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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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オークのゆうしゃ

前回のあらすじ (Tipsではない)


 養生中の晴嵐は、窓から亜竜自治区の様子を眺める。他にも直立する亜竜種など、色々と気になる所が目につく。暇そうなスタッフに訪ねた所、読書スペースにご招待。情報収集をすべく手にしたのは、分厚い学術書だった。

 分厚い学術書を読み終え、晴嵐は一つ息を吐いて脇へよけた。

 すぐに立ち上がり、本棚に戻す気力もない。重なった紙束に指が痺れ、活動を終えた脳みそが糖分を欲している。


(覚悟はしていたが……思った以上にクドい感じじゃったのー……)


 この手の学術書は難解な言い回しや、学者特有の頭の固い表現のせいで、独特の読みづらさが疲労を誘う。いちいち頭で翻訳しかみ砕かねば、理解云々の前に読むのが嫌になってしまう。

 合わない人間、読めない人間にはとことん読めず、解読できる人間でも相応に頭を使う。読書体力と言えばいいのか、運動とは異なるスタミナを消費した感覚が、晴嵐の身を包んだ。

 軽く視線を上にやり、味気ない天井をぼーっと眺める。しょぼつく目元を指で揉み解し、気の抜けた声を上げた。軽く肩を回し、固まった血流を整えつつ、今読んだ本の中身をおさらいする。

 ――亜竜種の体型は接地面が多く、重心バランスに優れ格闘戦で有利だが

 接地面を増やす尻尾と前傾姿勢の頭部が、脳への血流を減らし知能を高めることを難しくしている。

この医院で働く一部亜竜種は例外で、知恵をつけるために、直立に近い姿勢へ矯正したと言う。

 利点と弱点は紙一重。いや、トレードオフ評すべきだろうか? 実際に亜竜種の強さを目にし、そして体幹の強さも晴嵐は経験していた。

 ここに来る直前、亜竜種に体当たりをかました時もびくともしなかった。熱で感覚があやふやだったが、手ごたえは確かにあった。アレが亜竜種以外なら体勢を崩せたのかもしれない。が、ちっとも動かなかった事を考えると、相当に体幹が強靭と見える。


(となると、投げ技や崩し技は効果が薄いか……)


 過去、エルフ相手に用いた引き倒す技も、亜竜種に通じるとは思えない。逆にこちらが投げ倒される危険がある。本気で仕留めるなら、刃物で狙った方が早いか? 幸いこの地域の文化で、軽く手合わせする事は出来る。医者は苦い顔をするだろうが、後々の身の安全を考えれば、ここで実際に経験を積んだ方が良い。

 今後の事に思いを馳せつつ、重く厚い本を手に取る。借りた本を返却し、次に読むべき書物を探し指を滑らせた。

 学術書も目を引いたが、これ以上はちょっと読む気がしない。気晴らしに何か軽く読めるものがいい。短編の小説あたりが良いと、薄めの本を適当に手に取った。

 しかしそうして引き当てたのは、明らかに晴嵐に釣り合わない本。柔らかい色使いの表紙に、ひらがなで書かれたタイトル……児童書や絵本の類だ。

 最初はすぐに戻そうとした。けれどちらりと目に付いた表紙が気になり、そっとそのままタイトルを見る。“オークのゆうしゃ”命名されたソレは、彼の胸にある真実と敏感に反応した。

 抹消された真の五英傑、オークの戦士の逸話は、おとぎ話として各地に残っている……これもその一つだろうか? 知らなければすぐ次の本を探しただろうが、どうしても気になってしまう。


(し、しかし……大の男が子供用の本を読むのは……くっ)


 ドブネズミと己を呼んで恥じない晴嵐だが、人目を全く気にせず絵本を読める精神はない。ましてや、医療に従事する亜竜種やら患者やら、公共の場で堂々と居座る胆力は……

 本と睨みあい、しばらく固まる男。この本は一般向けだろうし、大したことは書かれていまい。が、手にした情報の裏付けをとれる機会を、棒に振るのも躊躇われた。


(これは気休めや気晴らし……変にお堅い本よりずっと読みやすいじゃろうし……)


 いったい誰に対しての言い訳だろうか? 誰も聞いてないし、他人が何を読もうが気にする人間は少数である。孤独を常に生きてきた男が、今になって何を恥じるというのか。

 それは無駄に膨らんだプライドか抵抗を示したのか、それとも羞恥心が目を覚ましたのか。しばし苦々しく口を曲げ、子供向けの話にしぶしぶ手を伸ばす。

 漢字のない大きな文字たちと、色鮮やかな子供向けのイラストが目を引いた。青年姿の中身老人が、耳を赤くし読み進める。伝説となった一人のオークと、今まで語られた歴史の道筋をなぞった。

 簡潔に訳された歴史の中で、架空となった勇者の武勇伝を読み進める晴嵐。斜め読みを進める手が止まったのは、剣を振り敵を退けるオークの姿だ。

 燃え盛る草原。

 仲間を背に庇い前面に出るオークの勇者。

 目を引くのは、彼が天高く掲げる一本の剣

――海の色のような、深い青色のレイピア。

 絵本ゆえに造形は雑だが、晴嵐はその剣に見覚えがある。


(スーディアのレイピア? いやしかし……)


 鋼鉄さえ切り裂く……否「焼き切る」機能を持つ彼のレイピアは、絵本の中の剣に似ている気がする。特徴的な色合いに、感覚が引っ張られているだけかもしれないが……

止めた手を再び動かすと、美しい輝金属の名剣が物語の中で踊る。一度振るう度に敵を蹴散らし、その姿は神々しく描かれていた。

羞恥心とは別の理由で、読書に励む男の顔が歪む。真実の一部を知っているとはいえ、この絵本の内容を信じられない。


(伝説は背びれ尾びれが付くもんじゃ。どこまでが作り話で、どこまでが史実なのか……)


実在する「オークの英雄譚」を「作り話」にすり替える過程で、がっつり話を盛った事が予測できる。もし真実を知らなければ、晴嵐も鼻で笑って子供の話と疑わなかった。


(成程。これだけ大げさに「伝説」になっていれば……真実と言っても誰も取り合わんか)


 真実のメモを奪われぬよう、野盗どもから逃げた晴嵐。が、この絵本を見るに心配なかったようだ。損した気分だが、この場所に担ぎこまれたから知れた事と言える。

 因果とは、わからない。長く生き続ける男は改めてその感情を胸にしまい、スーディアの剣と伝説に、どんな因果の糸があるかに想像を巡らせた。

用語解説 (追加情報)


 オークのゆうしゃ


 前章で語られた伝説は事実と確認された。誇張も多いであろう絵本の中で、青い輝金属性のレイピアが登場する。スーディアが保持していた剣にも、似ているように思えるが……

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