アースレイジ
前回のあらすじ
漁夫の利狙いに囲まれる、スーディアと大鎧の男。軽口を交わしながらも、生き残る為に一時共闘戦線を張る。積極的に身を晒す大鎧の男の大剣は光を帯び、スーディアは彼の狙いを察した。
「スーディア選手とイッシン選手、三名の選手に包囲されてしまいましたが……」
「共闘で凌いでいるな。両名とも疲弊は大丈夫そうだ。早い段階で連携を始めた事が、功を奏した形か」
戦士が背中を守り合い、敵の攻撃を凌いでいく二人。大剣、大鎧、盾の腕甲できっちりと防衛線を敷く。一応盤面は拮抗しているが、迎撃と防御が多いために、反撃は薄く攻撃頻度で劣っている。
そして――反撃や危険が少ないとなれば、攻め手側は攻撃を激しくする。ノーリスク・ローリスクと知れば、人間はより攻撃的になるもの。纏う鎧に凹みが増え、スーディアの肩も少し息が上がっていく。
「ちぃと実力を見せ過ぎたか……」
「と言いますと?」
「予選勝ち上がりは四名。だが強敵ならトーナメントを勝ち上がり、どこかで対決する事になる。だから手ごわそうな奴、自分の武器と相性が悪そうな奴を狙って、先んじて脱落させちまえってムーブだ」
「なるほど。既に本戦も見据えてですか。しかし上手くいくでしょうか?」
「自分が生き残れなければ意味が無くなっちまう……ってか? ま、そこも見どころの一つってもんさ。武人祭予選中盤は……各選手の戦略が見物だぜ?」
徒党を組んで強敵の脱落を狙うのも、敵対者同士で背を預けるのも戦略。最後の四人として生き残るために、そして生き残った後のために、個々の選手がどう考えどう戦うのか……
「スーディア選手、イッシン選手も良く戦っていますが、いかんせん手数が足りない! かといって深追いは出来ません。突出し集中攻撃を受ければアウトです」
「エルフ側は欲張らず、二名のミス待ちだな。変に反撃を受け体勢を崩せば、他の選手に狙われる。無難にじりじりと追い込む戦略か……堅実なやり方だ」
派手さのない、地道で基本的な戦略。見どころも薄い戦い方だが、参加者は本気で勝ちに来ているのだ。見世物の側面があるとしても、勝利を掴むために着実な手は必要であろう。
何よりこの『着実な手』は、やられる側は非常に困る。いずれ追い込まれる展開を察せても、危険の低い戦略を崩す事は難しい。
よく耐えているが、それだけだ。アクシデントや、別の漁夫の利狙いの介入がない限り……この二名は脱落だろう。誰もがそう考える中、敗色濃厚の戦士二名は抗う。
大鎧と大剣が守りに徹し、レイピアと魔法の盾で応戦する。破れない包囲に、被弾の増える鎧。じりじりと追い込まれる気配の中、遂に盤面が動いた。
スーディアに組み付いた一人が、彼の刺突をギリギリで避けた。がしかし体勢が崩れてしまい、後方から追撃を試みた共闘者が足を止める。最後の一人がすかさず前面に躍り出て、態勢を整えるまでのカバーに入った。
『鎧の腕甲』……魔法による全方位防御を用いて、時間を稼ぐエルフ。オーク側の連撃は激しく、二刀流のエルフ剣士は守りに徹した。
けれど必ずしも、この状況は不利を意味しない。しばらく粘れば後方の二人も復帰するだろう。ここで一人疲弊しても、二人が前線に戻れば数的同数は維持できる。盾となったエルフはそう考えた。
その計算は間違っていない。加えてオークと大鎧側は、常に二人で戦闘を続けている。休憩を挟まない戦闘は、肉体も精神も倍々で消耗が積み重なっていく。人数が多い側は、時間を味方に出来るのだ。
しかし忘れてはならない。堅実な一手、確実な計算に基づいた行動は……相手に容易に読まれやすい事に。
復帰する後方の二名と、鎧の腕甲を使う二刀流が入れ替わる。
レイピア使いのオークもまた、大鎧の男と前衛後衛をスイッチ。
二人の戦士が片刃剣を鎧に振り下ろし……片方は鎧に、片方は大剣と干渉する。
――甲高い音が鳴ったのは、鎧だけだった。
「……!?」
大剣と接触したが、手ごたえがまるで無い。不自然な反響音の低さに、大剣が保持する魔法効果の正体を察知したのだ。
「おい、まさか――」
「ぬかったな……!」
大鎧が気迫を込めると、巨大な剣に魔力が迸る。
焦げ茶色の鈍い輝きを放ち『アースレイジ』の魔法が大剣から発動した。
『アースレイジ』の魔法効力は二つ。
『受けた衝撃を吸収、蓄積する』効果と
『蓄積した衝撃を解き放つ』効果。
今まで守勢に回っていた大鎧の男は、積極的にスーディアを守ると同時に、反撃の一手を育てていたのだ。今までの鬱憤を晴らすが如く、上段から大剣一閃すると、大地を砕き衝撃波が荒れ狂う!
大鎧に組み付いた二名は、波動の直撃を受け即座に吹き飛んだ。実戦であれば、四肢がバラバラにされていただろう。転送され消えていく人影から、低く鋭くスーディアが攻め入った。
後方に引いた一人、辛くも直撃を逃れた一人は動転中。仲間を失った隙をレイピアに突かれ、三人で連携し迫るエルフたちを撃破した。
「――お見事!」
「そちらこそ!」
軽口はその一度だけにして、再び互いの背を守る陣形に戻る。しかし徐々に、周りがスーディアと大鎧を避け始めた。眉根を潜めるオークの戦士に、鎧男が耳打ちする。
「ふむ……我らに怖気づいたか」
「何?」
「倒しやすい敵から倒す。手ごわい敵を取り囲んで殴る。だが自分は脱落したくないとなれば……リスクのある敵より、楽な相手を狙うわな」
波状攻撃や数的不利も凌ぐ相手に、数も二人となれば仕掛けづらい。仮にスーディアと大鎧が勝ち上がりを決めても、まだ予選突破枠は二つある。他の参戦者たちが執着する理由は低い。
白けた空気を感じ取ったスーディアは、警戒心を残したまま、背に負った鎧の男に提案した。
「交代で軽く休まないか? 終盤に備えたい」
「ふふ、其方もようやく某を信ずる気になったか」
「……お互いに生き残る為だ。一息つくだけでも違う」
「一理ある」
静かに軽く気を抜いて、鎧の男が呼吸を整える。
いずれ訪れる終盤に備え、互いに背を守り合いながら英気を養った。
用語解説
アースレイジ
輝金属に付与できる魔法の一種。効果は二つで
『受けた衝撃を吸収、蓄積する』と
『溜めた衝撃を、術者の任意で開放する』効果。
少し前の回で、スーディアが打撃を食らわせても、手ごたえを感じない理由はコレだった。




