愚への怒り
前回のあらすじ
再会したスーディアと晴嵐は、スーディアの案内で酒場に入る。近況を語らう中で、スーディアは「セイランは言う程悪人と思えないと」発言した。
相変わらずの様子を、どう捉えればいいか晴嵐は迷った。
自分の腐敗っぷりは自身で把握している。スーディア視点で見れば、晴嵐は窮地を助けた印象が焼き付いているのだろう。幾分か美化するのも無理はないが、彼の色眼鏡は度を越している。認めようとしない晴嵐へ、ある事実を彼が突きつけた。
「例えば……そう。ちょうど今日の事です」
「あん?」
「あなたは再会した時、すぐに言ったじゃないですか。『今日は賭けで儲かったから奢らせてくれ』と。でも、その事を俺に告げる必要がない。そのまま今日のメシを折半で済ませれた。それどころか、俺は予選を勝ち上がりで賞金が出ています。集ることも出来たんですよ、あなたは」
「それやったら印象最悪じゃろ……」
「だから悪人ではない、と言っているのです」
性善説のゴリ押しを想像していた晴嵐は、彼の弁舌に黙ってしまった。確かに今の言葉通り『儲けたから奢る』と提案する必然性はない。スーディアの人の良さを考えれば、メシの代金を折半にしても色々と聞き出せただろう。後半の行動はクズの極みだが……そういう自分本位の輩を知っている。
黙るしかなかった。確かにその手もあった。内心で反省しつつ、晴嵐なりの道理を説く。
「この金が湧いたのは、お前さんが勝った事で生まれたモンじゃ。本人に返しても文句ないじゃろ」
「それは悪人の考え方ではないでしょう。人として自然な心理だと思います。セイラン、あなたは無理に悪ぶっていませんか?」
「……なんでお前さんは、そんなにわしを擁護したがる」
「あなたの自虐癖は見てられないからですよ」
「そりゃどうも」
ちっとも耳に入れずに、晴嵐は適当に流した。
彼には話していない晴嵐の過去。地球を壊し、生き残るので精いっぱいで、崩壊する瞬間まで自制も反省も出来なった。
自分目線でも、第三者目線でも、あの世界を生きた人間は全員愚者だったと断言できる。『自分の住む星を破壊して自滅した種族』の一人として、晴嵐は自身を貶めずにはいられない。同族の罪を棚に上げて、全く自虐せず生きたらソイツは病気だと思う。
へそを曲げる晴嵐の態度に、スーディアは苦笑した。
「変える気は……なさそうですね」
「性格なんざ簡単に変えられんわい」
「最初から考える事を止めて諦めていたら、何も変わりませんよ」
「……刺さるな。その言葉は」
この世界の住人にはわかるまい。スーディアの言葉は、晴嵐の信念とトラウマに接触した。
――世界が壊れる前の地球は、晴嵐を含めて無数の愚民が蔓延っていた。自分は愚かと言い張り、自らの頭で考える事を諦めていた。変わりに偉いとされる誰か、立派だとされる誰かの言葉を鵜吞みにした。本当にそれが正しいかどうかを、自分自身で思考する事もなく……
出来ないなりに、諦めずに自身の判断や思考は、持たねばならなかったのだ。
最初から世を良くする事を諦めて、偉ぶる誰かの言葉や思考を複製する。いや、最初から思考を放棄しているから……そもそも判断力なぞ備わっていなかったのだろう。
そうして、本当に正しいか、本当に善いかどうかではなく
声の大きい人間、目立つ人間、立派な肩書を持った人間に依存する。
彼らが嘘を言っていたとしても……思考を放棄した愚民は、それを判断する頭がなくなってしまった。
「確かに、考える事を止めてはいかん。もう二度と……あんな惨めな経験はご免だ」
偉い悪人と無名の善人。その二人が並んだ時、思考放棄した者は前者についていった。
懇切丁寧に善人側が説明するほど「馬鹿な自分にはわからない」とそっぽを向いた。あるいは同調するけれど、その場限りで行動に移しはしなかった。
人は怠けるモノ。人は変化を嫌うモノ。善か悪かではない。それが人の性質の一つ。悪党はいつだって、そんな人の怠惰に滑り込むのだ。
騙される方が悪いのか、騙す方が悪いのか。
きっと多くの人は、騙す方が悪いと言うのだろう。だが晴嵐はこうも思う。
「自前の判断が出来ないほど馬鹿になったら……騙されるのも馬鹿馬鹿しい事にさえ、引っかかるようになるからな。んなモンに自分から引っかかっておいて『騙す方が悪い』と喚く阿呆にはなりたくない」
「……セイラン?」
「わしに言わせれば……稚拙な嘘に騙される奴は、自分の脳みそ腐らせておるんじゃよ。とりあえず群れておけば安心は出来るからな。立派で偉い誰かについていけば……偉い誰かか、同じヤツを信じる誰かが、助けてくれると思い込んでおる。
阿呆が。どうしようもない愚かモンが。まずは己の基準で物事を考えんか……そうして一人一人が、自分自身にさえ無責任になっておいて、致命的に損失を負ってから、相手に責任を取れとは何事か……」
「……すいません、俺、マズい事言いました?」
まだ酔っていないと思うが、つい勢いで饒舌に語ってしまった。晴嵐の背景を知らぬ若いオークが、話を遮るのも無理はない。
呆れてもいいと思うのだが、彼は何か気に障ったと感じ、老人を労るような言い方をする。気を使われるとは情けない限りだ。だが……
彼の甘さに当てられたのか、晴嵐はいつの間にか、自分がいた世界の背景をぽつぽつと語りだしていた。
あくまで一つの、与太話として。




