輝金属の商隊
前回のあらすじ
シリアスになった会話を切り上げ、二人はここにいない知人の名前を上げた。『ドワーフ山岳連邦』向かったオークの友人、ラングレーは輝金属について調べているという。スーディアが持つ剣について、何か手掛かりを得られるだろうか。おとぎ話も交えながら、二人はゲテモノ料理を楽しんだ。
二人の知人が夕食時を楽しんでいる頃……話題に上がった男、ラングレー・マーリンは働いていた。
日の落ちた暗い森の中で、商人のゴーレム車に連なり歩いていく。装備を構えて武器を見せつけ、輝金属が発する明かりが、周辺をまばゆく照らしていた。
護衛の一人として闇に目を凝らす。凶暴な獣や盗賊が迫れば、すぐに対応しなければならない。危険手当含めて悪くない額が出ている。金の分ぐらいは働くつもりだ。
彼は……彼らは『ドワーフ山岳連邦』から出発した行商隊列である。車両の数は七つ。積み込まれた主な物資は、この世界の必需品――『輝金属のインゴット』だ。
ユニゾティアの魔法は、特殊な金属を通して発動される。本人の思念か『カートリッジ』を用いた方式か……動力源の差はあれ、輝金属を通さなければ魔法の発動は不可能だ。
その主な生産地は『ドワーフ山岳連邦』である。扱いやすい延べ棒状に成形後、各種地域に輸出され、地域の鍛冶師によって加工される。
「よーし! 今日はこの辺で野宿と行こう。獣除けの音響魔法を展開してくれ」
先頭の荷台で座り、指示を出すのは片眼鏡を身に着けたヒューマン。金色の眼鏡に、着用する衣服も上物と一目でわかる。黒と白の紳士服には、ワンポイントで金の刺繍が縫い込まれていた。
階級の違う住人……現場の恰好とかけ離れた、辛口に言うなら場違いな衣装だ。不幸中の幸いは、極度に見下す雰囲気を出さない事か。
「ゴーレムの皆も休憩に入ってくれ。見張りとメシの用意は、彼ら以外でやろう」
「疑問。疲労種類は金属疲弊。監視機構に問題なし」
「真面目だねぇ……わかった。じゃあそこは自由に選択してくれ。休みたい者は休息を、希望者は見張りを手伝って」
「了解」
ゴーレムは疲弊に強いが、全く消耗しない事もない。大量の金属インゴットを積んだ馬車は、相当な積載重量がある。ゴーレムの力を借りても、運送は簡単では無かった。
彼らを労いつつ、身なりの良い人物は荷台に入る。自分が居座るゴーレム車の中から、何かを探しているようだ。手持ち無沙汰のラングレーは、これは好機と近寄った。軽い会話の中から相手を探ってみよう。好奇心たっぷりにラングレーは軽い口を利く。
「手伝いますぜ、旦那」
「お、気が利くね。んじゃ鍋とか食器とか出してくれ」
「仰せのままに~」
契約内容にも、野営を挟む事が明記されていた。護衛の雇われへの食事も待遇に含まれている。しかしラングレーは一つ、当然の疑問を口にした。
「どーして町や村に入らないっすか? ここからならホラーソン村、ギリギリ入れましたよね」
「大量に輝金属運んでいるからなぁ……運ぶのも遅くなるし、この数だと課税も洒落にならねぇ」
一定以上の財を移す時は、手数やら安全保障を担保に税が課される物。多数の荷台に山積みの輝金属も対象だ。庶民感覚に近い発想だが、身なりの良いお方とは思えない。不快にならない程度に小突いてみる。
「旦那にゃ大した額じゃないのでは? 運ぶにしたって、もうチョイ隊列減らせば色々楽でしょうに」
「あー……あんま言うなよ?」
手は止めないまま、耳よりの情報を商人が話した。
「ホラーソン村は……厳密にゃグラドーの森なんだが、どうも人が失踪する事件が多いらしい。商隊丸々消えた事も……」
「え、マジっすか?」
「マジマジ。オヤジ管轄の所もやられたし。それで輸送滞って、今回纏めて運ぶ羽目になっちまったんだよ。お蔭て野宿もやむなしだ。
今後の段取りは……今日ここで休んだら、明日の内に亜竜自治区に入って納品。一日休憩をはさんだ後、聖歌公国の首都『ユウナギ』に残りを輸送かな……オークのあんちゃんはどこまでの契約?」
「ユウナギまでっすね。オレは例の『発掘ゴーレム』引き渡さなきゃいけないんで」
「あれか……本当に動くのかね」
「復元師に見せるまではなんとも……それでダメなら、ゴーレム技師のムンクス様に見てもらうしかないって」
「あの方なら飛びつくだろうなぁ……好奇心の塊みたいな人だし」
「会った事あるんっすか?」
「一度だけ。見た目と中身が一致してて、年齢だけ不一致な愉快な人だよ」
やはり上流階級の御方か。吸血種の技師と会える立場なら、この商人はやり手と見える。その割には随分と、気安く口を聞くものだ。
ラングレーがそう感じた瞬間、きらりと商人のモノクルが光る。安穏な空気が一転し、研ぎ澄まされた眼差しがあった。
「違和感あるだろ? この格好。うちの面倒な家訓さ」
「……『オデッセイ商会』は、身内にもキツめのルール敷くって本当なんっすね」
「へぇ、あんちゃん知ってんだ?」
「有名な噂っすよ」
ただならぬ感触。鬱屈した空気は、かつて別れた同族の友と少し似ている。静かに続きを待つと、綺麗な格好の商人は饒舌に喋った。
「目立ってしょうがないし、現場の実務にも向いちゃいねぇ。盗賊に襲われたり、傭兵に反乱された日にゃ真っ先に狙われちまう。なのに常に、上物を仕立てていろとさ」
「変な家訓っすね」
「お、オークのあんちゃんもそう思う? いや俺もそうでさ。金で雇った傭兵の関係なんざ、その場こっきりだよ? 派手なの着て距離取られるより、現場向けの服を着たいぜ……」
「旦那のは上品に纏まってるっすよ」
「はは、ありがとう。実はすごく気を使ったとこでさー」
不満が溜まっているのか、この商人はラングレーに色々と話してくれる。
これから先に待つ『亜竜自治区』で、世話になった人との再会もあるだろう。土産話が増えると、喜んでラングレーは雑談に付き合った。




