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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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生きる甲斐

前回のあらすじ


過去を悔いる晴嵐に対し、スーディアは自虐が強すぎるとたしなめた。過去の世界と過去の行い。それを引きずり過ぎても、仕方がないと指摘する。言葉を受けた晴嵐の手が、小さく震えていた。

 なんてことを言う。なんでそんな事を言う。スーディアの言葉に対し、危うく喚きそうになる衝動を晴嵐は堪えていた。

 文明の崩壊と衰退の中で、晴嵐は多くの罪を犯した自覚はある。人間同士で争い、殺し合いに参加し、腹黒いやり取りや手を使った事も数えきれない。

 今更慰められるものなどない。一生背負っていく十字架と考えていたのに、どうしてこの男は、スーディアは、その前提を崩そうとしてくるのか。晴嵐を支える信念の柱を、目の前のオークは揺るがしてくる。


「もういいじゃないですか。過去に取り戻せるものはない。ここで何をしても、あなたの過去そのものが変わる訳じゃない。過ちや悔いがあるなら、それは活かして……この世界で新しい生き方を、生き甲斐を探すのはどうですか」

「………………」


 晴嵐は、黙ってしまった。

 どれだけ悔いても、どれだけ反省しても、確かに過去を変える事は出来ない。ずっと暗い十字架を背負っても、晴嵐に許しを与える人間は、いない。

 だが晴嵐の心に打ち込まれた楔は、他者に指摘されて、すぐ解決できる物では

なかった。


「スーディア……悪いが、簡単な話じゃない。わしの行いは償えないし、背負ったところで意味もない事も……まぁ納得はするよ」

「なら……」

「それで過去を振り切れるなら、誰も苦労はせんのだ。お前さんほど若ければ、また違ったのかもしれんが……」


 経験を積む事は、良い側面ばかりではない。

 失敗や後悔は、時に強く心を縛る。恐らくスーディアは、そんなザマの晴嵐を危惧しているのだろう。そしてもう一つ、晴嵐の中で消化しきれない言葉があった。


「よくわからんのだ。生き甲斐って奴が。生きてて良かったって感覚が、わしにはない」

「……罪悪感のせいですか?」

「それもあるが、どちらかと言えば……恐怖、かの」


 今度はスーディアの顔が揺らいだ。

 晴嵐の口から『恐怖』の単語を聞くとは、想像をしていなかったのだろう。


「あった筈の日常が、通じていた筈の常識が……自分が当たり前と感じていた、物事の足場が崩れる感触を忘れられんのだ。息を抜いた瞬間、気を抜いた瞬間、安堵してほっと一息ついた瞬間に、自分が死ぬんじゃないかとな。実際それで死んでいった奴も目にしてる」


 常に構えていなければ死ぬ。その環境で生きぬいてきた癖が、未だに抜けきっていない。そして理想を捨て、夢想を捨て、現実を見据えた癖が、彼から生きる甲斐を失わせていった。


「何のために生きるとか、生きる目的とか……そうした事を考える余裕が、全くなかった。死なない為に、生き残る為に全力な癖に……『なぜ生きるのか』『死ねない理由』が、どこにあったのかわからん。今も昔も、生きる理由は見つけられずに彷徨っておる」

「……あなたが生き返った理由は、それを探せと神様の思し召しなのでは?」

「……そうなのかもしれんな」


 お優しい神様なことで。人類の絶滅を放置しておいて、自分だけ特別扱いはあり得ない。ただ、上げて落とす理由としては考えられるかもしれない。相手の裏ばかり探す捻くれ癖は、未だに解消の兆しが見えなかった。

 しかしまぁ、この目の前にいる若者に対してだけは……歪んだ目で見なくても良い気がする。ここで晴嵐の心根に踏みこんでも、何もスーディアに益は産まない。むしろ機嫌を損ねて奢りは無しだと言われたら……いや、大した額でもないし、別に困らないか。

 久々によぎった下らない考え。そのままふと晴嵐は、彼に聞いてみた。


「そういえばお前さんは? お前さんに生きる甲斐はあるか」

「え、お、俺ですか?」

「うむ。参考までに聞かせてくれ」

「普通年下からの質問な気が……」


 言われてみればその通りだが、これだけ強く晴嵐に啖呵を切ったのだ。眼力で圧力をかけた晴嵐は、スーディアから逃走を封じる。しばらくうめいて考えた後、若者なりに答えを出した。


「そうですね……俺は、俺の命を繋いでくれた先祖に、胸を張れる生き方をしたい……かな」

「先祖……?」

「俺たちオークの特性は知っていますよね? 男しか生まれてこない俺たちは、他の種族の女性を娶らないと、次の世代に血を残すことが出来ない」


 同族の女性がいない種族、彼らオークは特殊な種族特性を持っている。

 彼はかなり穏やかな言い方をしているが、最初遭遇した蛮族めいた文化を考えると、恐らくは……


「長は……いや、長だけじゃない。多くのオークにとって、この特性をコンプレックスとして感じる事が多いみたいなんです。エルフの場合、直接暴言を吐かれる事も少なくなかった。でも、俺はこうも思う。本当にそれだけだったんでしょうか?」

「それだけ、とは?」

「中には……俺たちの特性を理解した上で、受け入れてくれた人もいたと思う。この世界で生きる全員が、オークは邪悪なものだって……本気で拒んで絶滅させにかかっていたら、きっと俺たちの種族は途絶えてる。

俺は、自分の母親の顔は知りません。でも……俺が生まれて来る事を許してくれた。俺に生きてと言ってくれた。だから今、こうしたあなた話せている。だから……俺の祖先の誰かが俺を見て『それで良い』と言ってもらえるような……胸を張れる人間として生きたい。そういう人間に俺もなりたい」


 信じられない青臭さのセリフに、つい晴嵐は苦笑してしまった。

 あぁ、でも……悪くはないのかもな。

 腐り果てたはずの晴嵐の心にも、スーディアの目は濁りなく見えた。

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