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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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転送

前回のあらすじ


 ついに始まる『武人祭』開会の宣言。激励とルール説明の最中、参列する一人のオーク、スーディアは周囲の様子に気が付く。既に観察と言う、水面下の戦いは始まっている。身構える彼の下へ、全身を金属鎧に身を包んだ参加者に声をかけられた。不穏なやり取りを終えて、スーディアは予選の初戦に臨む。

「ほいよ! スーディア・イクスに一口でいいんだな?」

「あぁ、それで頼む」

「まいどあり!」


 陽気な売り子が、不愛想な若者の手にチケットを手渡す。名前と数字が刻まれたソレは馬券を連想させた。

 実際の役割も馬券と大差ない。違うのは馬ではなく人の名前が刻印されている事だろう。ちょっとした小遣いで買った紙切れを懐にしまい、晴嵐はライフストーン越しの映像を確かめた。

 全くその気なしの晴嵐を動かしたのは、この会場の熱気だろうか? ただ眺めるだけの自分が浮いている気がして、ちょっとばかり居心地の悪さを感じた。もちろんただの錯覚、集団心理と知っているものの……それで沸き上がる感情を操れるなら、誰も苦労はしない。

 熱気の中一歩引いてる晴嵐は、賭けに値する相手も知らなかった。がしかし、集団の中に「知った顔」を見つけてしまい、金を落とさないのも何か悪い気がして、つい一口だけ彼に賭けてしまった。


(ま、勝算も多少はあるからの)


 初出場で注目も浴びてないからか、スーディアは「大穴」枠に入っていた。大金をつぎ込む勇気はないが、小銭程度なら出してもいい。彼の実力全ては知らないが……少なくともボンクラや雑魚の類ではない、と思う。


(もしお前さんが勝てたら……儲けの分で一杯奢ってやる。だからまぁ、せいぜいがんばれ)


 観客の立場で、偉そうに眺める晴嵐。

 予選開始ギリギリで賭けた一枚は、果たして吉と出るか凶と出るか――購入した紙切れを、今一度晴嵐は服越しに確かめた。


***


 スーディアは今一度、静かな緊張と興奮の最中に立っていた。

 控室のすぐ隣、転送室と札の張られた部屋には、武装した面々が約百名ほど立ち並んでいる。その中の一人にスーディアも紛れていた。


「全員入ったカ?」

「選手名簿と参加者の認証、完了しました。転移魔方陣、最終点検の報告を求めます」

「構成式の再点検よし! 補助動力のカートリッジ残量もチェック済み!」

「転送間隔も調整が済みました。人数多くて大変でしたよ……発動時に乱れが無いよう、警戒をげんにして下さい」

「魔術師隊も心構えは済んでいル。監視と補助は任せロ」

「よぅし上等! 待たせたなお前ら! もうすぐだぞ!」


 魔法陣の上に立つ戦士たちに、スタッフが親指を立てた右手を突き出す。正面の何人かが同じポーズを返し、準備に奔走する彼らへ感謝を示した。その最中に、魔法の旗を握った一人が報告する。


「会場も準備が済んだそうです。予選第一試合、行けます!」

「よし……転送魔法陣に動力送れ。お前ら全員、お行儀よく整列してな!」


 地面に描かれた文様が、静かに青白い光を放つ。荒々しい気配の面々が、素直に一斉に静まった。

 取り囲むスタッフたちが、もう一度笑みを浮かべ――ひときわまばゆい光が、戦士たち全員を包み込んだ。

 瞬間、全員の視界が白く染まり、ぐらりと世界が揺れる。急に足場を外されたような、浮遊感より落下に近い感覚がせり上がった。

 耳鳴りも激しく、視力も戻らない。狂う三半規管に脳が不快感を示す。酒に悪酔いした気分なのに、ぴくりとも全身は動かなかった。


(これが転送酔いか……)


 ――転送魔法系共通の弱点として、生物を転送した場合、送られた側が『転送酔い』と言う状態に陥る。意識はあるし呼吸も可能だが、指一つ動かせず五感もおかしくなる。

 だが武人祭を開催する面々は、この弱点を利点へ変えた。術を受けた面子は「全員公平に硬直」する。転送酔いの硬直が解ける時が、戦闘開始の合図だ。

 徐々に戻って来る五感が、参戦者たちに現状を映す。

 ――観客の歓声が聞こえる。

 ――踏みしめる大地は硬く。

 ――吸った空気は土埃を含んで苦く。

 ――コロシアム内を陽光が照らし。

 ――むさ苦しい汗の臭いが鼻を突いた。

 他の参加者たちも同様だろう。動きこそ見えないが気配を感じる。現状を確かめる彼らの耳に大音声だいおんじょうが響いた。


「さぁ! 予選第一試合の面々が転送されてまいりました! 開戦まで約一分です!」

「転送の方向と位置はランダムだ。時と場合によっちゃ、不運で有力者が沈んじまう場合もあるな。この硬直が解けるまでの間……一歩も動けねぇが、自分の現状を把握できるかが命運を分ける。ま、オレ様はまとめてぶっ飛ばしたが」

「今回はどうなるでしょうね……いやぁ楽しみです!」


 観客の熱気に交じって響く声は、全体を俯瞰する誰かが発している。いったい誰が、と考える余裕はスーディアに無かった。


(正面は壁……端に飛ばされたか……!)


 警戒すべき方向を限定しやすい、コロシアムの端。転送位置は当たりと言えるが、飛ばされた向きが最悪だ。餓えた獣の如く荒ぶる戦士に、無防備に背中を晒している。まだ動けない彼の背に、痛いほどの殺気が集中するのを感じた。


(どうする……!?)


 硬直が解ければ、近場の敵に真っ先に狙われる。いくつか応手を考えるが、安直な手は読まれるに違いない。振り向いて対応できるか? それとも左右のどちらかに一旦逃げるか……


(どっちもダメだ。簡単に詰みかねない)


 敵の得物も姿も見えずに、適切な対応ができるだろうか? その場で振り返り迎撃する択は博打になる。が、逃げた先で他の敵とぶつかれば挟み撃ちだ。


「そろそろ転送酔いも醒める頃でしょう! 皆さま、目を離さぬよう!!」


 声に急かされ焦りが増す。際どい二択が脳内を占める。他に手はないか……思い悩む彼に、目の前の壁が、無言で答えた。


 用語解説


 転送酔い

 物質や生物をワープさせる魔法「転送」「転移」系列の弱点。生物を送った場合、送られた側がしばらく五感を失う状態。悪酔いする上、回復までの時間もそれなりにある。

 まとめて複数人を飛ばした場合、転送酔いから醒めるまでの時間は、全員が同一である。

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