武人祭 予選開始
前回のあらすじ
転送魔法で会場に飛ぶスーディア。位置と方向がランダムな空間移動で、肉体の硬直「転送酔い」に晒される。思考だけが急回転する中、闘技場の端、外側を向く彼の選択は……
転送酔いに固まる、武人祭予選参加者たち。身動きの取れない彼らは、その思考だけが平常だった。
公正に設けられた準備期間に、不平等に飛ばされたコロシアム内で……彼らは己の立場と、開戦後の手順を考える。
中央に投げ込まれた者
敵の背をすぐ傍に眺める者
周囲から視線が集中する者
壁を背に全体を眺める者
正面から近場の敵と向き合う者
配置の選定は純粋な運。そこから不利を覆せるか、あるいは有利を生かせるかは……各々が今日に至るまでで、鍛え上げた武をもって示すしかない。際限なく高まる緊張に、コロシアムで見守る観戦者が息を吞む。戦士の集中が伝播し、騒がしい会場が一転、徐々に静寂に包まれていった。
誰かの手がぴくりと動く。僅かな変化さえも、戦士たちは逃さない。
解ける転送酔い。静かなコロシアムは決戦の戦場化す。鳴り響く喧噪の音。輝金属が打ち合う音と、烈拍を込めた咆哮の坩堝が開戦を告げた。
その一角――コロシアムの端で、一つの攻防が繰り広げられていた。
壁側を向いて転送された一人のオークと、その背を追うように立つヒューマン。ヒューマンは腰に装備したククリナイフを抜き、開始と同時に間合いを詰めた。
左右に逃げるか、それとも振り返り反撃か。ククリを握る戦士の予想を、そのオーク……スーディア・イクスは裏切る。
真っすぐに壁に向かって彼は駆けた。距離を稼ぐ気か? 飛び道具を警戒しつつ、端へ追い込もうと戦士が追走する。姿勢低く迫るククリ使いは、その瞬間信じがたい光景を見た。
跳躍する緑の巨体が壁面に触れると
垂直に二歩駆け上がり、三歩目で大きく壁を蹴って跳躍
ククリを握る男の頭上で宙返りを決めて着地。一瞬で位置関係を入れ替えた。
「!?」
愕然とするヒューマン。目の前には壁、背後に敵。振り返りダガーを放つも、軽く首を曲げて回避される。オークが抜刀した青いレイピアの澄んだ色に魅入られるかのように――体を突き刺す一撃に硬直し、自らの得物が地に落ちる音を最後に聞いた。
***
愛用のレイピアを心臓に通し、スーディアは光の粒となって消える相手を見た。
――失格判定を貰った選手は、即座に転送魔法で医務室へ送り返される。一人ひとり回収する間もない乱戦で、安全に退場させるための処置だ。光景を見届ける間もなく、スーディアは背面から迫る殺気に反応した。巨大なトゲ付きの鉄球、モーニングスターが頭部めがけて飛んでくる。
反射的に『盾の腕甲』を発動させ、殺意の塊を弾いた。壁への激突を狙ったものの、鉄球はあっさりと使い手の手元へ戻る。小柄でも力強く鉄球を操る「ドワーフ」は、スーディアから目線を切りモーニングスターを振るった。
端から眺めるコロシアム内は、既に対角線が見えない。中央は土煙と金属音の蟲毒と化し、何事か叫びあいながら、次々と光の粒子となって脱落していく。
「来た来た。これが初戦の醍醐味だよな!」
「さー始まりました武人祭名物、怒号と乱戦の序盤! 特に初戦の面子は血の気が多い!! 弱り目を見せれば、すぐに噛みついてくるぞ!!」
誰かの実況通りの状況が、スーディアの前に現れる。彼に仕掛けたモーニングスターの使い手が、周辺から一斉に襲われた。
が、ドワーフの戦士は動じない。筋肉を隆起させ、台風の如く鉄球を振り回した。踏み込み過ぎた者が脱落し、辛くも逃れた者も別の戦闘に巻き込まれる。荒れ狂う人口の台風へ一人の亜竜種が飛翔した。
足と尻尾に輝金属を纏い、左右対照な近接打撃武器――トンファーを両手に握った亜竜が、モーニングスター使いの真上へ到達すると、垂直へ急降下し激突した。流星が落着したような、強烈な衝撃波がコロシアム一角に広がる。モーニングスターは宙に舞い、光の粒となって転送され脱落。
しかしスーディアは怯まない。むしろ着地を隙と見た彼は、悠然と佇むトンファー使いに仕掛けた。
青いレイピアが空を裂き迫る。
左手側のトンファーが刃と干渉する。
反撃を警戒し『盾の腕甲』を構えるスーディア。しかし軽く押し返されるだけに留まった。オークの彼を弾いた後は目もくれず、背を向けて両手を胸側に引き身を守る。
何故か? 隙ありと踏み込んだ人間は、スーディア以外にも存在した。大きく振りかぶった大剣の一撃が、トンファー使いを襲う。数歩引き下がる亜竜種の背ごしに見えるは、全身に金属鎧を纏った戦士。開戦前に声をかけてきた、あの男だ。
鈍重そうな見た目に反し、剣を振る速度は早い。応対に追われるトンファー使いの背中を、スーディアは狙う。二人に挟まれた亜竜種は、それでも簡単には崩れない。
大剣とレイピアの連撃に対し、亜竜種はくるくると回り受け流す。鈍重な一撃も、狙いすました急所突きも、寝かせたトンファーの表面を滑るばかりで、一向に有効打にならない。
一見攻めあぐねる二人に見えるが、トンファー側も反撃が出来ず、じりじりと軸がズレ始める。手ごたえを感じたスーディアと大鎧は、攻撃の手を緩めず打ち込みを続けた。
たまらず尻尾も駆使して抵抗するも、即興で組んだ二人の包囲が崩せない。消耗を嫌ったソイツは、ぐっと腰を沈めて力を溜め――飛翔した。
「うおっ!?」
「くっ!」
脚部と尻尾の金属製ブーツに加え、トンファーからも突風が吹き上がる。風を巻き起こす輝金属で、武器防具を統一した恩恵だ。短期間空を飛び、挟み撃ちから亜竜種が脱出。全身鎧とオークの二人は、目線で追う事しかできない。
逃した魚の大きさに大鎧の戦士が渋く唸って、今度はスーディアの方を見る。
大振りの剣を下段に構え、彼はスーディアと対峙した。




