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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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火花に見ゆる正体

前回のあらすじ


 軽い手合わせに誘われた晴嵐は、ポートから距離のある広場にやって来る。互いに名乗りを上げ、戦闘に入る二人。尻尾の厄介さを改めて認知しつつ、どう立ち向かうかを考えた。


 痛みを訴える左手を無視して、じっと晴嵐は亜竜種を見つめた。尻尾含め外見に変化がない。何らかの魔法効果を用いているのだろうが、知識もセンスもない晴嵐には、正体がさっぱりだ。

 少なくても尻尾に手出しは危険か。頭にそれだけ入れて、彼は戦闘を続行する。ちょっと押された程度で白旗を上げては、根性なしもいいところだ。せめてトリックの手がかりを掴むか、完全に倒されるまで戦いを続けよう。

 にらみ合いの時間が続く、ずり足で右側に慎重に歩く。相手も動きを合わせ、弧を描くように両者が動いた。間を維持したまま、互いに仕掛け時を伺う。亜竜種はトンファーを見せつけて威嚇し、外套を身に着けたヒューマンは、風に靡く布で注意を引く。静かに腹の中を探り合い、好機の到来を待ちわびていた。

 その光景はさながら、華々しい決闘の一場面。相手が攻めっ気を見せた瞬間に、強襲を仕掛けて潰そうとしている。後の先を狙い集中力を高め、両者は鋭く真剣な眼差しで間合いを保った。

 両者の絡み合う視線が――一陣の風に遮られる。僅かに両者の表情が歪み、全く同時に攻勢に出た。

 風で投げナイフの軌道がブレると読んだ亜竜種と

 仕掛け時を悟った晴嵐が、左手で投げナイフを握る。

 男が刃物を手にしたと同時に、クレセントは既に距離を詰めていた。投擲物は間に合わない。右手から鋭いストレートの動作で、トンファーの先端が肉体に迫る。致命傷になり得る一撃を防いだのは、左手に握った小ぶりのナイフだ。

 晴嵐もまた、後々の展開を読んでいた。投擲は間に合わない。だが本命の右手のナイフで受けきれるかも怪しい。未知の何かを警戒した晴嵐は、投擲用の小型ナイフで防御に回ったのだ。切りつける用途に向かないけれど、一応ナイフとして使うことも出来る。

 金属と金属が衝突し、両者の間に大量の火花が散った。

 それは小さな一瞬の閃きではなく――連続でガリガリと削るような音を立て、耳障りな高音を発生させた。光の粉が飛び散り、その一つがクレセントの瞳に吸い込まれ、その一つが晴嵐の手首に接触する。瞬時に走る痛みに両者は呻いた。


「いッ……ぅッ!」

「うっ!?」


 高温の火の粉に、うっかり触れてしまった時の痛みだ。不思議な事に亜竜種も、想定外の反応を示している。片目を何度も瞬きさせる相手へ、晴嵐はあえて踏み込んだ。

 力の入る右手を躍らせ、大振りのナイフで切りつける。視界不良と左手の不調、どちらがより不利かは明白。ここは押し込むべきと瞬時に判断を下す。

 しかし流石と言うべきだろう。片目の視力が不安定でも、亜竜種の戦士はトンファーで防ぐ。不格好な挙動の左手と、本腰を入れた右手のナイフ捌きで攻めるも、握りしめたトンファーに悉く弾き返される。十を超える乱打を終えた所で、適当にナイフを投げつけ後ろに引いた。

 安定しない投擲武器の軌道は、牽制になったかも怪しい。相手も相手で呼吸も整えたいのか、深追いはしてこない。刃を構えて、晴嵐は今の攻防を検証した。


(……どういう事じゃ? 最初とその後は反応が違う……)


 最初トンファーとブチ当たった時、大量に火花が発生したが……その後のラッシュでは普通の反応だった。外見上変化は見られないが、何らかの魔法を発動していたと考えていい。

 いくつか疑問がある。

 ただ火花を散らす魔法なら、自爆するとは思えない。完全に想定外、慣れてない反応と見える。相手も相手で『武人祭』に触発され、何か新しい技を試している……

尻尾を殴った時の、手が削れたような痛みも頭に入れ、一つ晴嵐は仮説を構築する。証明に入るべく、男は外套に手をかけた。

 右手の刃物を握ったまま、器用にマントを脱いだ晴嵐。風に揺れる布に気を取られた隙に、複数の投げナイフを一息に投げつけた。

 反応は若干遅れたが、オレンジ色の鱗に傷はつかない。予想通り火花は無く、その隙に右手を振りかぶる。狙いは鱗の少ない腹。予測と対策を施した右手は――外套を巻いて即席のグローブを作っている。ナイフの柄を握りこみ威力を上げ、外に飛び出たままの刃は明後日を向いていた。

 トンファーの防御をかいくぐり、ガードを捲って内臓に一撃。何かが割れるような快音を発生させながら、晴嵐の拳がめり込んだ。

 手ごたえあり。されど畳みかけることも出来ない。不格好な右手はさらに悲惨な状態と化していた。巻き付けたグローブがズタボロの布切れになっている……保護していたとはいえ、右手も微かに痛みを感じる。最初尻尾を殴りつけた時と同種の痛みだ。

 一撃貰ったからか、それとも見抜かれた衝撃からか、クレセントが口を半開きにして凍りつく。暴いた手品の種を、むしろ晴嵐は感心した様子で告げた。


「鎧の腕甲を鱗状に……鮫肌みたく成形しておったわけか。仕込んだのはトンファー側かの? 全く厄介な事を」

「………………」


 まるで研磨機で擦ったような痛みと。金属同士の接触で、火花を散らして削れた音……それで十分推理出来た。相手の攻撃に合わせて展開すれば、身を守りつつ傷を負わせることが出来る。

 と、悠々と宣言するのはいいが――内心晴嵐は非常に焦っていた。


(……ナイフで通るか怪しいな。勝てんかもしれん)


 一応煙幕もある、紙鉄砲の予備もある。だがここでは使いたくない。前者はともかく、後者はここで公開したくない札だ。

となると使える手はサバイバル・ナイフと、ヒートナイフに限定される。

 不敵な笑みの裏側で、彼は胸の内にじっとりと汗を流していた。

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