オークのジレンマ
前回のあらすじ
戦勝の宴を行うオークの集落。その中から抜け出し、不穏な密談を行う二人のオークがいる。今の待遇に不満を持ち、反逆の決意を固める。片方が群れに戻ったところに――一人の男が、森に残ったオークをナイフで脅す。脅されつつも好機を見出し、オークは男の興味を、自分の目的に沿う方向へ誘導した。
しばしの沈黙が二人の間で流れる。表情が読めない分、男の心情は測りかねるが……今の話題は少なからず利いたらしい。次の質問は、ラングレーの期待した種類であった。
「……人質の様子は?」
話題に食いついた。手ごたえを逃さぬよう、ラングレーは思考を巡らせ、慎重に合わせた。
「今のところ足かせで繋いでる。スーディ……本当なら勝利したオークの所有扱いなんだが、長の野郎が掠め取りやがった」
「所有?」
「オレたちオークの文化だよ。戦って、気に入った娘っ子は嫁にしていいって」
ハッ、と軽蔑の声を男は上げた。幾度となく聞いた、冷やかな声色だ。
「勝手な話じゃな。攫われた方はとんだ災難よの」
「仕方ないだろ。オレたちは男しか生まれない。別の種でも女がいなきゃ、血を引き継げないんだよ」
オークという種族の、絶望的な特性だ。
彼らの種には、女性は絶対に生まれて来ない。だから、他の種族の女性と結ばれるしかない。
しかし現実問題として……オークは他の種族と、恋愛に発展するケースさえ稀だ。
当然だろう。他種族の女性は、同族の男性と婚姻を求めることが自然。オーク側が強くアプローチをかけても、一般的なやり方では女性を巡る競争に負けてしまう。
だから、周囲の種族に『蛮族』と蔑まれようとも……どこかから女性を攫ってくるか、裏で取引のある闇商人から、女性の奴隷を買うしかない。知的種族として凄まじいハンデが、オークには課せられているのだ。
それでも、命を次の世代を伝えていくには――
「そのために強引な手だってとるさ」
ぼそりと漏らした言葉には、自分たちの種への怨みがこもっている。息を飲んで言葉を止める男だが、やがて興味を失ったのか、適当に囁く。
「……貴様らの価値観なぞ知ったことか」
「あぁそうだろうさ」
ここの差は、オーク以外の種族にはわかるまい。断絶を知った上でラングレーは粘った。
「だから女を巡る戦いは、オレたちオークの間じゃ珍しくない……明日の昼、決闘になる」
「……それで?」
「部族連中が立ち会ってる間に、オレが娘っ子を逃がす算段だった……なぁアンタ。この話に一枚噛まないか?」
立ち回りからして男は斥候だ。攻めてくる動機があるのは、襲撃した村の人間以外いないはず。それなりの期待を込めた言葉は、まだまだ男に届かない。
「わからんな。女を巡って決闘はまぁ良い。古臭いとは思うがな」
「オレらの間じゃ神聖不可侵な行為だ」
「だがお主の動機はどこにある?」
ぎらりと迫る刃。低く鋭い問いかけに臆せず、ラングレーは芯の籠った声を上げた。
「決闘を挑んたやつは……親友なんだ。アイツはずっとずっとじっと堪えて、鍛錬続けてきたのをオレは知ってる。群れへの貢献度合いだって、多分五本指に入ってるだろうに……低くみられるだけじゃなく、ありついた分け前まで取り上げられるのは、ダチとして見てらんねぇ」
「友情……のぅ。それだけか?」
ラングレーは小さく首を振った。
「……アイツがいなくなったら、多分次はオレの番だ。アイツとは違う方向だけどさ、オレもあんまりオークらしくねぇんだわ」
「あぁ……群れの中の異色なのか。お前も、決闘のヤツも」
「役には立ってるのにな。だからまぁ、見限ってやるつもり」
この襲撃を受ける前は、まだ迷いも残っていた。
けれど言葉を紡ぐうちに……己の中で燻っていた不満は、一時の迷いでないとラングレーは再認した。全く皮肉もいいところだ。脅されたことが腹をくくるきっかけになるとは。
未練を絶った言葉か響いたのか、男は首元から刃物を下げた。
「……いいだろう。だが全部は信用せん。わしはわしで勝手にやらせてもらう」
「十分だ。互いに利用し合う関係がいい。ドライに行こう」
ふん。と冷たく鼻を鳴らす男。とことん愛想がないが納得はしたらしい。今までとは異なり、揶揄する口調で質問する。
「ならばまず、お姫様がどんな女か教えて貰わんとな」
――意外だった。彼女がそのことを言いふらすとは考えにくい。あれは信用した相手か、やけっぱちにならなければ漏らさない。確認ついでにこの話題を振ったのだろう。
「なんだアンタも知ってる口か? それなら早く言ってくれよ。いやまぁオレは半信半疑だけど」
「急に安い口を利くな」
「いやいや! 実はオレもスーディア……これから決闘する奴もお姫様の話は聞いててな? ついでに聞くがアンタ、前世の記憶があったりするのか?」
「………………フン」
妙に沈黙が長いのも当然。スーディアは信じ切っているが、一般的には与太話の類。しかし『お姫様』としての品位は、教養なしに身に付けられるものではない。隠しきれないオーラとでも言えばいいのか……少女の生み出す独特の空気が、妙な説得力を持たせていた。
「ま、流石にホイホイいるわけないよな。『別の世界でお姫様として生きて、老衰で死んだ』なんてこと言う奴は」
「…………そうじゃな」
からからとラングレーは気さくに笑う。この場での危機を脱するどころか、思わぬ事態の好転にすっかり気を緩めていた。
だから、最後まで襲撃者の顔を見なかった。
『死んだはずの自分が目覚めたら、別の世界に居た』晴嵐の顔を。
用語解説
オーク
この世界に住む種族の一つ。緑色の肌、筋肉隆々の肉体、下側からは牙のように犬歯が飛び出している。特徴として、男性しか生まれない。そのため様々な問題を抱えており、他種族との軋轢がありそうだ。




