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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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亡霊の夢

前回のあらすじ


 草原に伸びる捜索の手は、野盗ではなくゴーレム車側の者だった。しかし素直に手を取れず、奇妙な意地を張る晴嵐。仕事と割り切り大人の対応をする者に、礼も言わず荷台へと運ばれる。最後まで安堵のないまま、晴嵐は意識を手放した。

 深い水の底、人目の届かない海の中、その船体は現実に横たわっている。

 ぽっかりと空いた空洞、全身に張り付く貝とサンゴと茶色の錆。

「Crossroad Ghost」の本体は、人のいなくなった地球でも健在だろう。海中深くは風化が緩やかだ。もしかしたら次の世代の知性が、発見する可能性も残っている。

 が、それが「亡霊」の望み通りかと問われれば、絶対に違う。


 その亡霊が生まれたのは……世界が崩壊する七十年前と推定される。

 画質の荒い映像のみで、現代まで残されていたが……晴嵐のように「存在を感じた」人間は、時々その瞬間を追体験してしまうらしい。終末中期、群雄割拠の時代に知った事だ。久々に引き込まれたと知り「またか」と、夢の中曖昧な意識の晴嵐は思った。


「亡霊」は最初、亡霊ではなかった。紛れもなく生きていた。

 それは海域を泳ぐ魚であり、海底に漂う藻であり、たまたま回遊中のクジラの群れであり、砂地に潜む貝だった。

 何も変哲もない海だった。日常通りの海があり、いつも通りの生命の営みが健全に流れていた。あの実験が行われるまでは。

 異変の予兆はあった。その日は妙に光が遮られる日で、海面がやたらと慌ただしい気配がする。何十にも鉄の塊が浮かんでいて、振動も妙に多い。

 しかし珍しいかと言えば、ここ最近の事を考えると微妙な所だ。鉄の塊が水の上を行き来し、水の中を走る爆弾が飛び交う。運悪く巻き込まれて死ぬこともあるが、逆に鉄の塊から肉が零れてきて、フカや魚の餌になる事も多い。それがここ最近の海の日常だ。

 そもそも、海を生きる自分たちには関係のないことだ。近づいたって何も良いことはない。海に暮らす我々より頭のいい生き物が、勝手に激しくドンパチやっているだけだ。

 ――だから、想像していなかった。

 彼らがとんでもない爆弾の、実験を繰り広げようとしていることに。その実験が、途方もない傷を残し、たまたまその場にいた者たちに理不尽な犠牲を強いることに。自分たちが上の世界に関心を持たないように、上の世界もまた自分たちに関心を持ってない事に。

 臆病で過敏な小魚の群れが、我先にと移動を始めた。ぷっかりと口を開けた貝が、ぼぅと慌ただしい流れを呆然と流れる。まだ小さな子供を心配げに見つめ、速度を落として巡遊するクジラが、巨大な魚影を海底に落とし――何かがぼんやりと海中を揺らし始めた。

 ――人間たちが、英語でカウントダウンしている。その音波が海に響いていた。

 意識だけで漂う晴嵐は知れるが、当事者たちは知りようがない。

 知恵と感性の鈍い彼らは――その恐ろしい爆弾が炸裂するまで、自分たちの日常が続くことを、疑いすらしなかった。


 5、4、3、2、1……


 ゼロ、と同時に起爆スイッチが押され、爆弾内部が小規模な爆発を起こす。仕込まれた核物質を一点に集中させ、内部物質が臨界を引き起こし――

 海中で有るにも関わらず、その物質は急激な熱エネルギーを生み出し……一瞬で百度を超え、千度を超え、暴流と熱波を海中へ唐突に顕現させた。

 ダイナマイト漁が生易しく見える熱量は、海面海上にまで吹き上がり、キノコ状の噴煙を水蒸気と共に吐き出した。余剰エネルギーが巨大な津波を出現させ、爆心地を中心に周囲の船を飲み込んでいく。

 表面でさえこの余波。海中内で何が起きたかは、想像に絶する。

 沸騰した海水に焼かれ、焦げあがるサンゴと藻。

 鱗をまき散らしながら、広がる衝撃波にズタズタに破壊される魚群。

 殻に籠る貝も、枯れた木の葉の如く砕け散り。

 咄嗟に我が子を守ったクジラの巨影は、親子ともどもねじ曲がり、内臓をぶちまけながら絶命した。

 ――そこにいる生命に、何の罪はなかった。

 ――だが彼らは……その実験によって、犠牲になった。


 なぜ?

 今はただ漂う、魚の眼球が水面に問う。

 どうして?

 根本からちぎられ、二度と光合成の出来なくなった海藻が問う。

 なんで?

