「もしも」に備えて
前回のあらすじ
一通り輝金属産業を聞いた晴嵐は、相手のラングレーから『不穏な輸出』について耳にする。緑の国で輝金属の買い付けが進んでいるそうだ。皮肉交じりに、念のために伝えておくと彼は去った。
ラングレーと別れた晴嵐は、彼の言う『ドワーフ山岳連邦』の情報を精査する。
輝金属云々の話は、身近な技術の話だ。小話として頭に残すとして……大事なのは『ドワーフ山岳連邦』から『緑の国』への輸出が増えている点。ラングレーは曖昧な表現をしていたが、不穏な気配を感じているようだ。
そして恐らく……ラングレーの推察は正しい。
これは表に出来ない情報だが、晴嵐は『緑の国』で起きた事件に一枚嚙んでいる。その際協力者から、緑の国の政界で、不穏な気配があると忠言を受けた。晴嵐が『緑の国』から出国し『亜竜自治区』へ移動した一番の動機は、危険から遠ざかる目的があった。
(じゃが……亜竜自治区ではまだ、逃げきれていなかったか……?)
話を総合して考えるに、ここと緑の国で戦争の起こる可能性は、それなり以上にあると思える。さっさと離れるのが賢明に見えるが、晴嵐は少々悩んだ。
――まだ、この地域での情報収集は不十分だ。亜竜種の文化や祭りは知れたが、千年前の歴史については、ほとんど知ることが出来ていない。そういう意味ではラングレーの……輝金属周りの話は、少しだけ進展したとも言える。が、それはこの地域の話ではあるまい。
全く存在しない可能性もあるが……せめて『あるのかないのか』ぐらいは、調べておきたいものだ。
(戦争のせいで失われた……なんて事になったら、目も当てられん)
戦乱の中で史跡が失われる話は、地球基準でもよく聞く事だ。『緑の国』の風潮を知る晴嵐としては……彼らが勝った時、他の民族に配慮するとは思えなかった。彼らの自民族至上主義っぷりは、肌感覚で知っている。史跡が壊される危険性は、十二分に考えられた。
しかし、そもそも史跡が無い可能性もある。その判断を下すには材料が必要だ。撤退するにしろ、残って粘るにしろ、まずは軽く探らねばなるまい。
それはそれで必要な行為と理解しつつ、もう一つどちらでも良いように、備えておく事がある。ラングレーと別れた晴嵐は、いくつか道具屋と、食料を取り扱う店を巡り始めた。
彼は店に入ると、すぐに店員にこう尋ねる。
「保存の効く食い物は置いてあるか?」
買い占めと言うほどではないが、晴嵐は干し肉や漬物のビンなどを買い集めておく。戦争が起きたり、その予兆がはっきり見えた後では、確実に値上がりするに違いない。保存期間に変わりがないなら、早いうちに押さえる方が賢い買い物が出来るだろう。
仮に戦争が起きなかったり、晴嵐が撤退を選んだとしても問題ない。各所を旅して、この世界の歴史……千年前の真実を探し続ける事は変わらない。保存食を持て余す事態は、まずありえないだろう。
「後は水じゃな……確か……」
この世界は、魔法による浄水が出来たはずだ。緑の国の裏路地街、その井戸では安定して清潔な水が供給されていた。雑貨屋で尋ねてみると、使い捨ての物なら安価で購入できるという。五つほど仕入れて置き、荷物袋にしっかりと入れておいた。
「水とメシは最優先せねばの……」
やはり何にせよ、窮地や混乱が予測されるなら……水と食料は最優先で確保しなければならない。災害や戦争が起きたら、誰だって集めようとするだろう。そうなったら早い者勝ちだ。
早とちり、勘違い、デマに踊らされたと笑い話に出来るならいいが……もし危険な状況に変化したら、悔やんでも悔やみきれない。晴嵐はこの用心深さで、今の今まで生き残ってきた。
「さて……備えはとりあえず良いとして……」
今後の身の振り方を考える晴嵐。外回りを引き上げ、仮の宿に晴嵐は戻った。往来で物を考えるより、静かな室内でゆっくりと思案を巡らせたい。新品に変えたライフストーンを取り出して、乱雑にメモを取りつつ考えていく。
(史跡は……どう探っていくかな……)
人伝手に探るのは、今はかなり難しい。
『武人祭』開催中な事が裏目に出た。現状この地域にいる人間は、歴史云々より闘争を見に来ている。話題を振っても知らないだろうし、煙たがられることは目に見えていた。
「酒場に行っても……ダメじゃな。今の流行りに話題を持っていかれる」
急な移動で仕方なかったとはいえ……歴史を学びに行くには、タイミングが悪すぎた。もちろん中には、興味のない人間もいるだろうが、探す手間が多すぎる。
となるとやはり……本屋か資料館を探すべきなのだろうか? しかし晴嵐はこれにも首を振った。
(亜竜種は……あまり知的な種族では……全く残していない事は無いだろうが、うーむ……)
戦闘能力に優れる種族だが、彼らは体の構造上、知恵を得るのが難しいらしい。直立に近い矯正をすれば出来るそうだが……果たして野良犬の晴嵐と口を利くだろうか?
(八方塞がりか……やはり移動してしまうのも手か……?)
黙考する晴嵐は、もう一度首を振った。考えても考えても、どこかで手落ちがあるように思えてならない。一応最後に思いついたのは『武人祭の終わりまでは待つ』だ。
(流行りの変わり目なら……情報を取れるかもしれん。その前に戦争になるリスクもあるが……細かく買って備えておこう)
最悪、戦争状態になったとしても……全く完全に抜け出せない、という事もあるまい。危険な状況は避けたいが、目的を果たすには、避けて通れないかもしれない。
(この世界に馴染むのも悪くないが――やはり地球の名残があるのは、不気味じゃからな)
銃と悪魔の遺産、そして千年前の悪魔と、地球文明……
明らかな異界であるはず。なのに元の世界の名残がある。この不気味さを放置することが、晴嵐にはどうしても出来なかった。
――それが何かの予兆だとするなら、見過ごして後々、後悔する事になるかもしれないから。




