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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第一章 異世界編

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共闘

前回のあらすじ


 ナイフで脅されたオークは、自分たちの計画を明かし、一枚噛まないかと男に提案する。事情をある程度話し、男は警戒心を残しつつも、互いを利用し合う形で協力関係を結べた。幾分か気がゆるんだヨークは、軽い気持ちで男……晴嵐に話す。

『救出対象の女性は、かつて別の世界でお姫様として生きていた』と。

 筋肉隆々の肉体に、緑色の肌、装備は以前のゴブリンよりずっと良い。軽装備だが肉体の要所をしっかり守っており、言葉も明瞭に話せるようだ。

 痕跡を辿り、拠点まで距離を詰めた晴嵐は、二人のオークが密談する場面に遭遇した。聞く限りの印象では、やはり終末世界の略奪集団に近そうだ。

 彼らは力を持つボスが統率している。強権と暴力、恐怖によって群れをまとめているが、結果として下っ端は不満を募らせているケースが多い。収奪した物資の配分で揉めたり、欲望や憤懣を溜めた輩が、背中から味方を刺すことも珍しくない。一言で示すなら『ヒャッハー!』と擬音が聞こえて来そうな連中だ。

 互いの仲間意識は脆く、少し口車に乗せてやれば内部崩壊も引き起こせる。今回はこちらが唆す前に、向こうからその話題を振ってきた。

 嘘の気配を感じさせれば、一通り吐かせた後で処分しただろう。ゲロった内容は盗み聞いた会話と矛盾はなく、こちらをハメる意図や罠は見当たらない。

 だからこそ……晴嵐は非常に悩ましい選択を迫られた。

 オークに吐かせた人質の情報は全くの想像外。『別の世界で生きていた記憶を持つ』境遇の人間は、晴嵐だけと思っていた。最初は詐欺とも考えたが、こんなデタラメな作り話があってたまるか。騙すなら誰でもつい引っかかる話にする。少なくとも晴嵐ならそうする。


(これは……貸しを作りに行くべきか)


 事実か確かめようのない情報だが……もし本当なら危険を冒す価値がある。経緯が晴嵐と同一でなくとも、この縁は何かと役に立つに違いない。右も左もわからない世界で、自らの立場を明かし、共感を期待できる人間なら……確実に救出したい。

 指針を固めた彼は気配を殺し、解放したオークへ計画を訊ねた。

 ――内容は至ってシンプル。『神聖な決闘』は部族全員の立ち合いの下、行われるのが通例らしい。その隙に拠点の洞窟から『お姫様』の拘束を外して逃げ出させる算段だそうだ。


「出入口の数は?」

「一か所だ」

「……やれやれ、成功すると思っているのか?」

「そこから逃がすほど馬鹿じゃねぇよ」


 拠点の洞窟には、何か所か上部に換気用の穴がある。そのうちの一か所は、人が通れるサイズがあるそうだ。穴からロープを垂らし『お姫様』を引き上げ、その後綱を切断すれば容易には追えない。正面入り口から視線も通らず、このオークと『お姫様』なら逃げ切れると言う。


「ふぅむ……女の状態は?」

「縄と足枷で拘束されてる。ちと衰弱してるが、まぁ登れなかないだろ」

「縄梯子はないか?」

「……ないと思う。あの脳筋長め」


 頭を抱えるオークの若者。確かにロープは汎用性に富む道具だが、高所への上下に向いた道具かは微妙だ。弱った女を引き上げるのには難儀するだろう……工夫を凝らす必要がありそうだ。


「後でその穴に案内しろ。道具の持ち出しはお主がやれ。下準備と救出はわしがやる」

「!? いいのか?」

「何が?」

「……逃がすのはオレがやる算段だった。アンタにはサポートと、『お姫様』を村まで送り届けてもらう予定だったが……」


 それだと『村から頼まれた仕事』が疎かになる。晴嵐は情報を組み立て理由を作った。


「決闘とやらは、全員立ち合いの下で行うのじゃろ?」

「……あぁ、そうだ」

「じゃったら、お主も立ち合いにおらんと不審に思われるぞ。加えて群れはわしの存在に気づいてなかろう。留守を狙うならわしの方が適任じゃ」


 若者は考えを巡らせる。晴嵐は畳みかけた。


「お主が決闘の場におれば……十分に時間を稼いだ後で、友人連れて逃げる択も生まれるぞ。それともわしの技量では不安か?」


 完全な奇襲を決められた後では、オークも強く否定できまい。沈黙を経て、いくつかオークは晴嵐へ問いかけた。


「鍵開けはできるな?」

「当然」

「村まで逃げ切れる勝算も?」

「無論、あるに決まっておろう」

「……覚悟は?」


 最後は強く詰問するように、鋭く響く声色だった。

 ――彼は、鼻で笑って受け流す。


「そんなもんはない。いちいち何かをするたびに、堅っ苦しいモン背負ってられん」


 ――そう、背負ってなどいられない。壊れて崩壊していく世界の中で、選択を迫られるたびに背負い込んでいては壊れるだけ。何より覚悟する時間で、一手遅れてしまう危険もある。

 だから彼は背負わない、だから彼は覚悟をしない。

 自分なりに考え、行動し、その結果無様に死んだとしても……彼は『そんなものさ』と納得する。それは手を汚し、泥に塗れ、穢れに穢れて生き延びた男の死生観。絶望的な環境では、覚悟を決める時間すら惜しい。

 オークの若者はしばし沈黙し、たった一言呟く。


「上手く言えねぇけど……アンタ、大物だな」

「ハッ! 真逆じゃよ」


 酷い勘違いを嘲笑う。こんなのを大物と受け取る相手と、救いようのない小物な自分を。

 そもそもこいつも呑気過ぎる。今話し合うのも益になるからで、展開次第でこの男は殺されていただろう。


「わしはただのドブネズミじゃよ。生き残ることしか能がない。わしより偉い輩も、立派な輩もいくらでもおるわ」

「いやー……全部謙遜に聞こえるぜ」

「なんじゃお主、わしを褒め殺す気か?」

「どうしてそうなる!?」


 オークの言葉は、そのまま晴嵐の本音になった。どうにもこちらの住人と価値観がかみ合わないらしい。彼は長々続いた無駄話を終わらせる。


「ま、お主がわしをどう思おうが勝手だが、仕事はしてもらうぞ」

「……そっちこそ。しくじるなよ」

「保証はせん。努力はするが」

「十分だ」


 若く、力強い声で、オークの若者は覚悟を込めた言霊を発する。どこか青臭く、未熟で、だからこそ眩い若者の輝き。当の昔に風化した情動に、老人は少しだけ羨ましいと思った。

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