決闘前夜
前回のあらすじ
救出計画を聞き出し、大まかに問題ないと判断できた晴嵐。腹を決めるオークと裏腹に、軽薄に己を自虐し、覚悟などしない彼。大物と勘違いされたが、一応は背中を預けるに値する相手と、互いに了承し合った。
「よし……まずは場所に案内せい。気配は殺すが妙な動きをしたら……わかっとるな」
「……わかってら」
再び晴嵐は存在を闇に紛れさせ、オークの若者から認識を絶つ。息を飲むオークだが、やがて仕事を思い出して、彼を予定の場所へ導こうとする。その前に一つ、一方的に晴嵐に伝えた。
「……これから酒盛りしてる群れを通る。オレを見失ったり、連中に見つかるなよ」
わざと聞こえるように男が鼻を鳴らす。そのままオークの若者が酒盛り現場を通過した。どいつもこいつも酔っ払い、注意力が落ちている。時折声をかけられたりしても、若いオークは飄々とすり抜けた。
遠目で追跡し、たまに木の陰から接近しても、何も騒ぎは起こらない。シラフの集団ならともかく、酒に溺れた連中の意識をごまかすなど、隠密術に長けた晴嵐には朝飯前だ。
他者の目が無くなる度に、オークが周囲を見渡す。その度に晴嵐はわざと気配を出してやった。他に余計な動きはせず、難なく二人は拠点の上にたどり着いた。
洞窟内部が下り坂なのだろう。その場所は地面からさほど隆起していない。多少開けた小高い丘の上に、大人三人が通れる程度の穴が空いている。オークは指差した。
「……ここだ。この穴から逃げ出す予定だ。道具は朝方に置いておく。それまでアンタは、自分の目で見分してくれ」
「信じろ、と言わんのじゃな」
「アンタなら絶対警戒するだろ……馬鹿な長でもわかる」
オークは堂々と肩を竦めて見せた。事実その通りなので、荒い鼻息を返事にする。
「中の地図は大まかに書いておく。できれば鍵も持ちだしたいが、こっちは難しいと思ってくれ」
「……一応手持ちもあるが、鍵開け用の道具はあるか?」
「すまん、そもそも在庫がない。長が力任せに開けちまうからな」
「………………脳筋と愚痴りたくもなるな」
「だろ?」
呆れかえるオークに同意しつつ、おぼろげに見えた道筋を頭で組み立てる。後は女の風貌を知りたいが、下手に聞くと面倒を招きかねない。晴嵐は慎重に言葉を選んだ。
「顔に……容姿に傷はついていないか? 人相が変わっておると間違えるかもしれん」
「……いや大丈夫。負傷はしてない」
「そういう質問ではない。見た目が変わっとらんか聞いとる。例えば髪を切られたりしとらんか? 印象が違うじゃろ」
「サラサラのゴールデンロングのままだよ。紫水晶みたいな両目も無事さ。それに……会えば間違えないはずだろ? あのいかにも、こう……引き込まれる感じ……」
「『お姫様』オーラか?」
「そうそれ」
あえて砕けた言葉を使い、不審に思われる前に話題を切り上げる。少々不安な情報量だが、なるほど大人の冷静さを持つ、物静かで人を引き込む女性か。大まかな人物像を頭に入れる晴嵐に、オークは念押しする。
「これからオレはスーディア……決闘挑む奴や諸々の下準備で、アンタと話す時間がないと思う。縄を運び込むついでに、メモ挟む程度が限界だ。他に聞いておくことあるか?」
あまり確認すべき事柄はない。晴嵐としては村の仕事と、少女さえ助け出せれば……後はどうでも良い。事務的に淡々と質問した。
「……時間はどれぐらい稼げる?」
「決闘の時間次第だからな……正直なんとも言えない。最悪だと20分前後だろうな。ここから抜け出すだけで手一杯かもしれねぇ」
「お主の目算は?」
「倍は稼げると踏んでいる。それなら逃げきれるだろ?」
「……うむ」
本音としては、少々不安を覚える数字だ。『お姫様』の体力、運動能力次第では追いつかれるかもしれない。会った時の印象次第では『お姫様』を見捨てる選択も必要と考えた。
まっ黒な思考を隠して、晴嵐が続ける。
「『お姫様』に段取りを伝えているか?」
「大まかには。けどそうだ……オレが助けるって話で止まってら。アンタの事を伝えておかねぇと」
些細な事だが、段取りは重要だ。特に時間に限りのある場合は。
一刻を争う状況下で、いちいち説明している暇はない。その数瞬が明暗を分けてしまうこともある……そろそろ潮時と、彼は行動を促した。
「……よし、後はわしが勝手にやる。お主も仕事に取り掛かれ」
「OK。上手くやってくれよ……!」
晴嵐は最後まで名前も告げず、協力者と別れる。
開いた穴をじっと見つめ、深い夜の闇に紛れながら、脱出計画を一人静かに練り始めた。
***
瞳を閉じ、金の長髪が風に揺れる。
洞窟を流れる冷たい風は、囚われの人々には肌寒い。
入口から聞こえる騒がしい声に、少女は心を動かさず耐えている。
村から攫われた運のない人たちは、少女を含め十数人。
これから待つ後ろ暗い人生に、皆が皆暗澹たる顔で、洞窟内の闇に埋もれていた。
ほぼ全員が外に出払い、がらんとわびしい洞窟の方へ……足音が一つやってくる。
彼女とは別の金髪女性が、足を引っ込め震え上がる。ヒステリー持ちの彼女は……本人の問題もあって、何度か殴られ顔にあざを作っていた。
「も、もうヤダ! 早く助けてよ! お父様!!」
なんと甘ったれたセリフか。お姫様らしくもない。
いや、悪い意味でお姫様の典型か? 生まれ変わる前、自分が彼女と同じ立場で生きていたなど……あまり考えたくない。こんな無様を自分がしたら、恥に溺れて死んでしまう。
程なくして、一人のオークが忍んでやってくる。首を動かし警戒の後、騒がしい少女を無視して『お姫様』の前に屈んだ。
「……いいか? 予定とちょいと変更がある。村から一人偵察が来ててな。そっちと話をつけた。やたら物騒で愛想のねー男が、ここに助けに来る」
「本当? でもそれなら……私の優先度は下がると思うけど」
ヒステリーを起こす少女に目を向けると、若者は「わからない」と正直に言った。
「なんか見た目を聞かれたし、今思えば尋問が執拗だったな……どういうことだ?」
「それなら……雇われかもしれない。村人なら絶対、私より姫の方優先する」
「……つくづく思うが、テティの方がよっぽどお姫様してるぜ」
「年季が違うもの」
恐怖に心を折ってしまい、無様な少女を揶揄して見せる。彼は茶目っ気を見せた。
「例の話、ちょっと信じる気になって来た」
「普通は信じないし、見抜けない。スーディアが異常なだけよ」
「違いない。あぁ、違いないな」
密談に花を咲かせ、洞窟内に声が反響してしまう。もう一度辺りに注意して、味方の彼は一礼した。
「これから準備に入る。できれば……スーディアの勝利を祈ってくれ」
「……うん」
青白い剣を握るオークを思い返し、少女は神妙に祈る。
それしかできないことが、歯がゆかった。




