的を思い出し、使えると踏んだ。
晴嵐の目的は……この歴史の流れを知り、千年前の真実にある『地球人の痕跡』を暴く事。この世界に散在する地球人の陰を暴き、世界で何があったのかを知りたい。もう何も知らないまま、気が付いたら世界が滅びてしまっている……そんなのは二度と御免だ。
だから晴嵐は、質問の切り口を変えた。
「家訓……と言ったな」
「あぁ、俺たち『オデッセイ商会』のしきたりみたいなもんさ。幼いころから叩き込まれてるもんで、もう骨身に染みついている。ま、時々役に立つから侮れないんだが……」
「……その家訓、いつからある?」
「うちらの商会も古いからな。正確には分からねぇ。途中で追加された語録もあるもんでね。ただ、初代から受け継がれているってのは聞いた事がある。」
「ふぅむ……なら、その商会について聞かせて貰えないか? 商人リリックの目線から」
「……………………そう来たか」
若い商人が晴嵐の言葉に笑う。
彼は、世界の歴史は分からなくても、自分たちの歴史なら語れるだろうと詰め寄ったのだ。
ちらりと意味深に目線を動かしたのを見て、晴嵐は暗黙の了解を受け取る。
「……他に何が売っている?」
「そうだな……今売れるのは、出来立てホヤホヤのカートリッジぐらいかな」
話してもいいが、タダでは癪に障る――商人なら当然の心理だろう。
情報量に物が付いてくると考えれば、高い買い物ではない。そう判断した晴嵐は、商人からいくつかの物品を買い付けることにした。




