ウォームアップ
前回のあらすじ
酔いつぶれるオーク共の脇を抜け、ねぐらの洞窟の上にある通気口へ、反逆者のオークは晴嵐を誘導した。改めて計画の詳細を伝え、晴嵐は救出対象の容姿を詳しく聞く。直接対面するのはこれで最後と言い残し、互いにやるべき準備を進めた……
早朝……森に囲まれた洞窟の背面、木々に囲まれた泉の隅で、一人のオークが体を動かす。
青い切っ先が陽光に照らされ、放たれる刺突が風を切り裂く。崩れ去る人影を見届けた直後に跳躍し、腕甲に覆われた左手を木の枝へのばした。
片手で掴むと同時に幹を蹴り上げ、次の木へ飛び移る。獣人に負けずとも劣らない立体機動を駆使しながら、握ったレイピアで人形を貫いていった。
戦闘訓練用魔導具が、立体投影標的を動かしオークを狙う。七割を撃破しても、最高難易度では士気が下がらない。残り六体の幻影が遠隔攻撃を仕掛けてきた。
すぐさま木を盾にし、射撃の切れ目を待つ。隠れた相手へ三体の幻影が集まり、大型の弾丸を成形した。オークごと命中判定を持つ攻撃を放つつもりのようだ。
即断即決。オークは影から飛び出し、詠唱する相手にではなく、警戒中の一体を蹴り飛ばす。吹き飛びながら霧散する人影を尻目に、棍棒を振り下ろす幻影を『腕甲から発生させた魔法の盾』で受け流しつつ、背後から迫るもう一体に衝突させた。
もつれあう影を背に、正面から大型弾が迫る。オークは引かず、むしろ全力で駆け――着弾直前でスライディングで下をくぐった。三体分の幻影弾が、もつれあう二体の幻影を吹き飛ばす。背筋と、肘と、尻の筋肉を律動させて跳ね飛ぶように上体を起こし……構えたレイピアが急所を穿った。全滅を認知した魔導具が、音声を流す。
≪設定数の標的消失。対集団訓練・最上級を終了します≫
血を掃う動作の後、愛用の剣を鞘に納める。立体映像故にに汚れはしないが、実戦では必要な事だった。身体が覚えた挙動は、訓練でも怠らない。
本当なら次に挑むのだが、気配を感じた彼は背後を見つめる。寝不足なのか、目にクマを浮かべた仲間が声をかけた。
「よーう。今日も早いなスーディア。休んでなくていいのか?」
「……大事な日だからこそ、いつも通りか確かめないと」
「相っ変わらずクソ真面目だな」
呆れて首を振る友は、傍目に見てもやつれている。不審に思ったスーディアが歩み寄ると、友がそのまま耳打ちした。
「相棒、良い知らせがる。聞くか?」
「……彼女についてか?」
「あぁ……村からの隠密が一人近くに来てる。お前と別れた後ナイフで脅されてな?」
スーディアが驚愕に目を見開く。反応を待たずに続けた。
「大事なのはこっからだ。そいつに上手い事話をつけて……お前と長が決闘してる間に、俺が用意してたプランで助け出す算段になってる」
「! 本当か?」
「あぁ。だから前話してた『オレが気づかれる可能性』は消せた。おまけにかなりの腕前だ……確実に逃がしてくれる。断言できるぜ」
疲弊を感じさせた理由はそれか。きっと早朝に仕込みを済ませたのだろう。聞く限りでは命の危険もあったに違いない。スーディアは頭を下げた。
「……すまない、ラングレー」
「おいおい、そういう時は謝るんじゃなくて礼言ってくれよ」
「そうだな……ありがとう」
「昨日も言ったが、まだ早いっつーの」
「全く、どっちだよ」
軽妙なやりとりが胸にしみる。一人ではない。孤独でない実感が魂に火を入れ、スーディアはやるべきことを口にした。
「俺は出来るだけ粘ればいいんだな? 彼女が逃げ出せるまで」
役目を理解し、己を捧げる意志が全身に力が入る。彼の覚悟を見た友は……シニカルに笑った。
「……いいや」
「何?」
「オレが救出役ならそうするしかなかった。けどアイツなら、お前が最短でぶちのめされても……絶対問題ない。何よりさ、お前はそんな器用な事できねーよ」
「……」
つられて苦笑してしまう。全く以てその通りだった。
世を渡る器用さ、スーディアにはない。率直に過ぎる物言いは往々にして疎まれる。だからこそ……彼はこうして反逆するに至ったのだ。
改めて、得難き友の存在に感謝する。スーディアが盲目になりそうな時、しっかり肩を叩いて、目を覚ましてくれるラングレー。彼がいなければ、自分はどこかで折れて腐っていた。
肩ひじを張るオークへ、激励の言葉を友は贈る。
「だから……お前らしくやりゃあいい。ケツは全部オレが持ってやる。そして出来れば……あのクソッタレな長に一発ぶち込んでくれ」
「……あぁ。必ず」
固く握り、突き出した拳を打ち鳴らす。滾る血潮が鼓動を刻み、戦意が研ぎ澄まされ目が覚めるようだ。
鋭敏になった感覚が、不意に何かの気配を捉える。朝日と木陰の間から、誰かかこちらを見ている……? 背筋がひやりと冷たくなり、オークは木々を注視した。
「どうした? スーディア」
「いや……今誰かに見られた気が……」
群れの誰かに見られたか? しかしそれなら隠れる必要もない。会話しつつ警戒しても、二回目の視線は感じなかった。
「……気のせいか」
「やっぱりちょっと緊張してねぇか? もう休んだ方がいい」
「そう、かもな」
本番に備え、ある程度は身体を休める必要もある。一度泉の水で身を清め、スーディアは群れの中へと戻った。
木々の隙間に潜む元老人には、最後まで気が付かなかった。
用語解説
立体投影標的
魔法の幻影による、戦闘訓練装置。素振りよりずっと、緊張感のある訓練が可能。幻影の動きも、ある程度難易度設定も可能のようだ。




