噂をすれば
前回のあらすじ
会心の一撃を放ち、技を教わった師へ感謝するスーディア。が、その油断が命取りとなり、危険な状況に陥ってしまう。途中から共闘した大鎧の男と協力し窮地を脱出。そして、予選第一試合に決着がついた。
巨大コロシアム『ディノクス』内部……選手控室の札が下がる部屋で、予選を終えた面々が休息を取っていた。
現在武人祭予選は、最終戦が開かれている。室内にも大きな緑色の水晶が配置され、待機中、休憩中の戦士たちへ現場の熱狂を伝えていた。
飲み物も無料で提供され、快適な室内で観戦が出来る。脱落した者はのんびりと見て回ったり、優れた使い手から何かを得ようと、熱心に観察する者もいた。
より熱心な観察者は、予選勝ち上がりを決めた面子だ。
本戦出場を決めた者にとっては、生存した四人は後々対峙するライバルだ。事前に相手を観察し、対策を考える必要がある。生き残った己に慢心し、完全に気を抜くにはまだ早い。
「……すいません。まだまだ自分は未熟でした」
「お気になさるナ。貴殿が我に顔を見せに来てくれタ。正直な所……嬉しかったゾ」
目線は予選の映像から外さず、亜竜種の一人が隣の人物に声で答えた。じっと見つめて、脇に座るオークとは目を合わせない。けれど、隠せない喜びを含んだ声に、隣の彼も小さく笑った。
「しかし……あなたも参加していたのですね。ムーランド」
隣の彼……スーディアが亜竜種の戦士へ語りかける。あなたの技術を継承できたと、スーディアが示したい相手だ。どこかで観戦中と信じていたが、まさかこんな傍にいたとは。
亜竜種の戦士……ムーランドも同じ心象なのだろう。巡り合わせの妙を噛みしめ、視線は外さず会話を楽しんでいた。
「うム。今回はツワモノ揃いと聞いてナ。事実、どいつもこいつも血の気が多イ」
「俺は初参加なので、詳しく知らないのですが……」
「妙な噂が流れていてナ……まァ、よくある事だガ」
「……噂ですか。全く耳にしていません。一体どんな?」
「真偽は分からぬゾ? 分からぬガ……ハクナ様が馳せ参じるとカ、戦士から優秀な者を親衛隊に招くとカ……ともかク『武勇を示すまたとない好機』と息巻く戦士が集っているらしイ。流言の真相はともかク、参加する者が多い事は確かダ」
そういえば……スーディアの予選ブロックには、ガッチリ四人で徒党を組んだ者たちもいた。集中攻撃を受けたものの、あの四人組の一人は予選勝ち上がりを決めている。あからさまな連合の目的は……勝ち上がりの独占ではなく、一人でも予選を通過させる狙いだったのか? ふとした思い付きは、ムーランドの語りで頭から離れた。
「貴殿はあまり気に留めてなかったようだナ。亜竜自治区へ戻ったのは最近カ?」
「えぇまぁ……あなたから学んだ後は、聖歌公国のユウナギに。ちょうど訓練兵の募集をしていたので、そこで少々」
「訓練? 実戦ではなク? それとも……グラウンド・ゼロのダンジョンでは物足りなかったカ?」
ちらりと向ける横顔には、きらりと閃く刃物のような剣呑さがある。スーディアの変化を、映像越しに感じたのかもしれない。歯切れ悪く若者は答えた。
「一応公募で訓練を受けましたが……その、担当が」
「遠慮する必要はないゾ。誰ダ?」
「『ユキ・ネギシロ』です。鬼哭流現当主の……」
途端にムーランドの顔が曇る。直接彼女にしごかれたスーディアも苦笑した。
「今にして思えば妙でしたよ。募集時期が随分長くて、給金も決して悪くは無かった。なのに全然人が集まっていませんでしたよ」
「だろうナ……」
亜竜種の顔に同情の色が浮かぶ。オークの彼もつられて肩を揺らした。
長い募集期間・悪くない給金・にもかかわらず、妙に集まらない人手……
直接表記されてなくとも、この条件が揃えば察しが付く。悪い意味で有名らしく、ムーランドも知っているようだ。
「……三年前の武人祭デ、彼女は優勝していタ。我も記憶していル……あの娘の剣術は羅刹とかわらヌ。貴殿、よく耐えたナ」
「近い気配の……そうですね。知人との付き合いがあったので、俺は大丈夫でした」
『ユキ・ネギシロ』は、普段はお淑やかな女性である。まだ若い事を考えると、三年前は娘の年頃で間違いない。
ただ……彼女は一度鞘から剣を抜いた途端、全ての殺意を凝縮したかのような鬼になる。
訓練兵の募集は、彼女が教官として鍛える、特殊な条件の募集だった。
思い出すと、今でもスーディアの背筋は凍る。彼女の訓練は毎日殺す気で、一切の加減なく襲い掛かる彼女と対峙する、実戦方式だ。『闘技場』を用いていたので死ぬことは無かったが、鬼の剣術を相手にすれば心が折れてしまう。日に日に減っていく訓練生たちの中で彼は耐えた。けれど――
「あの人は……あの人の流派は、哀しいものです。俺の知人も……ああならざるを得なかったのでしょうか」
「……?」
物思い耽る、若いオークの青年。悩む彼の姿は、あまり亜竜種にはピンとこない。
脇道に逸れた事を自覚したのか「すいません」とスーディアが身を引いた。ちょうど予選も終わったようで、席を立つには丁度良い。それに――あまり情が湧いても、お互いに不都合だろう。
「話が逸れました。次は、本戦でお会いしましょう」
「うム……貴殿の鍛錬の成果、直接見せてもらうゾ」
スーディアが席を立ち、一礼をもって去ろうとした時だ。廊下の方から、若いオークの名を呼んで歩く人がいる。何事か気になり手を上げて、ゆっくりとスーディアも歩んだ。
「どうしました?」
「お知り合いが挨拶をしたいそうです。セイラン・オオヒラと名乗っていますが……」
噂をすればなんとやら。ちょうど話題に上げた知人の名に、スーディアは笑ってしまった。その後の様子は分からなかったけど、彼も無事生きていたらしい。しかも彼から会いに来るとは、スーディアは少し意外に思った。
でも、顔を見せに来てくれたなら……会うのは決して嫌ではない。先導する係員の後に続き、闘技場の外で待つ彼……セイラン・オオヒラが仏頂面を少し綻ばせた。
「久しぶりです。ミスター・セイラン」
「あぁ。二、三か月ぶりか? 久しぶりだな。予選突破おめでとう」
「気持ちが籠ってませんよ」
「本気で言っておるさ」
若いヒューマンの外見に、鋭く剣呑で、そして老獪な気配を纏っている。年不相応の姿勢で、油断なく気を張る様は、以前グラドーの森で別れた時と変わりがない。
だからこそ……先にスーディアは質問してみた。
「どうしてわざわざ会いに? こう言うのは失礼ですが……セイランはこういうガラではないでしょう?」
「はっはっは……まぁ、その通りだが、今日はお前さんのお蔭で少しばかり儲けての。メシを奢りに来たんだ。いい店を教えてくれ」
自虐と皮肉を添えた口調で、セイランは気安くスーディアに語り掛ける。
……どうやら今日の祭りは、まだ終わらないらしい。




