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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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直立する亜竜種

前回のあらすじ


 気絶した晴嵐は、何度も眺めた夢を見る。海の中で行われたある実験の中、その「亡霊」は生まれた。

 嘆きと悲しみに暮れる声の中、けれど今回は結末が違った。「あなたを許す」の言葉を受けて、反論が浮かんだところで晴嵐は目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を開く男の目に、一筋の涙が流れた。

 何を見ていたのか、何を告げられたかは思い出せない。ただ、いつも見る悪夢の結末が違ったと、曖昧な印象が彼の胸に残っていた。

 妙に清々しい気分の目覚めなのに、彼はまだ納得できていない。なぜ? と主語を欠いた問いの前に、現実が晴嵐の思考を引き付けた。


「……タフな人」


 見下ろす青色の鱗の亜竜種が、目を細めて晴嵐の頭部に手を添える。慈愛に満ちた所作を受け入れ、まだ重い体と頭を動かす。


「ここは?」

「亜竜自治区内の診療所でス。あなたは確か遭難しかけた人でしたネ?」

「あぁ……そうだったな」


 いくつか確認を取ると、見下ろす亜竜種は状況を教えてくれた。

顔を知った亜竜種の乗客に担ぎ込まれ、別の車両に乗り込んだ所までは覚えてる。その後は意識を失ってしまい、この瞬間まで眠りこけていたそうだ。


(全く情けない。他人に助けられるとはのぅ)


 まだ素直に礼も言えない晴嵐。彼を無視して起立した亜竜種は「先生を呼んできまス」と、尻尾を引きずって奥へと消えていった。

 今のうちに周囲に目を配り、置かれた状況を確かめる。

 清潔なベットは十分な空間が設けられ、窓から見える視界はやや高い。恐らく今寝かされている階層は二階だろう。不健康や退屈そうな顔つきでベットに居座る輩は、けが人か病人と伺えた。

 医療設備か、と当たりをつける晴嵐。しかしこの世界では強力な魔法の薬「ポーション」が一般的に流通している。薬一つで大半の怪我が治ってしまう世界だ。大きな医院を見かけたことは、これまでなかったのだが……

 少し言動に注意した方がいい。晴嵐は細かい常識まですべて身に着けていない。ある程度警戒しつつ、おおむね同意する受け答えでやり過ごせるか? 内心ぴりぴりと神経を尖らせる彼のもとに、今までと様子の異なる亜竜種が歩いてきた。

 種族的特徴はさほど変わらない。緑の鱗に白衣を着こんで、瞳孔も爬虫類系を思わせるが、少々姿勢が違った。晴嵐が目にしてきた亜竜種は、前傾姿勢で前のめりの体制にだったが、この白衣の亜竜種は直立二足歩行に近い。ぺた、ぺたと、ゆったりとした歩調で晴嵐と目を合わせ、広めの口角を開いて語り掛けた。


「体調はどうですか?」


 亜竜種なのに、とても流暢な発音だった。今までは語尾の発音が濁る傾向が見られたが、はっきりと聞き取れる。それに、亜竜種は粗野な気配や印象のある民族だが、この直立する亜竜種からは知性の香りがする。晴嵐は慎重に答えた。


「まだ少しだるさがあるが、熱はない……と思う」

「なるほど。ですが、念を入れて測っておきましょう。左手も軽くポーションを使いましたが、まだ完治していないはず」


 言われて晴嵐は、負傷した左手の事を思い出した。ベットの下から持ち上げた手は、包帯が巻かれ、若干血がにじんでいた。焼き潰したはず、と巡った思考の答えを白衣が告げた。


「奥の傷を癒すため、焼いた箇所を開きました。痛むと思いますが、数日で収まるでしょう」

「この程度、なんてことない」

「でしょうね……」


 焼き潰す痛みと比べれば、ジワリと出血する痛みは屁のようなものだ。相手も心得ているのか、深く掘り返す事はしない。


「今日はもう夕刻です。一日様子を見て、大丈夫そうなら明日退院の流れで良いと考えます。あなたはまだ若いですし、気力の回復も早いでしょう」

「……異論はない」


 口にした言葉と、晴嵐の内面に開きがあった。

 なぜそこで魔法を使うための動力、気力の単語が出てくるのか? 関係なく思えても、周囲に目立った反応が見られない。恐らく彼らの業界では、常識から外れていない言動なのだろう。

 ただ、晴嵐は少々迂闊だった。相手は人と接するプロと言うことを失念していた。

 晴嵐の言動を見抜いた亜竜種が、すっと目を細める。


「何か、不安か不満があるようですが……?」


 温厚な顔から一転、真摯な眼差しに変貌する。人の命を預かる役目を持つ人間は、患者の不安や感情をかぎ取れるらしい。隠した情報が危険な予兆なら、生命に関わる。ぐっ、と他人の心情に踏み込むセンスを、目の前の相手は持っていた。

 とはいえ、常識を今更聞くのもなんだか恥ずかしい。ぱっと頭に浮かんだ言い訳を、晴嵐は淀みなく垂れ流した。


「支払いが少し気になってな……どれぐらいだ?」

「確かに不安でしょうが……」


 提示された額は大したことない。が、まだこの亜竜種は食い下がってくる。意識の高さは彼らの職務上必要だが、何とか納得させねば面倒になる。咄嗟にもう一つ晴嵐は、言い訳を絞り出す羽目になった。

 考えた末、思い浮かぶは根も葉もない事。最初からどうでもよかったが、使える物は使うのが晴嵐のスタイルだ。


「……武人祭に出るのを考えていてな。間に合うか?」

「あー……お気の毒ですが、難しいかと」


 一か月に一度の祭典をダシに使う晴嵐。とはいえ、ここであっさり下がっては疑われる。食い下がるフリで会話を繋いだ。


「怪我は治るじゃろ?」

「治りはしますが……あなたは病み上がりの身です。勧めることはできません。仮に問題が起こらなくとも、万全な状態で参加できませんよ? 今回はどうも、私たちも忙しくなる可能性があって……」

「わかったわかった。おとなしく観戦に回るさ」

「本当に?」

「本当だとも」


 長話の気配を察し、目的を達した晴嵐は引き下がる。

 実際は祭りに興味なしだ。正直出まかせの発言なのでどうでも良い。

 が、説得に使えるのならば、観光の目玉なのだろう。安上りで観戦できるなら、休息がてら眺めるのも悪くない。

 真面目な亜竜種は腑に落ちたようで、瞳から疑念の光が消える。最後に「お大事に」と残してから、別の患者を診療し始めた。

 誤魔化しに成功し、小さく鼻息を漏らす晴嵐。

 少々予定外はあったものの、どうにか亜竜自治区に入れたと彼は安堵した。


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