鬼気迫る攻防
前回のあらすじ
スター選手の登場に沸くギャラリー。溜息をつくクレセントを晴嵐がなだめる。亜竜種にとって優れた容姿を持つ戦士は、相手の曲刀、二刀流のショーテルに苦戦していた。
騒がしい面々が困惑する中、真剣な眼差しの者たちも息を飲んでいた。
ショーテル使いの攻撃が続き、亜竜種側が押されている。上手い事捌いてはいるが、ショーテル使いの攻めも決して単調ではない。左手側を横薙ぎに振るった直後、右手側のショーテルが真っすぐ突きいれられた。
が、この突きは非常に曲者であった。剣が曲刀なため、ただの突きでさえ間合いが狂う。
動作としては『直進』だが、歪んだ剣は曲がるような錯覚をもたらす。奇抜な装備の特性を、その戦士は十二分に生かしていた。
視点を動かし見つめていた晴嵐は、その挙動を渋い顔で眺めた。
「傍から見とると分かりずらいが……あの武器、クソ面倒じゃな」
「セイランは戦った事ハ?」
「戦ったどころか初見じゃよ」
「そうカ……あなたならどう攻略すル?」
「む……」
返答に困る質問だ。晴嵐としては、初見殺しを喰らわないための勉強中である。攻略法は一通り見てから考えるし、そもそも晴嵐は「武人」ですらない。攻略も何も、厳しいようなら逃げてしまえばよいのだ。
が……全く戦闘を想定しないのも、対峙した時に危険であろう。しばし目を閉じ、思い浮かぶ手を適当に述べた。
「飛び道具が有効に見えるな。あの剣は間合いを狂わせるが、それは使い手側も同じ。視認しずらい針や棒のような……暗器系の投げ物は捌きにくそうだ。鎧の腕甲で弾かれるだろうが……」
「ふム……なるほど」
答えが気に入ったのか、ライフストーンに書き込む亜竜種。実際に対峙してはいないが、やはり一度目にすれば……多少は知恵を働かせ、対策は思いつくものである。
しかし対戦中のトンファー使いは、遠隔での攻撃が出来るのだろうか? 何度目かの攻防を重ね、開いた間合いから亜竜種の戦士が構える。
「……同じ結論に至りましたカ」
「何?」
高速移動と飛行に用いていた、トンファーの魔法を左手側に集中する亜竜種。淡く緑色に発光する鉄の格闘武器が、塵を巻き上げ風の弾丸を成形し――一発鋭く放たれる。
やはり防ぎずらいのだろう。両手の曲刀を交差させ、放たれた風の塊を防ぐ。が、視界が塞がれた瞬間に、一気に亜竜の戦士は懐に飛び込んだ。
一度距離を詰めてしまえば、間合いの有利不利は逆転する。
外側に反った曲刀は、格闘距離においては「刃の部分がすぐに敵に命中しない」弱点となってしまう。対してトンファーは格闘武器だ。相手に張り付くような立ち回りで、亜竜種の戦士は曲刀を逃さない。
有利不利の逆転に湧くギャラリーをよそに、その攻防の決死っぷりは鬼気迫っていた。
曲刀使いはもう一度距離を取ろうと、不利な状況でも懸命に刃を振るう。不利が付くのは至近距離のみだ。この状況を脱すれば、もう一度逆転が見込める。
当然亜竜種側も、そのことは理解しているだろう。ひたすら後退を試みる相手に対し、ベタ足の前のめりで敵を逃さない。遠隔からの不意打ちも、二度目からは対応されるだろう。この攻防で決着をつける覚悟が見て取れた。
食らいつき、逃さぬと打撃を叩き込む亜竜種と
この死地から逃れ、仕切り直しを狙うショーテルの二刀流。
機動力と飛行に目が行きがちだが――晴嵐はその挙動に、クレセントと同様の鋭さを見る。師と仰ぐだけあって身体のキレが良い。一流まで研ぎ澄まされ、無駄を省いた挙動は、それだけで常人の技と比べて『早い』と感じる。ましてや決死の気を込めた全身は、画面越しでもひしひしと気迫が伝わってくるようだ。
「落としタ!」
その猛攻に耐えかね、ショーテルの片方を取り落とす。崩れる均衡の音は金属音。手数の減った腰に打撃が掠める。直撃ではないが衝撃は十分だ。ぐらりと縺れる足、止まらない攻め、決着の予感に白熱する周囲の中で……男のドブネズミの勘が作為を察知した。
「何かおかしい。大げさに見える」
「エ?」
「なぜ落した剣に目線を……むっ!?」
追い詰められたショーテルが、何か赤色の光を纏う。
この世界の金属、特に武器であれば輝金属な事は自然だ。今まで一度も、ショーテルの魔法は発動していない。あからさまな気配を亜竜種に見せつけ、視線はちらりと片手側に向く。
が、観客は全く別の物を見ていた。取り落としたもう片方の剣が青く発光し、カタカタと揺れ動いている。まるで相方の剣と引きあうような動作に、亜竜種が呻いた。
「磁力系の武器……狙いハ――」
「わざと武器を落として、死角から引き寄せて刺す気だ」
タイミングも絶好と言える。
長い不利の続いたフラストレーション。手にしたと思える好機。敵の武器を叩き落とし、勝利が見えたタイミングで発動させたのだ。
卑怯極まる戦術だが、狙いどころは絶妙。それは均衡が崩れ、勝機に匂いに酔った僅かな隙に差し込まれた魔手。観客が息を飲む刹那、磁力に引き寄せられたもう片方の剣が背中に飛ぶ――
直撃の機動。振り向きもしない亜竜種。逆転の一手が決まったかに見えたが――全く背面を見ないまま『尻尾』が跳ねあがり、亜竜種は背後から狙った剣を絡め取る。
絶句するショーテル使いの顔面を、トンファーの一撃が貫いた。




