拮抗と道理
前回のあらすじ
空を飛んで逃げる亜竜種に、取り残されたスーディアと鎧の男。挟撃で軽く共闘した二人が、全力で互いを狙う。大剣とレイピア、盾の腕甲と大鎧をぶつけ合うも決着がつかない。
一進一退の攻防の中で、漁夫の利を狙った参加者に攻撃を受ける。やがて敵対したはずの二人は、互いに背を守り合っていた。
切り結んだ敵と背を合わせ、漁夫の利を狙う参加者へ立ち向かう。
向こうも向こうで攻撃を受け、スーディアとの戦闘を続ける余裕がない。大剣を一閃し切り払い、消耗した二人を狙う敵を叩き伏せていた。
肩越しに大鎧が、どこか愉快そうに声を張り上げる。
「ハハ! いや参った参った。もう少々周囲に気を回せば良かったのぅ!」
「全くだ! 話す余裕が惜しい!」
「つれない事を申されるな!」
最初の時のように、妙に馴れ馴れしい口を聞く。対峙した時と異なり、鎧の奥から殺気や敵意は感じられない。漁夫の利狙いへの対処に手一杯で、互いを攻める余裕がないからだ。なのに、この鎧の男は何かにつけて話しかけてくる。
「其方と剣を交わす事、心地よくての! 全く我ながら困ったものよ!」
「乗った俺も悪い!」
「いやいや、遅かれ早かれこうなった。予選中盤は毎回こんなもんさね!」
次々と襲い掛かる戦士たちの群れに、不思議と愉快そうに男が声を上げる。まるで「これが醍醐味だ」と言わんばかりに。四方八方から来る殺気の渦で、敵であるはずの二人は、互いの背を守る形を作った。
やむを得ないと渋く眉を顰めるスーディア。小気味良く大剣を振るう男は、対照的に気兼ねがない。後ろから切られる覚悟もないのだろうか。あえて意地の悪い問いをぶつける。
「俺の裏切りを心配はしなくていいのか!?」
「はっはっは! 其方はせぬよ。少なくともこの盤面では!」
周辺からの攻撃が殺到する今、鎧男と敵対する暇はない。しかし背中を預けて良いものだろうか? それにこの男は、敵である自分を信用する腹なのか?
「……盤面が落ち着いたらどうする気だ?」
「さて……その時はその時。今は今を凌ぐ事に注力すべきであろう。しかし随分とカッカしとるな?」
「何言ってる。予選は全員敵だろう!」
お前も敵だと指摘しつつも、体を入れ替えて応対する相手を変える。軽装の敵をスーディアが蹴り飛ばし、大剣使いが飛び道具を弾く。体勢を崩した敵に、別の敵が噛みついて消えた。眼前の争いに口をすぼめる若いオークに、カラカラと剣士は笑って見せた。
「確かに間違ってはおらんよ。だが……全員を倒す必要もなかろうて」
「え……あっ!?」
言われてルールを思い出し、スーディアは目を開いた。最初の説明に嘘はないが、全ての真実を明らかにしていないのだ。
予選は『全員が敵』ではあるが
予選突破できる人間は『四人』だ。
つまり全員を倒す必要はない。そもそも最初の説明も『誰かと手を組む事は禁止』と宣言もしていない……時と場合によっては、敵と手を組む事も有益な一手となる。隠された意図を悟り、スーディアは思ったことを口にした。
「最初から俺と組む気で声を掛けたのか? いや待て、そもそも誰かと組めるなら談合だって……」
「いやいや! 其方との縁は偶然よ! それに、最初の向きと位置は運が絡む。都合よく誰かとは組めまい!」
予選開始は転送魔法で、位置と方向がランダムに決定される。開始前に誰かと打ち合わせても、都合よく隣合わせにはならない。仮に近場の配置に飛ばされても、向きが違えば同士討ちの危険も生じる。
すべて腹に収めた鎧の男は、混沌の坩堝の中で笑った。
「なんにせよ最後の四人になる事が肝心。裏切りも共闘も袋叩きも、交渉根回しもすべて良し! ま、見ての通りドえらい混乱故、謀略が決まる事の方が稀であろう」
「質問の答えになってない! 俺に背後から切られないと!?」
口にしつつ、さらに二人追い払う。大鎧が口笛と共に、深く踏み込んだ一人を切り捨てた。
硬直を狙う次の敵を、復活した盾の腕甲でスーディアが庇う。鎧男の動きに合わせ、オークが地に転がった直後に大剣が薙ぎ払った。
「そういう其方も、ずいぶんと某を信じておるではないか!」
「殺気の有無ぐらいわかる!」
「だが手を組むかは別であろう?」
一瞬言葉に詰まるも、取り繕う時間も惜しい。敵を打ち払って言葉を返す。
「……アンタが横槍に倒されるのは、忍びない」
「某も同じ気概よ! 勝負は時の運もあるが……其方とは余人を交えず存分に剣を交わしてみたい! 勝負も背中も預けるに値する!」
「買い被りだ! それは!」
「其方や某が脱落するようなら、その通りであろうよ!!」
話ながら大剣が三合打ち合い、槍使いの亜竜種を脱落させた。スーディアもボクシング・スタイルの亜竜種を撃退した所で、オークの首を狙った戦斧が迫る。彼が回避行動をとる前に、横脇から大剣が差し込まれて防ぐ。呼応したスーディアが急所を貫き、また一人粒子となって消えていった。
だがまだまだ、彼らを狙う敵は止まらない。今度は三名のエルフたちが、一斉に二人に襲い掛かった。
たちまち数の不利に押され始める、互いにカバーするが追いつかない。が、大鎧の男は役割を心得ていた。避けきれないと判断すれば、進んで自ら鎧で受ける。
痛みに呻く声の、どこか演技臭い感触を察し
僅かに発光した剣を、スーディアは見逃さない。
若いオークの目線に、鎧の奥が笑った気がした。
意を汲んだスーディアは遠慮を捨て、積極的に彼を『盾』として利用し、牽制や反撃はスーディアが行う。数の不利は覆せないが、ギリギリの拮抗を保っている。無数の衝撃を受ける大鎧の大剣は、徐々に鈍色の光を蓄積していった。