 仮に回答できる人間がいたとして、正視して彼らに告げることが出来ようか?

 わからない。

 興味本位での実験――核と呼ばれる新型兵器の実験ということに。

 しかも本来、三回を予定していたこの実験は……二回目のこのテストをもって打ち切られた。すなわち「失敗」だったなど、この無残な骸たちに目を合わせて言えるのか?

 

 なぜ?

 問いかけるのは、生命だけではない。

 朽ちて沈む鉄塊達。浮かんでいたのは鋼鉄の船。

 小型艇、駆逐艦、巡洋艦、戦艦、空母。

 お役御免となった艦船たちは。過剰な維持費や処分費用を嫌った祖国から、実験用の標的として使われた。

 貢献と奉仕を無視した所業は、人が人に行うのであれば非道であろう。

 だがこの場で犠牲になったものに「人」はどこにもいなかった。

 ……だから残酷でないと、実験者達はのたまう気か?


 一隻の扁平な船体を持つ鋼鉄が、海の底へと沈んでいく。

 航空機を射出する甲板がひしゃげ、船体中央に穴を開けて。

 生命を持たないが、祖国に裏切られ沈んだ船と

 理不尽に生命を奪われ、嘆きと怨念渦巻く海域。

 何もかも融解し破壊する、太陽の力に晒されたからだろうか。

 魂を持たない純粋な物質と、実体を失った生命の霊体が混じり合う。

 それは融合した霊体……両方の特性が混在した、特異な霊体が海の底で生まれた。


 赤茶びた錆に覆われ

 体の中央に穴が開き

 朽ちたサンゴと貝を体から生やして

 ケロイド状に爛れた金属の皮膚を持つソレ。

 無数の思念を混ぜて生まれたソレは、無数の衝動を持ちながら、最終的に一つの願望を存在意義と定めた。


“もう二度と、あの力が使われることが無いように”


 一瞬で何もかもを焼き尽くし、周囲に放射能をまき散らす最悪の兵器。

 地球ほしに爪痕を残し、住まう生命の日常を永遠に失わせる兵器。

 そんなものが二度と、この世界で使われることが無いように、訴え続ける事。

 まずソレが取り掛かるのは、この実験を決定的に失敗させる事だった。

「空母」が沈んだ爆心地からの対角線上に浮かぶ、ボロボロの「戦艦」を支える事。水底の英霊が集うその場所に赴き、敵国に所属したその船に手を伸ばす。

 大きく未来は変えられないかもしれない。

 それでも

 私は

 あなたたちに

 この未来を変えてほしい

 ほんの少しでも、世界に傷を残して

 それが誰かに気が付いてくれれば……あるいは、未来に起こる悲劇を変えられるかもしれない。

 ほんの少し、結末の後味を悪くする程度でも

 史実として残れば、いつか誰かに伝わると信じて、亡霊は行動した。

 ――けれど。

 晴嵐の世界はダメだった。

 核の連鎖を、世界の破滅を止められなかった。

 だから、彼らは歌い続ける。


「忘れないで」

「繰り返さないで」

「そう言ったのに」

「どうして繰り返してしまったの?」


 ……夢の結末は、いつも同じだ。

 枕元に亡霊が立って、嘆きと共に糾弾し続ける。

 何にも答える事も、許しを請うことも許されず。

 永遠に、地球人はすすり泣く者たちの声を、聴き続ける。

 目が覚め現実に起きるまで、この悪夢にうなされ続ける――いつもならば、だが。


「けれど、もう嘆いても仕方ない」

「それにあなたは、もう十分に苦しんだ」

「何も償えないと知りながら」

「それでも生きて、何か残そうとし続けた」

「終わった後の続きでも、私たちを忘れなかった」


 ソレは、不器用に表情を変化させていた。爛れた金属の皮膚も相まって、非常に不気味にも見えるが、悪意を感じない。責める気配もなく、ただ奇妙な顔でソレは晴嵐に告げた。


「だから、もういいよ」

「あなたの事は、許します」


 曖昧な意識の中、わずかに浮かんだ反論が晴嵐を目覚めさせ――


用語解説


「亡霊」の詳細 (追加情報)


 その正体は過去、ある実験によって犠牲になった者たちの集合体。

 人の基準で「失敗」扱いのその実験は、海中にいるものに多大な傷と被害をもたらした。海上の標的となった船も、本来は実験を主導した祖国所属の艦船だが、維持費用と処分費を払うぐらいなら、実験台にしてしまえとの発想のもと、その力に晒される。

 融解しながら融合した犠牲者の群れは、やがて一体の亡霊として形を成す。彼らの目的は「自分たちを破壊した力が、再び使われない世界」

 しかしその願いも空しく、晴嵐の世界は、核によって崩壊した。

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