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終末から来た男  作者: 北田 龍一
第四章 亜竜自治区編

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意思を奮って

前回のあらすじ


 遭難状態になった晴嵐は、野生動物を捕えて食らう。不便不自由に屈せず、今生き残るための必要な行いを続ける晴嵐。一つの生命として、彼は最後まで生きる事をやめない……

 枯草の寝具の上に陽光が差すと、横たわる晴嵐が目を覚ました。

 かけ布団の代わりの外套を掴んで、不十分な眠りから起き上がる。どっとかいた汗と倦怠感に眩暈を覚えるも、真っ先に晴嵐は左手を観察した。


(炎症も……化膿もないが……これは、熱があるな……)


 悪化する体調を察知し、原因を思い浮かべる晴嵐。草原を駆けたとき、いくつか傷が出来た。そこから雑菌が入ったのかもしれない。手の処置が完璧だったとしても、消耗した体力が免疫を弱めたか?

 あるいは、昨日の食事が当たったか。いずれにせよ原因はいくつか考えられる。猶予の少なさを悟った彼は、一度太陽をちらりと見つめて、位置関係を再認した。

 まだ早朝。この場に来た時間と日の位置が違い過ぎる。最低限の方角は確かだが、体調不良も相まって正確には歩けそうにない。

 それでも、大まかに方角さえ合っていれば、その上で直進さえすれば、ゴーレム車で通過した道にぶち当たるだろう。重要なのは角度のズレ方で、少しでも亜竜自治区に近い位置に出れれば大吉。元の位置に出れば吉で、手前に出た場合末吉と言ったところか。


(ま……野盗どもに見つかって、袋叩きもあり得るがな……その時は凶か)


 今の体調では反撃もできない。結局最後は己の命運を、少なからず天の意に委ねるしか、地を這う晴嵐に許されなかった。

 だがまぁ仕方あるまい。すべてが運で解決できるとは言わないが、実力だけで命運が決まるほど、世界は単純じゃあない。

 だから意思の力がいる。

 悪運であろうと、精神力でねじ伏せて進むことはできる。

 実力に差があろうとも、どれだけ傷を負おうとも、死にさえしなければ、心さえ折れなければ進むことはできる。

 恐怖に足を取られたり、御大層な知性で歩みを止めるなら、好きにすればいい。ならば動物的に、あるいはお上品に死んでいればよろしいのだ。

 晴嵐は、まっぴらごめんだ。

 ここに至るまで、どのような因果が絡みつこうが……最後まで晴嵐は、己の限りを尽くして抵抗する。純粋な獣でもなく、知を持った故の諦観もなく、彼はひとりの人間として、目の前にある現実に立ち向かう。いずれ緩やかに死ぬ未来が待っていようが、関係ない。今を生きる事を、やめていい理由など何処にもないじゃないか。

 熱病にうなされた頭が、ちかちかと記憶回路をショートさせたのか、突拍子もない連想が彼の頭をめぐっていく。

 あるいは地球人は……そうして誰も彼もが前に進むことをやめたから、滅びに至ったのだろうか?

 過去の怨嗟に囚われ、足の引っ張り合いに終始して……健全であろうとする人間を嗤いものにして私腹を肥やす。いつか世界を変えてくれる天才を待ち望みながら、その実才能の芽を見つけるや否や、寄ってたかって僻みと中傷で、悉く可能性を潰してこなかったか?

 あのまま世界が順当に進んで、仮に大量破壊兵器の撃ち合いが起きなくとも、そう遠くない未来に人類は滅んでいた気もする。派手な花火で滅びるか、じわじわと自分で首を絞めて死ぬか……違いはそれだけだ。

 とりとめのない思考の中、汗に濡れた男が歩き続ける。こんなことを考え出したのは、ちらちらと視界の隅に「亡霊」がうろつき始めたからだ。

 世界が滅びたきっかけのあの日――日本人か、あるいは人類全体に訴えかけた「亡霊」。異世界にまで追ってくるとはご苦労な事だ。弱り目に首でも狩りに来たか?

 青い瞳と胸に空いた空洞、海産物まみれの「亡霊」はそっと囁く


“モウ……イイヨ……”

「けっ……んな誘惑に、乗るとでも……?」


 諦めろと言わんばかりの文言を突っぱね、幻影の死神を睨む晴嵐。しかし彼の聴覚が、現実に迫る死の影を捉えたのは直後だった。

 集団で動く大型動物の気配がする。むろん動物とは野生動物の事じゃない。明らかに何かを探す挙動で、連動して動く知生体の群れだ。――どうやら今日の運勢は、大凶らしい。キラキラと光る旗まで掲げて、完全に追い込み漁だ。

 殺気を悟られぬよう、荒くしていた呼気を鎮め

 瞬発の一撃にすべてを賭けて刃物を握りしめる。

 低く姿勢を取った彼は、草陰から飛び出した前傾姿勢の人影に襲いかかった。


「うぉッ!?」


 反応するのは亜竜種。晴嵐の刃物を装備した武器で弾き飛ばす。晴嵐は使えない左手をめちゃくちゃに振って陽動をかけ、気を取られた隙に鋭く腹部へタックルをかました。体調が最悪で力が入らなくとも、体重をかけてやれば攻撃として使える。最低限の理性で放った攻撃は、しかし亜竜種に受け止められてしまった。

 数歩後ずさっただけで、まるで体制が崩れる様子がない。軸を捉えた感覚があったのだが……至近で無防備を晒す結果に終わった。

 不服ながらも覚悟を決め、とどめの一撃を待つ晴嵐。しかしその時はいつまでも訪れず……亜竜種はむしろ殺気をひっこめた。

 すっと男の頭部を持ち上げ、なだめるように亜竜種が言う。


「落ち着ケ。我ダ」

「あん……?」


 緑色の体色のソイツは、手に持った武器を見せつける。

 特徴的な両脇の突起を持つソレは……確かさいと呼ばれる珍しい武器。

 体色とセットになれば思い出せる。この亜竜種は、ゴーレム車の乗客の一人だ。


「待っていロ。すぐ連れていク」


 有無を言わせず晴嵐に肩を貸し、どこかへと運んでいく。

 振りほどくようにもがく彼を、渋い顔で亜竜種が見つめていた。

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